第14話:ピンクキャットの活躍
ヤトカイの町。壊された正門近く、建物の屋根の上。
さっきまで悲壮な雰囲気に包まれていたのが、一変して和やかな雰囲気に。
「やっぱり来てくれましたねぇ、シェリル様」
「あの格好は魔族だって判らないようになんでしょうね。気まで遣ってもらって」
ほっとした顔のアカネとシオリ。
言うまでもなく、少し離れた位置にある物見台の上に現れた、
ピンクキャットと名乗る武闘家集団の正体を一目で見抜いている。
「俺が思うに、あの巨人と戦いたいってのも少しはあるんじゃないか」
「まぁ、そうだろうけど、それでも有り難いじゃないか」
バルドに答えるグレイ。思わず笑みがこぼれる。
二人とも、もうすっかり気を緩めて、楽な姿勢になっている。
シェリルが現れればもう安心。Sランクの巨人十体なんてどうとでもなる。
ここにいる四人はそれを良く知っている。
◇ ◆ ◇
ヤトカイの正門前を破壊していた牛頭人身の巨人は五体。
手を振り上げていた巨人は、手を振り上げたまま。
足で踏みつけようとしていた巨人は、足を上げた不安定な姿勢のまま。
全てが彫像のように固まり、ピクリとも動かない。
その動きを止めているのは、物見台の上にいるソラの空間固定の魔法。
木人形七体で一体すら押さえられなかった巨人、それを五体まとめて。
「ブラウン、その巨人たちは、あそこにいる二体の巨人のところに送ってね」
ヤトカイ正門とキサルイ先陣との中間地点――離れた場所に二体の巨人がいる。
シェリルはそこを対決の場にするつもりらしい。
「はいはい」
主からの「ブラウン」呼びは、不本意だがもう諦めた。
動きを止めた巨人の相手に専念する。
――とはいっても結構厳しいわね。
今のソラは五体の巨人を空間固定するのに、あまり余裕がない。
さすがSランクの魔物。
特に魔法抵抗力が半端ない。そこだけみれば勇者以上かも。
それでも主の依頼はしっかりとこなす。それがソラの意地。
――空間転移は直接接触しないと無理みたい。
茶猫の姿で物見台の屋根の上から浮遊で降下。
手近な巨人の身体にピンクの肉球で触れて、空間転移をかける。
一瞬「やばっ」他の巨人の空間固定が解けてしまう。
しかし残っていた木人形が、その瞬間だけ重力魔法でフォロー。
すぐにソラが空間固定を再起動。一体減れば後はもう楽勝。
空間固定のまま、次々と残りの四体を指定の場所に送る。
正門前から牛頭人身の巨人の姿が消える。
人間たちの「おぉー」と驚嘆と安堵の声。
ソラは近くの屋根の上にいた顔見知りに軽く視線で挨拶をする。
シェリルは跳躍して地面に着地。
そのまま自らの足で巨人を送った場所に走り去る。三毛猫の姿で。
ソラは空間転移でシロとクロの手伝いへ。茶猫の姿で。
ヤトカイの警備隊や魔物ハンター、探索者には、
それなりに顔と名前が知られているシェリルとソラ。
正体を隠さずに毎日マリエの店に行っていれば当然か。
だからピンクキャットが何者なのかも、
そして何故そんな恰好をしていたのかも、
アカネとシオリのように彼らはすぐに理解した。
彼らは、感謝の気持ちを込めて――、
ピンクキャットのキャリコとブラウンを温かい目で見送るのであった。
◇ ◆ ◇
こちらはキサルイ先陣。
避難の終わらない兵士たちを守るように、
十二体の木人形が三体の巨人に対峙している。
しかし、その姿は満身創痍。
関節が曲がっていたり、腕や足の欠損や、下半身ごと失っている個体もいる。
近くの地面には、破壊されて横たわっている木人形がそこかしこに八体。
完全に攻防の均衡が破れて、今まさに蹂躙が始まりかけようとしていた。
そこに現れたのが小さな白猫と黒猫の着ぐるみ。
ソラに転移してもらい、キサルイで暴れている巨人を押さえに来たシロとクロ。
三体の巨人が一瞬で地にひれ伏す。クロの重力魔法によって。
木人形が持つ重力魔法のオリジナルだけあって、その威力は一線を画す。
苦しそうにもがく巨人たち。
「ボクの木人形に……」少しだけ怒りを見せるクロ――、
自分の魔法を付与した分だけ、木人形に対する思い入れが強い。
「クロ……じゃなくてブラック。マスターの相手ですわよ」
「……うん」僅かに間を開けてから、素直に頷く。
「ワタシは人間たちで危なそうなのだけ癒してきますわ」
「よろしくー」その顔はもういつものクロに戻っている。
木人形たちに「あとはやるから、もういいよ」と――、
壊れた仲間達を集めてヤトカイの町に戻るように指示。
重力魔法で巨人を押さえ付けたまま、シロの作業を待っていると、
正門前を片付けた茶猫のソラが転移してくる。
「んっと……ブラック、そいつらを御主人様のところに送るわね」
「うん、ブラウン、おねがい」
「はいはい」ポンポンポンと三体の巨人を転移させる。
「こちらも終わりましたわ」さっさと済ませて戻ってきたシロ。
「じゃあ、御主人様のところへ」「うん」「お願いしますわ」
小さなネコの着ぐるみ三匹の姿を見送るキサルイの兵士たち。
自分達を軽く手玉に取った木人形でさえ、その動きを止められなかった巨人。
人の身では決して抗えないと諦めていた。
これから繰り広げられる惨劇の舞台から逃げる術はないと諦めていた。
それほどの圧倒的な存在をあっさりと取り押さえ、
重体の仲間を癒し、さっさと空間転移で消えていった小さな着ぐるみ達。
「なにがどうなっているんだ」
「おれが知るか。とにかく俺たちは助かったんだ。
俺たちの軍が招いた……ここら一帯の町と人間の壊滅の危機からな。
ヤトカイの木人形と、
何処から来たのか知らない小さなネコたちのお陰でだ」
それが――その場にいたキサルイ兵士たちにとっての真実だった。
◇ ◆ ◇
「御主人様、全部こちらに連れてきました」
「ありがと」
ここはヤトカイ正門とキサルイ先陣との中間地点。
シェリルの眼の前には十体の牛頭人身の巨人。
腕を組んで先頭に立っている一番小さな巨人が人の言葉で話し始める。
「我らを操るなど言語道断。
人間どもを跡形もなく殲滅してやろう、と思っていたが――、
おヌシのような存在に会えたのなら話は別。どうやら人間を助けたい様じゃな」
「うん」三毛猫の姿で頷くシェリル。
「おヌシが我の相手をするのなら、その願い聞いてやろう。
と、言いたいとこじゃが――、
おヌシの実力なら、我の要求など力で捻じ伏せられるのじゃろう」
そう言ってから牛顔の口の端をゆがめる。
笑っているらしい。
「だが、わかるぞ。おヌシもこれが好きだろうが、えっ?」
と、腕の筋肉を盛り上げてシェリルに示す。
言葉に喜びが表れている。
「何の理由もいらない。我たちと仕合おう」
対するシェリルも邪気のない笑みを浮かべて、
「うん、やろう」と即答する。
「まずは、うちの若輩共から相手を願おう。――行け、お前たち」
後ろに控えている巨人に命令をする。
それに従い、腕を振り回したり、牛の首を回しながら前に出てきたのは八体。
シェリルも前に出る。
シロ、クロ、ソラは少し離れた場所でのんびり観戦。
「あの一番小さいのが巨人のリーダーだったのね」
「御主人、また肉弾戦をするみたいだよ」
「マスターが喜ぶのなら止めませんわ」
やがて巨人の集団の攻撃が始まる。
「動きはそんなに速くないわね」
「でも、凄い威力だよ。御主人の足、地面にめり込んでる」
「あの威力をそれだけで抑えているマスターも凄いですわ」
身長差は三倍近く。巨人三体が周りを囲んで同時に攻撃している。
それを律儀に全て受けているシェリル。顔が嬉しそうだ。
一撃ごとに重低音が響き、地面が揺れる。
「あっ、反撃が始まったわ」
「あっ、蹴ってる。御主人の蹴りは久しぶり」
「人間相手じゃないから、遠慮なく蹴り技も使えるのですわ」
遥か上空まで蹴り上げられて、轟音を立てて地面に激突する。
そのまま動けない巨人。
「巨人の物理防御って物凄いのに、一蹴りで行動不能なんてねぇ」
「びっくりだよ」
「直接生命力を削っているみたいですわ。――体術だけで」
シェリルの前に残っているのは五体の巨人。
今度は攻めに転じる。
一体の巨人の懐に入り、左右のネコパンチを連打。
決めの一撃を流れるように入れると、巨人は白目をむいて倒れ込む。
それを無視して次の巨人へ跳びかかる。こめかみにネコキックを一発。
返す勢いで宙高く跳び上がり、別の巨人の脳天へかかと落とし。
瞬く間に三体を行動不能にする。
残りの二体に視線を向けて微笑みかけるシェリル。
二体が気圧されている姿を見て、
「おい、無様な姿を見せるんじゃない」
と小柄な――といってもシェリルの二倍は優にある――巨人が叱咤する。
その言葉に奮い立った二体の巨人が、咆哮を上げて襲い掛かる。
シェリルは、片方が繰り出した自分の胴体ほどもある腕を両手でしっかり掴み、
巨人の突進の勢いも利用して、投げ技でもう一体の巨人に激突させる。
もつれあう二体に追い打ちで、腹部に轟音のするネコパンチを一撃ずつ。
悶絶する巨人二体。
「じゃあ、次を」とシェリルが笑顔のまま、おかわりを要求する。
「よし、次はお前じゃ、強いというのがどういうものか教わってこい」
巨人の中でも一番大きかった個体が前に出る。
ひときわ大きく咆哮する巨人。身体が輝き始める。
「あれって肉体強化魔法よね」
「肉体呪文ってやつ」
「呪文詠唱無しで……というか自らの肉体で呪文を唱える方法ですわね」
肉体呪文――、
それは魔法の才のない筋肉主体の人間が、修行により会得する魔法発動手段。
魔物でもある牛頭人身の巨人が使うとは予想外。
素のままでも物理的能力は勇者に匹敵していた巨人、
それが肉体強化されて、さらに身体能力が上昇したのだ。
――もう、アタシじゃ、敵わないかも……。
ソラは心の中で驚嘆している。
しかしシェリルは喜びの表情で見守っている。
魔法の発動が完了した巨人が動く。その速度は今までの巨人とは桁違い。
そのままの勢いで、右肩からの体当たりをシェリルに仕掛ける。
瞬間、鳴り響く轟音。巻き上がる砂塵。
争う重低音が砂ぼこりの中から間断なく響いてくる。
何十回と鳴り続ける肉体が激突する音。
やがて音がピタリと止む。
視界が晴れ、ようやく戦いの様子が見えた時には――、
巨人は気を失って横たわっていて、シェリルは悠然とその場に立っていた。
それからゆっくりと振り返り、最後に残った巨人を見据えて、
「最後はあなた」とピンクの肉球を持つ手で、牛の頭を指し示す。
「ぐはははは、こんなに熱くなったのは久しぶりじゃ。楽しませてくれ」
そう言うと、前の巨人と同じように身体全体が輝きを帯びる。
いつの間にか離れた位置にギャラリーが集まっていた。
一番近くにいるのはアカネやシオリたち探索者集団。
そしてヤトカイの町の警備員。
直接シェリルの強さに触れた者ばかりではない。
しかし、その強さはすでに伝説として知れ渡っている。
そして今、目の前の戦いで証明されている。
ピンクキャットの正体を知る者たちは、畏敬の念を込めて見守っていた。
反対側で少し距離を置いて見ているのはキサルイの兵士たち。
巨人と戦っているのは――、
救助に現れた三匹のネコ達の親玉だとは予想がつく。
彼らは自分たちの争いを忘れて、人知を超えた強者同士の戦いに見入っていた。
ぶつかり合う大きな影と小さな影。
轟音を上げて拳をぶつけ合い、両者共に吹き飛ぶように離れる。
お互い瞬時に距離を縮めて、またぶつかり合う。
「普通形態の御主人様とほとんど互角じゃないの」
「うん。御主人、楽しそう」
「これはマスターが飽きるまで続きますわ。気を長くして待ちますわよ」
意識を取り戻した他の巨人たちも見物を始めていた。
いつまでも鳴り響く轟音。不思議と目が離せない心奪われる光景。
誰もが時間が経つのも忘れて見入っていた。
その戦いは――夕暮れまで続いた。
巨人が崩れるように膝をつき「楽しかった」と言葉を残し、動かなくなる。
対する三毛猫シェリルは「またやろうね」と、
屈託のない笑顔で告げる――意識のない巨人に向けて。
全てが終わり――、
観客の前から音もなく姿を消すピンクキャットと十体の巨人。
その場に残されたヤトカイの人間たちは町に戻る。
自分達の争いなどなかったように。
キサルイ兵士達は戦う理由も戦う意思も失って、静かに陣地に戻っていった。
◇ ◆ ◇
その日の夜、ヤトカイ側からキサルイの本陣へと使者が送られた。
内容は停戦協定について協議の申し込み。
キサルイ上層部では――、
無名の集団――さすらいの武闘家集団ピンクキャット――に、
暴走させてしまった巨人が鎮圧された、という情報を早い時点で掴んでいた。
敗走してきた探索者集団の情報とも照らし合わせて、
それがどういう意味を持つのかも。
そして今の状況――。
牛頭人身の巨人という切り札を失っただけでなく、
暴走させて、なおかつ事態の収拾が出来なかったという失態。
兵士の戦意の喪失と上層部が掲げた大義への疑念。
数を減らしたとはいえヤトカイに残る木人形という戦力。
たとえピンクキャットが魔族だったとしても交渉材料にすら使えない。
こちらも救われたのだから。
状況は最悪だった。
こんなはずじゃなかった、という思いが上層部全員の心を占める。
これ以上戦いを続けるのは無理なのは明白。
しかし自分達から負けを認める訳にはいかない。
部下たちには待機命令だけを出して、
この戦いを少しでも有利な条件で終わらせる方法を懸命に模索し始めた。
しかし何の方策も見いだせないまま――、
焦りを覚えたころに、ヤトカイからの使者による停戦の申し込みを受ける。
キサルイ上層部はその協議に一縷の望みをかけるしかなかった。
そして翌日の午後に、キサルイとヤトカイの――、
停戦に向けての協議が執り行われる運びとなったのである。
第二章第14話、お読みいただき有り難うございます。
次回の「停戦協定にソラが乱入」で第二章が完結です。
次回更新は11月2日を予定しています。
その後に第三章を始めるにあたって、また数日のお時間をいただく予定です。
※11月4日 後書き欄を修正




