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第13話:巨人の暴走

 時は、シェリルと探索者リーダー四人との戦いが佳境に入ったころ。


 ヤトカイの空に響く銅鑼どらの音。

 鳴らしているのは正門の近くにある物見台にいる警備員。

 それは――牛頭人身の巨人の出現を知らせる合図。


 キサルイ兵が退却した正門を目指して、術者に操られた巨人十体が姿を見せる。

 迎え撃つのは木人形二十体。巨人相手では町の警備隊は手が出せない。


 そして、この時のために控えていた魔物ハンターと探索者の有志たち。

 合同組合の本館から応援に駆け付け、正門近くの建物で待機。


 巨人の集団が敵陣と正門との中間地点を過ぎる。

 それを見計らっていた木人形達は、宙に浮いて接近し、少し離れた場所に着地。

 巨人一体に対して、木人形二体の重力魔法で動きを押さえようと試みる。

 しかし重力の壁に逆らって歩みを進める巨人。


「コノ距離デハ、効果ガ薄イデス」木人形達もゆっくりと前進する。


 待ち構えていたように突進してくる巨人。

 木人形たちは、すぐさま宙に浮いて、体当たりをギリギリでかわす。

 二体の重力魔法では巨人一体を押さえ切れない。

 だが、まだ手はある。


「圧力砲ヲ使イマス」


 戦法を変える木人形。

 宙に浮き、重力魔法で純粋な圧力を大砲のように撃ち当てる。


 これは効果的だった。


 無視の出来ない間接攻撃を絶え間なく浴びせて、巨人の動きを封じる。

 そこで、ようやく巨人たちの前進が止まる。


 この戦いで最大の懸案事項――牛頭人身の巨人。

 それが木人形によって押さえこまれている。

 目の前の光景を見て、ヤトカイの警備員達の心に安堵が広がる。


 決め手には欠けるが、巨人の疲労を待てば確実に勝利できる。

 誰もがそう思った時――それは起こった。


 響き渡る咆哮。

 木人形の重力魔法を蹴散らす様に振り回される両腕。


 巨人の暴走。


 その変化にいち早く気づいた木人形。

 仲間に「回避ヲ!」と叫び、急いで上昇する。

 しかし数体が間に合わなかった。


 二体の巨人がその場から跳躍。

 その高さは――巨人の身長の二倍。

 ヤトカイの町の壁を軽く跳び越えてしまう高さ。


 宙に浮く木人形めがけて、左右の巨大な拳が振るわれる。

 運悪く拳を受けた三体の木人形が、町の壁近くまで吹き飛ぶ。


 うち二体が全壊。崩れ落ちピクリとも動かない。

 辛うじて動いている一体。浮遊は出来るようだが、その姿は痛々しい。


 力を振り絞って物見台まで浮いていき、

「巨人ノ暴走デス。仲間ニ知ラセテクダサイ……」

 と、その場の警備員に告げて、……眠るように動きを止める。


 再び鳴り響く銅鑼の音。それは先程の音とは違い非常に細かい連打音。

 それが、念のためと取り決めてあった巨人の暴走を報せる合図。


 その音を聞き――、

 壁を守っていた各所の木人形が反応する。


「最優先事項ノ発生デス。申シ訳アリマセン。ココハ、オ任セシマス」


 木人形の離脱を知ったキサルイの兵たちが、これ幸いとばかりに壁に取りつく。

 ヤトカイの警備員は声を張り上げて彼らに報せる。


「ばかやろう! お前らの巨人が暴走を始めた! そんなことやってる場合か!」


 その鬼気迫る声音に、真実を感じたキサルイの兵士。

 すぐに伝令を出し事態の確認を始める。

 彼らも巨人の暴走を内心で恐れていたのだ。


 それでも、全部の兵が戦いを止めたわけではない。

 いくつかの場所で、キサルイの兵とヤトカイの警備員の小競り合いが始まる。

 しかし両者とも勢いがなく、

 そのうちに巨人暴走の情報が行き渡り、壁をはさんだ争いは収束していく。


 そして正門前では――。


 ヤトカイの町の正門はすでに破壊されていた。

 襲っているのは五体の暴走した巨人。

 集結した木人形たちが、捨て身の覚悟で巨人の攻撃にあらがっている。


 一方で、暴走した巨人はキサルイ軍にも襲い掛かっていた。

 その数三体。


 それを知った木人形たちは、己に与えられた命令を反芻する。

「敵味方問わず人の命を救え」

 無言のうちに分担を決め、二十体がキサルイの先陣に向かっていった。

 キサルイの兵士を守るために。



 ◇ ◆ ◇



 正門前には、巨人に対抗しているもう一つの集団があった。

 魔物ハンターと探索者からなる有志たち。

 周辺の建物の上に陣取り、遠距離から攻撃を仕掛けている。


 だがその効果は薄い。

 前衛の木人形から一瞬だけ注意を逸らす程度が精一杯。


 それでも今の限界状況ではやらないよりはマシ。


 火魔法を巨人に放っているのはグレイ。

 その隣り、魔法で強化した弓で攻撃しているのはシオリ。


「防御魔法なんて使ってないのに、俺の魔法が完全に弾かれている」

「物理的能力と魔法防御は勇者並み。ランクでS。木人形も相手にならないわ」


 遠距離攻撃のないバルドとアカネは、歯がゆい思いで戦況を見ている。

 Sランクの魔物相手ではおいそれと手が出せない。


「アカネ、お前は動くな」

「でも、あたしの聖剣なら!」

「その短い剣が届く場所は、命を捨てる位置だ。やめておけ」

「木人形が重力魔法で押さえているうちなら、なんとかなるッすよ!」

「それでもだめだ!」


 確かに木人形の重力魔法で巨人は押さえられている。

 ただし前進だけを。

 六、七体の木人形で、巨人一体の前進を押さえるのが精一杯。

 巨人はその場で拳を振り、正門や近くの建物を破壊している。


 さっきまで有効だった圧力砲は、

 巨人本来の魔法防御に遮られて、意味をなさなくなっていた。


 重力魔法の効果を上げるには接近するしかない。

 そのため近づきすぎた木人形が、巨人の拳を受けて吹き飛び建物に激突する。

 一体の木人形がいなくなり攻防の均衡が破れる。


 じりじりと前進を始める巨人。

 壊れた建物から身体が半壊した木人形が姿を現し、すぐに戦列に復帰。

 再び前進を止められ、イラついた巨人がその場で咆哮を上げる。


 ギリギリ、本当にギリギリでの攻防。



 ◇ ◆ ◇



 そして――キサルイ側。


 襲っているのは三体の暴走した巨人。

 どうにか間に合った木人形たちが、巨人の襲撃を重力魔法で阻止する。


 それでも振るわれる巨大な拳。

 逃げ遅れた兵士が拳を受けて宙を舞う。


 しかし叩き付けられる筈の身体は、直前に減速して緩やかに地に着く。


「怪我人ヲ連レテ、早ク逃ゲテクダサイ」


 キサルイの兵士を重力魔法で救った木人形は――、

 兵士の目の前で巨人の拳を喰らい、壊れながら飛んでいく。


 巨人の抑止と、兵士の救助――、

 二つの使命に能力の分散を余儀なくされ、木人形は存分に力が発揮できない。


 一体倒れれば、それだけ巨人を押さえられなくなる。

 もう限界を超えるのは目に見えている。


 そして……、また一体の木人形が粉砕されて宙を飛んでいく。


 それでも――、

 それでもキサルイの兵士たちで、命を落とす人間は未だ出ていない。


 暴走する巨人を見て、木人形の献身的な姿を見て――、

 キサルイの兵士たちはハッキリと理解した。

 この戦いで大義がないのはキサルイかヤトカイか、どちらなのかを。



 ◇ ◆ ◇



 キサルイの先陣とヤトカイの町の中間。

 最初に巨人と木人形が相見あいまみえた場所。

 その場から動かずに残った二体の巨人がいた。

 全ての戦いを静観するように。

 先程、キサルイ側に向かう木人形も通り過ぎるのに任せて。


 巨人の中でも一番大きかった個体と、そして一番小さかった個体。

 小さい方の巨人の眼には――野生の輝きの中に知性の光が宿っていた。



 ◇ ◆ ◇



 ヤトカイの町、正門前。今また木人形が一体破壊された。

 辛くもそれ以上の前進を食い止めていたのだが、これで均衡が破られる。

 もう巨人の暴挙を止めるすべはない――誰もがそう思った。


 喜びの咆哮をあげて前進を始める巨人。

 人間たちの間に緊張が走る。


 その時――、

 牛頭人身の巨人の動きが――ピタリと止まる。

 五体全てが同時に。

 木人形が束になっても静止できなかった巨体が、まるで時が止まった様に。


 思いもよらぬ光景に「何が起こったんだ……?」と人間たちも息を呑む。

 その静寂の中に響き渡る声。


「あたしたちは――さすらいの武闘家集団! その名もピンクキャット!」


 声がしたのは、壊された正門の近くで、運よく形をとどめていた物見台。

 その屋根の上から。


「この戦い、あたしたちに任せてもらおう!」


 その場にいた全員の視線が集まる。

 声を上げたのは小さな子供くらいの大きさのネコ……の着ぐるみ。

 顔の部分だけ穴が開いている。そこから見える真剣な表情の女の子。


 周りを囲むように浮いているのは、三匹の小さなネコ……の着ぐるみ?

 こちらの顔の部分からは、人形のように小さな顔が見える。

 中央にいるナゾの存在の半分のサイズもない。


「あたしはリーダーのキャリコ!」


 再び良く通る声で中央の存在が名乗りを上げる。

 どう見ても「三毛猫の着ぐるみ」を着た少女。


「何故ピンクキャットなのか――それは! 肉球がピンクだから!」


 猫の手を突き出して見せつける。

 綺麗なピンクの肉球。

 キャリコと名乗った少女に続いて、周りの三匹も名乗る。


「ホワイトですわ!」「ボク、ブラック」「……ブラウン」


 それぞれ白色、黒色、茶色の小さなネコの着ぐるみ。

 肉球はやっぱりピンク。

 ブラウンと名乗ったネコだけ、やけにテンションが低い。


 ――空色のネコはおかしいものね……。仕方ないよね。


 茶色のネコが心の中で愚痴っているのを知ってか知らずか、

 三毛猫少女が元気よく命令する。


「ソラ! じゃない……ブラウン! ホワイトとブラックをあっちに送って!」

「はいはい――シロ、クロ……じゃないホワイト、ブラック――向こうをお願い」

「わかりましたわ」

「りょうかーい」


 ホワイトとブラックが、物見台の屋根の上から音もなく消える。

 唐突な出来事に人間たちは呆然としている。


 もちろん三毛猫少女はシェリル。

 白猫はシロ、黒猫はクロ、そして茶猫は不本意ながらソラである。



挿絵(By みてみん)



 ◇ ◆ ◇



 シェリルたちが人間たちの前に現れた経緯いきさつはこんな感じ。


 キサルイの探索者集団を送り届けたあと、ソラが管理室に戻ってきた。


「御主人様、町に何か起こっていませんか」

「ソラ、いい所に……、巨人が暴れ出しましたわ」とシロが代わりに答える。


「やっぱり……」

「原因がわかりますの?」

「おそらくね、でもそれどころじゃないわよ」

「木人形もやられてる」と少し悔しそう表情のクロ。


「御主人様、やはりここは助けに行かないと」

「うん。わかってる。シロ、例のモノを」


 シェリルが真面目な顔で、お奉行様みたいなセリフを言う。

 シロが「はい」と答えて、管理室にある物置から何やら取り出してくる。


「みんなで、これを着ていけば、あたしたちだってばれないよ」


 それが、先程登場した着ぐるみであった。


「えー……」あるじを信じていた自分がバカだったと後悔するソラ。


 ――これが御主人様が考えがあるって言ってたやつかぁ……。


 さらにソラに不満を抱かせたのは――、

 コンセプトが三毛猫の為、ソラに割り当てられたのが茶色だったのだ。


 そして――その姿での名前。

 シロが「ホワイト」、クロは「ブラック」なのに、……ソラは「ブラウン」。


 ――スカイブルーが良かったのに!


 なんだかんだで自分の色に誇りを持っていたソラ。

 今のテンションはだだ下がりだった。


 ――なんか今日はアタシの扱いが悪い気がする……。


 悩みの多い年頃のソラだった。



 第二章第13話、お読みいただき有り難うございます。

 次回、「ピンクキャットの活躍」です。第二章大詰めです。


 次回更新は10月31日を予定しています。


※11月4日 後書き欄を修正



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