第12話:シェリルのダンジョンにも敵の手が(2)
キサルイ軍本陣。
ひとりの優秀な魔物使いが――、
この場所から、ヤトカイ攻略の先陣にいる牛頭人身の巨人を操っている。
現在は待機させているだけだが、それでも術を途切れさせるわけにはいかない。
仮に術が途切れた場合、巨人十体の暴走を引き起こしてしまうからだ。
その術者のいる場所のすぐ隣り。テントの中にいるのは――二人の男性。
一人は白髪交じりの太った男性。ヤトカイの町の裏切り者――ドナン会長。
もう一人は恰幅のいい中年男性――ドナン会長の弟。
そう、ヤトカイの魔物ハンター組合の部長……だった男。
二人ともヤトカイの町が蹂躙される様を想像して、
先程まで、ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべていたが、
やがて、それにも飽きて、今ではお互いに不機嫌な顔をしている。
弟の方が興味もなさそうな声で、兄に話しかける。
「おい、兄よ……。あのザックとかいうチンピラに何をさせているんだ?」
「あぁ、町がキサルイに占領される前に、手に入れたいモノがあるんじゃ。
あやつは、探索者というよりもコソ泥の方がお似合いじゃったからな」
「帰りが遅いようだが……」
「ふん、失敗しおったか……。
モノが手に入らないのは惜しいのじゃがな。まぁ、仕方がない」
「そうか……、兄が良ければ何も言うまい」
「それよりも喉が渇いたな。キサルイも小間使いくらい寄越せばよいものを」
「確かに。茶でも飲みたいが……。仕方がない。俺がやろう」
机の上にあるケトルに水を入れて、
湯沸かし魔法具にセットすると、やがて加熱が始まる。
「――これで良し」
初老と中年の男二人はそれ以上話すこともなく、
不機嫌そうな顔で静かに湯が沸くのを待っている。
◇ ◆ ◇
シェリルのダンジョンのザコ敵部屋。
すでに探索者達は、大ネズミ三十六体を全て倒していた。
しかし彼らの疲労は限界。全員が床に座り込んでいる。
そこに空間転移で現れたのはソラ。
数人が片膝立ちになり、どうにか戦意を見せる。
「さて、まだ戦う気力があるのなら、アタシが相手になるわよ」
「お前は最初にいた案内人とか言っていた人形か……、
片言にしか喋れなかった筈なのに、今はちゃんと話してやがる。何の罠だ」
「うるさい」
ソラは努めて冷静な振りをするが失敗している。額に浮かぶ怒りの血管マーク。
眉間にしわを寄せて片手を上げる。
それだけで、その場にいた全員の身体がぴたりと止まる。
「この部屋の探索者は全滅ってことで」ちょっと八つ当たり気味のソラ。
◇ ◆ ◇
中ボス部屋は善戦中だが、毒にやられ動けない探索者が数人。
そこに妖艶な雰囲気をまとったクロが登場。
「どうしましたか……。そちらに倒れている人間。
そのままだと命の危険がありますが……」
「黒人形か! ちくしょう! 笑いに来やがったのか!
回復魔法師も毒にやられちまって、もう解毒できるやつがいねえんだよ!」
「そうでしたか……、では、これで終了にいたしましょう」
そう告げたクロの足元から、床を這うように闇が広がり部屋中を覆う。
探査者達は足元の闇を見つめ――、
なす術もなく、そのまま静かに闇に落ちていく。
恐怖に顔を染め上げ、声も出せずに吸い込まれていく探索者達。
もちろん毒に侵され、床に倒れていた者達も。
大サソリ三体を背後に従え、黒い闇を足元に広げたまま――、
「この部屋、終わったよ」と普段の口調でクロが呟く。
◇ ◆ ◇
大ボス部屋に残った探索者達は、シロが到着した時には全滅していた。
とはいえ、彼らは意識を失っているだけで、命を落とした者は一人もいない。
「緑一号。こちらに」
シロの側には胸に緑の1の番号を持つ木人形。
「ワタシが人間を癒します――、
あなたは彼らの身ぐるみを剥いで、隅にまとめておきなさい」
「了解シマシタ」
「チャーリーとクラークは待機所に行きなさい。後で修繕をします」
二体の大トカゲは軽く頭を下げて、見えない扉をくぐり待機所に入っていった。
木人形緑一号も指示に従い、行動を始める。
◇ ◆ ◇
再びキサルイ軍本陣。あるテントの中。
ケトルの中の水がぐつぐつと音を立てている。
「うおっ! もう沸騰しているじゃないか! 何故止まらない?」狼狽える弟。
湯沸かし魔法具は水が沸騰すれば自動で加熱が止まるはず。
にもかかわらず過熱が続いている。水が全て蒸発して空焚きになれば危険だ。
「火事にでもなったら厄介じゃ。早く止めろ!」焦って怒り出す兄。
「どうすれば止まるんだ?」
「おまえ、魔力封印水晶を持っとるじゃろ、それを使え!」
「そうか! ………………と思ったが、これ停止ボタンか?」
ぽちっ。
「――あぁ、止まった」
……止まったようである。
◇ ◆ ◇
一方、こちらは最終ボス部屋。
「わははははぁ、我のダンジョンによくぞ来た!」
その場に辿り着いたのは、探索者のリーダーだった者たち――四人。
そして、少し離れた後方に罠解除担当の男。
「我が直々に相手をしてやろう! かかってこい!」
シェリルのいつもの前口上。
その姿を驚愕の表情で見ているリーダー達。
この四人は特別に能力感知スキルを持っている訳ではない。
しかし、そんな能力が無くても身に迫る危機はわかる。
そうでなければ探索者Aランクになど到達できない。
正面にいる魔族の少女から感じる命を脅かすほどの恐怖。
そこから視線を離さずに、一緒にここまで来た罠解除担当に静かに話しかける。
「良くここまで連れてきてくれた。お前は下がっていろ」
「しかし……」状況が飲み込めない罠解除担当。
「いや、君の言っていた神をも滅するダンジョン……どうやら正しかったようだ」
「そうみたいだね……でもあたいは引かないわよ」
「オレもこのままじゃ帰れねぇ」
罠解除担当もリーダーたちの真剣な表情に事態を察する。
表情を引き締めて決意を告げる。
「……わかりました。でもここで見届けさせてください」
「あぁ、俺たちの生き様をその目に焼きつけろ」
ここまでの道のりで、リーダーたちの間には連帯感が芽生えていた。
部下たちの献身で、ようやく辿り着いた最終ボス部屋。
待ち受けていた絶望。それでもなお一矢報いるために命を懸ける。
「それじゃあ、いくぜ!」「おう!」「わかったわ!」「やってやる!」
若旦那と呼ばれていた男が「強化魔法だ! 受け取れ!」
親分と呼ばれていた男「ありがてぇ! 俺が最初にいくぜ!」
高速移動で姿が一瞬消える。
次に現れたのは魔族の少女の側面。細剣を突き出した格好で止まっている。
笑顔のシェリルが左手で細剣の先を摘まんでいる。
親分は「まぁ、そうだよな…………、爆炎!」
そう叫んで、左手から球形に圧縮された炎を放つ。
炎球の向かう先にいた筈のシェリル。
その姿はすでにそこにはなく、驚いている親分の視界は急激に回転を始める。
遅れて感じる脇腹への衝撃。
「ぐおっ!」そのまま何度も地面をバウンドする。
遠ざかるシェリルの姿。自分の放った炎球が天井で爆発するのが見える。
何とか体勢を立て直したのは、四回目に地面に落ちた時。
足から着地し――、
抗し切れていない勢いを地面との摩擦で押し込め、ようやく静止する。
部屋の中央に目を向けると、若旦那とボスが二人で魔族の少女に挑んでいた。
若旦那の片手剣、ボスの両手斧。
共にAランクの探索者から放たれる斬撃を――、
時に躱し、時にはじき、時には指で摘まんで押し返すシェリル。
「やっぱり化け物か……いや、それ以上か」
最初の位置から殆ど動いていない魔族の少女を、彼なりに賞賛する。
それから再び前に出ようとした時――姉御の声がその場に響く。
「これを受けてみな!」
姉御の頭上に浮かぶ無数の雷の槍。
雷魔法の単体攻撃上位魔法――サンダーランス。
「おいおい……」親分の呆れた声。
単体攻撃上位魔法をあれだけ生み出して、
さらに一旦その場に留めて、一斉攻撃に使う。
無茶苦茶な技量と魔力がなければ不可能な技。
「出し惜しみ無しだな……」
姉御の声に反応して、若旦那とボスがその場から退避する。
離れた位置からでも魔族の少女の表情がわかる。
無数の雷の槍を前にして、微動だにしないシェリルの唇の端は上がっている。
「笑ってやがる」
そして襲い掛かる雷の嵐。その中で悠然とした態度の魔族の少女。
親分の口から「あれを……避けるのか……」こぼれる驚嘆の言葉。
全ての雷が消えた後に平然と立っているシェリル。
姉御は次の魔法の詠唱に入っている。
若旦那とボスが再び襲い掛かる。それに負けじと親分も走る。
若旦那の剣を指で摘み、そのまま奪い取って上空に放り投げる。
ボスの両手斧は、刃の部分に拳を当てて軌道を逸らす。
親分の細剣は左手で掴み取る。
そして流れるように連続で三人の男たちに拳を放つ。
三方向に吹き飛ぶAランク探索者たち。
いち早く体勢を立て直した親分が叫ぶ。
「貴様! 手加減しているな!」
「うん」あっさりと認めるシェリル。
「なめているのか!」
「あたしは本気は出さないよ」
笑顔を浮かべたまま探索者達に答える。
「あなた達は弱いし、脆いし、力がない。あたしの本気に耐えられない」
ボスの両手剣を片手で受けながら、
「だからあたしは手加減をする」真顔になるシェリル。
「それが悔しいのなら、耐えられないのなら強くなればいい、それだけのこと」
若旦那の攻撃を片手で捌きながら、
「今日はあなた達に教えよう。強者と戦う喜びを」強い意志を瞳に乗せて。
ボスと若旦那が再び吹き飛ばされる。
そこに姉御の特大サンダーランスが襲う。右手で受け止め握りつぶす。
「命までは奪わないであげる」静かな声。
「そうすれば、強くなってもう一度、この地に来るだろうから、きっと来るから、
あたしはこの場で、いつまでもそれを待ち続けるよ」
探索者達を見渡して、
「これから、あなた達は負ける。それは曲がらない事実――、
だからこそ、あなた達の全力を!。あたしは全てを受け止める!」
高らかに宣言するシェリル。
「おもしれえ! 俺の全てを見せてやる!」
「僕が極限の強化魔法を使う。少し時間をくれ!」
「オレが押さえる! 一撃で決められるヤツでトドメを頼む!」
「あたいの全ての魔力を使って、最高の魔法を!」
探索者のリーダーだった四人が歓喜の笑顔を浮かべて――、
己の全てをもって魔族の少女に挑みかかっていった。
◇ ◆ ◇
またまたキサルイ軍本陣。あるテントの中。
「なんだ! 焦げ臭いぞ!」
「湯沸かし魔法具から煙じゃ!」
◇ ◆ ◇
ぺちぺち。
頬をたたかれて目覚める――若旦那――探索者リーダーの一人。
「起きたわね。今日は忙しいから簡単に用件を済ませるわ」
目の前にいたのは空色の人形。ダンジョンの最初の部屋の案内役。
今いる場所は――、
「ここは、キサルイ軍の本陣に近い丘の上よ。あっちに見えるでしょ、本陣が」
人形が指差した方を見ると、確かに多くのテントが張られた平原が見える。
昨日の昼頃に、ここを出発して、ヤトカイの町に向かった。
もっと近い場所、自分の周りに目を向けると――、
一緒にダンジョン攻略をした探索者達が横たわっていた。
「全員治癒済みで寝ているだけ。
最終ボス部屋に来た五人以外は装備全部貰ったわ。それがルールだから。
……そして五人の人間には、これ」
どこかで見た姿のミニチュア人形。
ようやく思い出す。
四人のリーダーで最終ボスに挑み、
全力の魔法と技を完璧に受け止められ、完膚なきまで叩きのめされたのだと。
「うちのダンジョンの最終ボス部屋まで素通りできる通行手形。
そしてアタシの主――最終ボスから伝言……『また来てね』」
「あぁ、わかった」
「じゃあ、帰るわ」
その時に、空色の人形の表情に変化が現れる。
驚いたような、緊張したような。
つぶやきが聞こえる。
「これって……魔力封印水晶……」
確かにそう聞こえた。そして姿を消す空色の人形。
見る機会の少ない転移魔法だが、今はあのダンジョンの最終ボスと戦った直後。
いろんな感情が摩耗していて驚きは少ない。
しばらくの間、若旦那は自分の心が戻るまで、その場に静かに座っていた。
第二章第12話、お読みいただき有り難うございます。
次回、「巨人の暴走」です。第二章大詰めが近づいています。
ここにきて新キャラ登場か!?
次回更新は10月29日を予定しています。
※11月4日 後書き欄を修正




