第10話:開戦
ヤトカイの町。役場の応接室。
最終交渉に現れたのは、先日と同じキサルイ軍先発隊の隊長。
「さて、先日の返事を聞かせてもらおうか」
「何のことでしょうか」努めて平静な声で答えるヤトカイのヘイズ町長。
「この町の魔族を退治してやるから、兵を入れさせろと言ってあっただろう」
「その話なら、ボルマン様の勘違いだと、お答えいたしましたが」
「ボルマン様が間違えたというのか。そのような無礼な口答え、後悔するなよ」
後ろに控えていた兵士に目で合図をする。
兵士は無表情のまま扉の方を向いて「おい、お前の出番だ」と声を掛ける。
その声に答えて扉を開けたのは――ドナン会長。
扉の向こうで自分の出番を待っていたらしい。
ヘイズ町長に視線を向けて、ニヤついた顔を浮かべて部屋に入って来る。
隊長はドナンを指して「この者はこの町の商工会の会長だな」と勝ち誇った顔。
ヘイズ町長は呆れた顔で「そうですね。この町の重鎮です」と皮肉を込める。
「この者が町の中を調査して、魔族の被害者を見つけたそうだ」
隊長の言葉に続いて、もう一人部屋に入ってきた。
全身いたるところに包帯を巻いて、松葉杖をして入ってきた男――ザック兄。
シェリルに喧嘩を売って、パンチ一発で宙に舞った男。
「俺は町を歩いてただけで、魔族にいきなり殴られて、こんな姿になったんダ」
ニヤニヤと笑いながら、体の包帯を見せびらかす。
ドナン会長が芝居がかった口調で、キサルイの隊長に話しかける。
「隊長よ、この町の上層部はもう駄目じゃ。魔族に操られておる」
「わかった、ボルマン様の力で必ず開放してやる」
しらじらしい会話が終わり、町長のヘイズに向かって告げられる最後通告。
「という訳じゃ、ヘイズよ。タバサと共に心中するがよい。ガハハハハ」
「正午まで待つ。それまでに領主に町の明け渡しの承諾をさせろ。
それまでに回答がなければ……、
この町にいる魔族の手下共の討伐を開始する。フハハハハ」
そして――彼らは会議室から出ていった。
「もう戦いは避けられない……」ヘイズ町長が苦しそうな声で呟いた。
◇ ◆ ◇
ヤトカイの町。治安警備隊本部の中庭。
開戦を目前にして、戦いに参加する隊員と有志たちが集合していた。
正面に立っているのはクルト隊長。低音だが張りのある声が中庭全体に響く。
「皆の知る通り、この町は木製の高い壁に囲まれていて、
出入口は正門として使われる南の門と、普段使われない旧道に出る北の門。
敵はあくまで正攻法での町の開放にこだわるはずだ。
したがって敵の目標は――正門をこじ開けること。
それが成された時点でこちらの負けになる」
「予測される敵の攻撃は二種類――ひとつが正門への直接攻撃。
もうひとつが、周囲の壁を乗り越えて侵入し、内側からの正門の開放」
「キサルイ側は、町の住人への被害と施設の破壊は望まない筈だ。
大規模な魔法や火計は使わないだろう」
「したがって、こちらは敵の侵入を全力で阻止する」
その宣言の後、部隊編成などについて詳細な説明を行ったクルト隊長。
ひと通りの話を終えてから、皆の注目を集めるように一拍置く。
そして改めて声を張り上げる。
「ここからが一番重要だ。
この戦い、木人形がいる限り完勝できる。彼らの重力魔法は圧倒的だ。
だからこそ――次の命令を与える。
木人形の評判を落とすわけにはいかない。
人の命を奪う存在だなどと悪評を与えてはならない。
この町の正義と平和の象徴とするためにも。
敵の命を奪うな。
木人形の第一の使命は、敵味方問わず人の命を救えと伝えてある。
お前たちもそれを肝に銘じて戦ってくれ。
俺たちがこの戦いの正当性を示すのだ。
俺たちは治安警備隊だ。
軍隊でも兵士でもない。
それにふさわしい戦いをするのだ。
それにふさわしい力があるのだから!」
◇ ◆ ◇
正午から戦闘が始まるのが、ほぼ確実となり――、
キサルイから来た探索者集団は、余計な疑いをかけられる前に町を出ていた。
ピッタリ百名の集団。
キサルイ内では、勢力争いをしている四つの探索者グループがある。
今回の攻略は各グループから、二十五名ずつ選抜された人員で構成されていた。
ダンジョンに向かう途中での道。
グループのリーダーたちが、上っ面だけ仲良く会話している。
「魔物が強いと噂があるが、所詮は一階層のダンジョン――、
どうせ腰抜けのヤトカイの探索者が、言い訳のように伝えてんじゃねえか。
魔物のいる部屋は、最終ボス部屋を含めても四部屋だけだってのに、
こんなに探索者が必要なのかよ。まったく、分け前が減っちまうだろうが」
「お宝は巨大転移魔法石だって話だ。
用心に用心を重ねて、これだけの人数を集めたんだろう。
オレたちに失敗は許されないってことだ。気を緩めてもらっては困るな」
「部屋の魔物はA、B,Cランクが揃っていて、
最終ボスは会ってのお楽しみ、ってなってるわよね。
あたいんとこ弱小だから、Cランクの部屋を担当させてもらうわよ」
「そりゃあ、君の手下は弱いかもしれないが、
君自身は強いんだから、最終ボスを相手にしてくれないか」
全員が気楽に歩みを進めている。
それもそうだ。一階層のダンジョン探索で百人の探索者を集めるなんて。
さらに――、
Aランクの魔物がいるとの情報があっても、揺るがない実力者たちまでいる。
誰が考えても過剰戦力だ。
しかし、そこにいる者たちは誰一人として現実を知らない、
今向かっているダンジョン。
ある女性が最終ボスを評した言葉「聖剣を持った勇者百人でも勝てない」
待ち受けているのは、そういう相手なのである。
◇ ◆ ◇
ヤトカイの町が明け渡されることもなく、キサルイの軍が引くこともなく。
正午――ついに開戦。
そこには……、キサルイの軍にとって予想外の展開が待っていた。
町を囲む壁にキサルイの兵が近づく。
そこに重力魔法で浮遊した木人形が降りてくる。
素早い動きで敵部隊に近づき、有無を言わさず重力魔法で押さえこむ。
「うおっ!? なんだ、こいつは!」
「オシズカニ、痛クシマセンカラ」
木の棒で手加減攻撃を加え、動けない敵の意識だけを刈り取っていく。
反撃を全く許さない。まさに圧倒的。
木人形の攻撃をかいくぐり、何とか壁に取り付くのに成功した敵兵も――、
上にいる警備員に阻止されて、何も出来ずに落下する。
そのまま落下すれば、地面に激突して重傷を負いかねない。
しかし――その寸前に木人形が、重力魔法を使って敵兵を無傷で地面に降ろす。
「大丈夫デスカ?」
「おう、すまない……」
「デハ、オヤスミナサイ」
結局は……、助けた後で気絶させるのだが。
町を囲む壁の防衛戦では、
木人形が優秀さを如何なく発揮して、敵の攻勢から完全に守り切っていた。
一方で、正門前の戦闘でも、同じような光景が繰り広げられている。
門を破壊するための破城槌で、正門に接近しようとするキサルイ側。
しかし、木人形の重力魔法で阻止されて、移動すらままならない。
「全然、動かないぞ!」
「ムコウデ、オトナシク、シテイテクダサイ」
次々と気絶させられて、少し離れたところに飛ばされるキサルイの兵士たち。
見る見るうちに戦闘からの脱落者が増えていく。
キサルイ側の攻撃は完全に無力化された。
しばらくして……、このままでは埒が明かないと判断した上層部。
一旦、退却命令を出す。
動ける兵士は、気絶させられた仲間を連れて後方に下がる。
こうして最初の様子見ともいえる戦闘は、短い時間であっけなく終了した。
結果、ここまでの緒戦で――、
命を落とした兵の数――両陣営とも0名。
重傷者も――同じく両陣営で0名。
すべて木人形の功績。敵味方双方に優しい戦闘だった。
この事実はキサルイの兵士の心に、少なからず影響を与えていた。
もとよりキサルイの兵士たちの士気は低かったのだ。
三千の兵で囲めば、すぐに降伏する筈だと大多数の者が考えていた。
いざ開戦となっても、後ろに控えているキサルイ軍の切り札。
アレのお披露目が重要なのだから、いつかは必ず参戦するはず。
そうすれば、この戦いは簡単にケリがつく。
自分たちの役目はそれほど重要ではない――そういう意識が蔓延していた。
対するヤトカイ側は敵すらも救おうとしている。
「なぜ奴らは、俺たちの怪我の心配までしているんだ」
「そんなの俺が知るか」
魔族の言いなりになった町を開放する――そう聞かされていた兵士たち。
彼らは、自分たちの大義に疑問を抱き始めていた。
だがキサルイ側の上層部は――、
今さら末端の兵士の心情など気にしてはいなかった。
なぜなら自分たちの勝利を微塵も疑ってはいないから。
もちろんそれは、切り札――牛頭人身の巨人――が残されているからである。
◇ ◆ ◇
ここはシェリルのダンジョン。いつもの管理室。
町でキサルイ軍が動き始めたころ。
「町の方は戦闘が始まりましたわ」とシロの声。
ちょっと変わったのは監視モニター画面。
四画面に増えている。マルチディスプレイ。なんて贅沢。
左側の上の画面には、ヤトカイの町の正門前の様子。
その下の画面では、町を囲む壁の様子が一定時間で切り替わって映っている。
この時のために、ソラが町の中と周辺にカメラ魔法石を設置していた。
カメラを切り替えれば、居ながらにして町の中だって監視できる優れもの。
プライバシーの侵害って、なにそれ?
「軍の兵ってあんまり強くないね」というクロの感想に答えたのはソラ。
「そうね、兵ってのは集団で戦う訓練をしてるから、一人一人はそれほどね」
右側上下二枚のモニターはダンジョン内の様子を映し出す。
今日は団体客――キサルイ探索者集団――専用の態勢。
普通の探索者は誰一人いないため、今はそちらの映像は閑散としている。
画面が切り替わり、右下のモニターにダンジョン入口の様子が映し出される。
集合しているキサルイの探索者達。その数ちょうど百名。
彼らの姿を見つけて、にっこりと笑みを浮かべたシェリル。
「じゃあ、ソラはいつも目立ってるから、ザコ敵部屋の案内人で」
「えっ?」
――聞いてないんですけど……?
いきなりの主からの命令で戸惑うソラ。
探索者の集団が、最初の通路をゆっくりと進み始めていた。
第二章第10話、お待たせしました。お読みいただき有り難うございます。
次回はシェリルのダンジョンでの話になります。
次回更新は10月24日を予定しています。
※11月4日 後書き欄を修正




