第09話:戦いの準備をしよう(2)
どうやら、後ろを振り向く猶予は貰えるらしい。
アカネとシオリは、ゆっくりと体の向きを変える。
二人の背後、少し離れた位置に悠然として立っていたのは――、
全身黒づくめ、鍔の広い帽子を深くかぶっている男。表情はよく見えない。
「ちがうっすよ、ちょっと道に迷って」
「そうしたら、兵隊さんが大勢いたので怖くなってたんです」
バレバレだが時間稼ぎになればと、下手な言い訳をする。
この場を切り抜ける方法を懸命に模索する二人。
「つまらない言い訳をする必要はありません。本当でも嘘でも結果は同じです。
お前たちのように、迷い込んできた人間を見つけて、
私の魔法の実験台になってもらうのが、目的なのですから」
帽子の鍔が上がり、そこから僅かに見えた瞳に狂気を帯びた光が宿っている。
シオリが小さな声で「闇魔法使い……」とつぶやき、アカネが小さく頷く。
「喜びなさい。お前たちは生まれ変わるのです――、
闇魔法を極めた私の秘術。私の呪いで……猛毒ゾンビになりなさい!」
直後に、ほんの短い呪文の詠唱があった。
それだけでも男の技量の高さがわかる。
問答無用で放たれた、膨大な量の闇の奔流がアカネとシオリを襲う。
闇魔法――。
魔法の系統を難易度で考えた場合、火魔法、水魔法などは初級魔法にあたる、
そして光魔法、闇魔法は上級魔法と呼ばれ、会得できる人間はごくわずか。
才能に恵まれた人間だけが使いこなせる特権的な魔法。
その才能から生み出された秘術。対抗する手段など限られている。
危うし、彼女たちの運命やいかに……。
……と危機を煽っても――、
闇魔法が二人の身体を包んだのは、ほんの一瞬だけ。
あっという間に霧散する闇の奔流。
「なに、私の……、私の闇魔法がっ!」
懐から短剣を取り出していたアカネ。こうなることを確信していた。
素早く立ち上がり、呆然として動けない男に近づき顎に一撃。昏倒させる。
アカネに闇魔法は効かない。貯金全部と引き換えに手に入れた短剣があるから。
「そこで大人しくしているっす」
「やっぱりすごいわね、その聖なる短剣」
「シロさんの祝福らしいっす。クロさんの仕掛けた呪いを一発解呪っすから」
「あぁ、あの時の話ね。嘘じゃなかったのね」
「そうっすよ!」
この短剣の入った宝箱を開けた時。
邪悪になる呪いに掛かってしまい 宝を独り占めにしようとしたアカネ。
宝の短剣を取り出したら、聖なる力で瞬時に呪いが解除。
それを、ただの欲張りだと思われて――、
呪いのせいだと力説してもみんなに信じてもらえなかった。ちょっと昔の話。
「どうしますかねぇ。連れ帰りますか」
縛り上げられて転がされる黒づくめの男。
「連れて帰ると目立ちすぎるわよ。――あの巨人の情報を聞いてみようかしら」
「お前たち、私をこんな目に遭わせ――わかりました! 何でも話します!」
アカネが、普段見せない凄みのある目つきで睨みつける。
それだけで素直になる闇魔法師。
やはりこの男、キサルイの雇われ魔法師だった
彼から聞き出した牛頭人身の巨人の話。
ひとりの優秀な魔物使いが開発した新しい技術。
魔法を使って、凶暴な魔物の能力を抑制して洗脳。
一体をリーダーとして操ることで、複数の魔物のコントロールを可能に。
距離にはほとんど影響されないらしく、術者が離れていても操作できるらしい。
「操作中に術者が意識を失うか、魔法が遮られた場合――、
魔物の洗脳が解けて、本来の凶暴性を取り戻すので注意が必要だと聞きました」
もしそうなれば、あれだけの巨人――、
素の力はAランクを超えて、Sランクに達するのも十分にあり得る。
十体も暴れれば、敵も味方も全部まとめて壊滅は避けられない。
「魔法を遮るといっても――、
非常に強力な結界が必要ですから、余程のことがない限り心配は無用です。
例えば――『神殿の祭司の魔力を封じる』程の、強力な結界だそうです」
今回は最も安全な本陣から術者が操作する。
ヤトカイの町侵攻は、この魔物のお披露目と宣伝の意味もあるそうだ。
ここまでの情報を聞き出して、闇魔法師を眠らせてその場に放置。
かなり詳しい話が聞き出せたのは幸運だった
「魔法を遮る結界……、どっかで聞いた事があるっす」
「それってソラさんじゃないの?」
「うーん、なんか他にもあったような……?」
アカネは知っているはず。
あの組合のバカ部長が持っていた魔力封印水晶。
周囲を一切魔法の使えない場所にする究極の魔法具。
だが、そのバカ部長が、目の前のキサルイ本陣にいるなんて知る由もない。
さらに偶然にも、その場所が巨人を操る魔物使いの隣りのテントだなんて。
さらにさらに、バカ部長のいるテントにある湯沸かし魔法具。
時々、加熱が止まらなくなる欠陥品、だなんて――、
……そんなこと誰も知らない。
◇ ◆ ◇
「団体客いらっしゃい会議を始める!」
木人形最後の受け渡しを終えて、ソラが管理室に戻ると……。
シェリルが突然そんなことを言い出した。
シロとクロは静かに椅子に座っている。
――あれは、人形の顔!
主がおかしな話を始めると――
関わりたくない雰囲気を醸し出すために、あの顔をする様になった。
いかにも「ワタシハ、ニンギョウデス」って顔。人形の癖に!
仕方なく、いつもの通りソラが聞き役になる。
「……御主人様、それは一体どういった話なんですか」
「ソラ! 町を攻めてくる人間は、こっちにも来るんでしょ」
「そうですね。人間は三千人はいるそうですし……、
さっきアカネたちが偵察してきて、百人はダンジョン攻略隊が来そうだと」
ソラの説明に口をへの字にして、
「えー、ひゃくにんー?」
どうやら、もっとたくさんの人間が来ると思っていたようだ。
「まぁ、それなりの探索者が来るでしょうから、今までよりは大掛りですよ」
「うーん、そっか。じゃ、それでいいや――団体客いらっしゃい会議を始める!」
「はいはい――、あっ、その前に……」
ソラは町で聞いてきた話をする
予想通りキサルイの攻撃は明日になりそうだと――、
そして人間の部隊にいた巨人の話をする。
「ちょっと人間の町が危なくなるかもしれません――、
そうなったら、アタシが隠れて力を貸してもいいですか?」
「ソラ!」とシェリルの少しきつめの声。
――えっ、怒られた?
シロとクロが人形の顔を止めて、心配そうに見ている。
人間を助けてはダメなのだろうか……。
ソラは突然の叱責に驚いて狼狽する。
「それは、あたしの役目!」
「いや、でも前に話した通り、御主人様が大っぴらに人間を助けると、
逆に拙いことになりますので……」
「それはわかってる。あたしに考えがあるから任せて」
「そうですか……、わかりました」
「うん!」シェリルの楽しそうな顔に一安心のソラ。
シェリルが自分の戦い――自分の役目――と決めたのだ。
ソラにしても、この件で逆らうつもりはない。
いざとなれば、町がどうなろうと良いくらいだ。
シロとクロが隣で「うんうん」と頷いている。
「じゃあ、会議を始めるよ!」三度の宣言。
途端に人形の顔になるシロとクロ。
――アタシもその顔になりたい!
ソラの願いは届かない。
「ソラ、何か考えて!」
――丸投げかい!
それでも主の要望に応えようとする健気なソラ。
シェリルは、団体客――客とは言いたくないけど――が来るから、
何か特別な対応を取りたいのだろう。
期待に満ちた顔で見つめられて、ソラは必死で考える。
――人間が魔王城とかを攻める話で定番と言えば……。
「全ての部屋を通らないと、最終ボス部屋に辿り着けないようにしましょう」
「なんで?」
最終ボス部屋は選ばれた者だけが辿り着く場所。
誰かが言ってた。自分だった。
――数が多いと、ザコまで最終ボス部屋に来ちゃうしね。
「普段は今のままでいいですが、やはり敵を迎え撃つときはその展開でしょう」
「へー」
「人間側から見れば……、部屋を進むごとに敵が強くなっていく――」
「ふむふむ」
「そして全ての敵を倒して、ようやく辿り着く最後の部屋」
試練の塔形式――とでも言えばわかりやすいだろうか。
「おー。そうしよう」とシェリルが感心した顔をして賛同する。
それならばと、ソラは頭に描いた手順を説明する。
「ザコ敵部屋から先に行く出口を塞いで――」
そこを塞げば、その先の道は中ボス部屋と大ボス部屋を繋ぐ一本道になる。
簡単に絵を描いて説明するソラ。
「それとは別に、中ボス部屋に直接行く道を掘るだけです」
新しい道を掘るなんて、今のシェリルたちには造作もないこと。
ここまで説明してシェリルの顔を見る。そこには満足そうな顔。
輝く瞳の主の姿を見て、胸を撫で下ろすソラであった。
こうして――、
シェリルのダンジョンでは、団体客の受け入れ準備が完了した。
いよいよ決戦の朝を迎える。
第二章第9話、お読みいただき有り難うございます。
次回、開戦です。
次回更新は、申し訳ないのですが――
事情により、一週間と少しお時間をいただきます。
10月23日に予定しています。よろしくお願いいたします。
※11月4日 後書き欄を修正




