第08話:戦いの準備をしよう(1)
「御主人様、ヤトカイの町に危機が迫っています」
ソラは管理室に戻り、シェリルに率直に話を切り出した。
内容は、タバサと打ち合わせた通り。
表立って人間に助力するのは、問題があるという話も。
「いいよ――木人形、四日だね。
それなら追加で四十じゃなくて五十体つくろう。――クロ、いいよね」
「うん、やるよ、御主人」
シェリルは意外にもすぐに決断した。
いざとなれば、マリエの名前を出そうと考えていたソラ。
しかしそれは不要だった。
――御主人様を見くびっていたのはアタシね。
ソラは心の中で反省する。主は町の危機を正しく理解した。
それだけではない。
木人形は、中ボスの大サソリと同程度の強さと高い知能も持つ。
質の高い命を吹き込むには、それなりの時間が必要。
加えて、クロの重力魔法の付与もある。
一日に十体作るのが精一杯だと考えたソラだったが……。
町の危機と聞いて、シェリルが何を思ったのか、何かを感じたのか――、
ソラが決めてきた数に、さらに十体追加。
そうなると木人形は合計六十体。兵士二十人分の働きで千二百人分。
続けてシェリルは、きっぱりと言い切る。
「午前のお役目は続けるから、探索者を止めないように言ってね」
その後に、切ない表情になって、
「でもマリエの店には……、しばらく行けないって言ってね……」
正直に言ってソラは――、
ここまで主が真剣になるとは思っていなかった。
――御主人様にとって、あの町はもうダンジョンの一部なのかもしれない。
その時から、木人形の製作が開始される。
ダンジョンにいるツアーガイド役と、土産物屋の木人形。
二体に自分の複製を作るように指示。
出来上がった木人形の素体にシェリルが命を吹き込み、クロが重力魔法を付与。
動き始めた木人形にも自分の複製を作らせる。
新しくできた木人形――、
何体かを複製作成作業に残して、ほかは出来上がり次第、町に引き渡す。
主の為に、ソラはマリエの店から毎日あんみつを配達をする。
その合間を縫って、町の中と周囲にカメラ魔法石を設置。
シロは応援……だけでなく、何やらシェリルに言いつけられて秘密の作業。
そして四日後――、
明日は、キサルイとの最終交渉。決裂すれば開戦。
予定通りこの日、シェリルとクロは木人形五十体を完成させた。
町に全ての引き渡しを完了して――、
ダンジョン管理室に戻ったソラに、真面目な顔の主が告げる。
それは、いつもの突拍子もない思い付き。
「団体客いらっしゃい会議を始める!」
◇ ◆ ◇
少し時を戻して――こちらはヤトカイの町での出来事。
組合長のタバサが、ソラに町の危機を伝えた日から――二日後。
タバサの予想通り、キサルイからの先発隊が到着した。
およそ五百人の兵士たちが、町の目と鼻の先にある平原に陣を敷いて待機。
その日の内に、先発隊隊長が書状を持って町を訪れた。
役場の応接室でヘイズ町長が応対する。
「領主様は体調を崩されていますので、僕がお話をうかがいます」
「なんだ、まだ臥せっているのか。この町も大変だな。病弱な領主を抱えて」
「いえ、この町にはもったいない程の領主様です」
「ボルマン様がこの町を治めれば、住民の生活はもっと裕福になるのだがな」
「……ご用件は何でしょう」
「ん、あぁ、これがボルマン様からの書状だ」
「拝見させていただきます」
書かれていた内容は、前回の使者が伝えた通り。
町の中で暴れている魔族を成敗してやる。
その魔族の住むダンジョンも攻略してやる。
金銭的な負担は不要だ。その代り兵を町に入れて、作戦の邪魔をするな。
「では、さっそく魔族討伐を始める――、
私が連れてきた兵を町の中に入れさせてもらおうか」
「いえ、それは出来ません」キッパリと断るヘイズ町長。
「お前……、ボルマン様に逆らうのか。魔族の味方をするというのか」
「どちらでもありません。何故なら魔族はこの町にはいません。
したがって町の中に兵を入れる理由がないのです。
ボルマン様の勘違いですので、逆らうつもりではないのです」
その言葉を聞き、険しい顔つきになる先発隊の隊長。
全く動じずに、ヘイズ町長が言葉を続ける。
「ダンジョン攻略については――、
普通であれば、探索組合の指示に従ってもらうのですが、
今回、そちらの行動を優先させます。攻略スケジュールを教えてください。
ダンジョンでの魔物や魔族の討伐はご自由にどうぞ。
何百人何千人と、お好きなだけダンジョンに入ってください」
「こちらは、魔族が街中で暴れたという確かな情報があるのだ」
「一体どこからの情報なのでしょうか」
「それは私の口からは言えない」
「では、ご用件は終わりですね――、
僕の回答が町の方針です。必要であれば書面にしますが……」
「それは必要ない。――領主に言っておけ。
お前が病弱だから、代わりに町を治めてやると親切で言っているのだ。
ボルマン様の心遣いを受け入れれば、みんなが幸せになれるのだぞ、とな」
先発隊の隊長の、最初から最後まで続いた無礼な態度。
ヘイズ町長は、眉を顰めるだけでやり過ごす。
「それと先程の返事、もう一度考える時間をくれてやる。三日だけ待ってやる」
そう言い捨てて、先発隊の隊長は出ていった。
三日後に最終交渉――これもタバサの予想通りの日であった。
◇ ◆ ◇
先発隊の隊長が役場を訪れた二日後。
最終交渉を明日に控えた日の午前。治安警備隊の本部にて。
ヤトカイの町では、敵の詳細な情報を知るため、
キサルイ軍本隊の到着に合わせて、本格的な偵察を実施する。
敵の偵察には、アカネとシオリが志願した。
優秀な魔物ハンターなので、不慮の事態でも切り抜けられる公算が高い。
隠密能力、走破能力、陣地周辺の罠への対応、総合的な身体能力の高さ。
さらにシオリの能力感知魔法。
この町にいる人材の中で、偵察に最も適した二人だった。
「よろしく頼む」と治安警備隊の隊長クルト。
「すまない。この町の者ではないのに……」と組合長のタバサ。
「いいっすよ。あの何とか兄弟の件はあたしたちも関わっていたんすから」
二人の責任者の言葉に気さくに答えるアカネ。
その横では、こんな時にも関わらず甘い空気が流れている。
「わるいな、シオリ」グレイの顔はやつれている。
「いいのよ、グレイはずっと徹夜でしょ、休んでて」と優しく答えるシオリ。
「あぁ、ありがとう」見つめあう二人。
「お前ら、本当に人目をはばからなくなったな……」バルドがぼやく。
「ちょっと、鬱陶しいっす」アカネも愚痴る。
いつも通りのやり取りを終えて――キサルイの本陣に向かうアカネとシオリ。
やがて敵陣近くの丘の上に辿り着く。距離はあるが目標が一望できる場所。
背の低い草の中に身を隠して偵察を始める二人。
「ここからなら見えますねぇ」
「でも、この距離だと能力感知の精度がでないわ」
「しかたないっすよ。タバサさんも言ってました。命を優先しろって」
「まぁ、とりあえず観察して、成果が出なければまた考えましょうか」
小声で打ち合わせをしていると、さっそく敵陣に動きがあった。
「あそこにいる集団が、町の方に行くみたいっすよ」
「見た感じ兵士じゃなさそうね。百人くらい?」
「あのガラの悪い歩き方は探索者じゃないっすか」
「そうね……、シェリル様のダンジョン攻略組かしらね。
ちょっとわかりづらいけど、……何人か強そうなのがいるようだわ」
「どうしますか。シオリさん?」
「どうもしないわよ。仮に、あいつら全員が聖剣を持った勇者だとしても、
シェリル様には敵わないんだから」と無茶苦茶な例をあげるシオリ。
それを聞いて、アカネも「……確かにそうっすね」と納得するしかない。
「まぁ、帰ったら報告だけはしましょう」
「了解っす……、シオリさん! 来ましたよ。本隊が!」
アカネが見つけたのは――、
近くの山間から姿を現した集団。続々と本陣に入っていく。
その様子を真剣に観察するシオリとアカネ。
「えっ……!」「あれは……!」
二人して絶句する。
彼女たちが見た物は……、本隊先頭を進む巨体。
遠くからでもわかる――牛頭人身の巨人の魔物――それが十体も。
身長は、近くを歩いている兵士の二倍を優に超える。
大人しく歩く姿から、軍の命令に従う戦力と考えて間違いないだろう。
「シオリさん……」
「……アカネ、能力感知が成功したわ……」
「どうっすか……」
「どうやら、操られていて、本来の力が発揮できないみたい――」
シオリの表情が強張る。
「それでもランクでAの下の方――、
シェリル様のダンジョンで、大ボスの大トカゲより少し弱いくらい」
「だとすると、木人形でも一対一だと押さえられないんじゃないっすか?」
「そうね、木人形なら二体か三体で一体を相手――、
私たちだと、グレイとバルドさんが一緒でも、一体の相手さえ厳しいわ」
「それじゃあ、奴が現れた時に、どれだけ木人形が出せるかが鍵っすね」
「そうなるわね」
「あれが奴らの切り札ってことっすか、……!」
その言葉の直後、アカネの顔に緊張が走る。
背後に誰かがいる――だが気付くのが遅かった。
相手の隠密の能力が高かったのも理由のひとつ。
牛頭人身の巨人にも気を取られすぎていた。
草むらの中に身を隠していた二人に声が掛けられる。
「お前たち、ヤトカイの町の犬ですね」低音の男の声。
この場で二人を犬と呼ぶ相手。
それは敵対者――キサルイ側の人物以外に考えられない。
問答無用で襲われなかったのは、単に運が良かっただけ。
アカネとシオリ――絶体絶命のピンチ。
第二章第8話、お読みいただき有り難うございます。
次回更新は10月15日を予定しています。
※10月13日 サブタイトルに「(1)」追加
※11月4日 後書き欄を修正




