第07話:貴族が攻めてくる
ダンジョン観光ツアーから数日後。
探索組合で、ソラは組合長のタバサと定例の打ち合わせ。
まずはあの日、目を回して気を失った醜態を詫びてくる。
「先日は、お恥ずかしい姿をお見せしてしまいまして、申し訳ございません」
「いやぁ、アタシの方こそ悪かったわね」ソラの結界が壊れたのが原因。
「いえいえ」とタバサは少し照れた顔で答えてから「んっ」と一拍置く。
それから深刻な表情になって「本題ですが……」と話し始める。
「このヤトカイの町……、非常に厳しい状況になりそうです」
「ふーん、どんな話かしら」
「東にキサルイという都市がありまして、そこが動き始めまして……」
「何度か行ったことがあるわ。ちょっと雰囲気が肌に合わなかったけど」
「キサルイの領主は、大貴族のボルマンという方で――、
領地について野心が強く、この町も標的のひとつだったのです」
「今まで大人しくしてたけど、うちのダンジョンができて動き出したって話ね」
「そうなんです。――少し前に、軍事演習を始めると連絡があって、
この時期に実施するのは初めてなので、警戒していたのですが――」
昨日になって、キサルイから使者がやって来た。
その使者が言うには――、
キサルイの領主ボルマン様の言葉を伝える。
ヤトカイの町の近くに、邪悪な魔族が住み着き、被害が出ていると聞いた。
小さな町で対処に困っているのだろう。
近くで演習をしている兵たちがいるから向かわせる。
根こそぎ退治してやるから感謝するように。もちろん金銭負担は必要ない。
こちらの行動に協力してもらえれば、それだけでいい。
「うちの転移魔法石だけが狙いなら、大軍だろうと構わないのだけれど……」
「おそらく難癖をつけて、このヤトカイの町を占領しようとしているのでしょう」
「そうよねぇ。魔族に支配された町を救う、なんて大義名分を掲げて」
「はい、それが真の狙いだと思います」
「で、町に被害ってどこから出た話なの?」
「ザック兄弟って覚えていますか」
「あぁ、何とか兄弟だったら、シェリル様が成敗した探索者ね」
「善良な探索者が歩いていると、いきなり魔族に殴打されて重傷を負ったと」
「重傷なんてあり得ないけど、そう伝わるのは良くある話か」
あの場にはバルドもいたから、正しい状況はタバサも聞いているだろう。
「そうです。その内容でキサルイの領主の耳に入ってしまい……」
「殴ったのは事実だから、余計に厄介よねぇ」
「それをキサルイ側に伝えたのは、この町の商工会の会長のようなんです」
「アタシたちが困るのは仕方ないとしても、町だって困るでしょうに」
「はい、何か裏取引をしているのだと思います」
「町も一枚岩というわけではないのね」
「その会長ですが、念のため伝えておきます、――あのバカ部長の兄です」
「えっ……、そういう話なの」
「もう元部長ですが……、そのバカも今はキサルイにいるようです」
「顔を見なくていいようにしてくれたんだ」
「そうなのですが、裏目に出たのかもしれません」
「仮にそうだとしても、それは仕方ないわよ」
「それで、今の状況ですが……」
キサルイの軍事演習は始まっていた。
場所は、この町との中間にある平原。
その数……三千人。
魔物討伐を根拠にした、ヤトカイの町への兵の進攻について――、
すでに周辺の町に使者を送って、自分達を正当化しているとの情報もある。
「まず、治安維持の名目で、兵を町の中に入れるように要求してくるでしょう」
「その商工会の会長が受け入れの賛成をするのね」
「それで町に入れば、そのまま町を占領」
「町は既に魔族の支配下だったとか、理由は好きに付けられるわね」
「入れなければ、やはり魔族に脅されているとか騙されているとか」
「そして町を囲んで実力で攻めてくると……、追い返せるの?」
「その時は全軍で来るでしょうから――今の戦力では不可能です……」
町の正式な戦力は町の治安警備隊。戦闘訓練も受けてはいるが総勢数百名。
三千人の軍勢に町の防衛すらままならない。
そして千人近くいる魔物ハンターにダンジョン探索者。
戦力として見れば非常に強力だが、彼らは町に所属している訳ではない。
貴族たちの勢力争いには興味がないから、争いには参加しないはず。
傍観するか、一旦町を離れるだろう。
彼らの中で戦いに参加するのは――、
この町で生まれ育ったバルドやグレイのような者と、町に恩のある一部の者。
確かに一人一人はかなりの戦力だが――おそらく二、三十名。
大群相手にどこまで通用するか。
それがタバサの話したヤトカイの町の戦力。
この町は一応周囲を丈夫な木製の壁で覆っている。
しかし、それは魔物に対しての防御壁。
知能の低い魔物用の為、戦術で攻めてくる兵に対しては心許ない。
「木人形を戦いに投入しても十体だけだと勝てないわね」
「はい、その通りです」
「シェリル様もアタシも直接の手助けは出来ないわ」
「そうですよね……。キサルイ側の言い分を証明してしまいますから」
この状況でシェリルが前に出て――、
一人でも傷を負わせたら、大貴族とやらの言い分を補強する結果になるだけ。
同じように、従者人形のソラたちも前面では戦えない。
大貴族の言い分すらも、全てをまとめて完膚なきまで叩き潰すのは簡単。
しかし、そうなればこの町に未来はない。町全体が人間の敵と見なされる。
それでは、町と共に発展など夢のまた夢。
さらに言えば、そもそも敵の狙いはダンジョンでもある。
最終ボス部屋を空にもできない。
――けれども……。
事の発端は、シェリルがザック兄を殴ったのが原因。
キサルイを動かしたのは、巨大転移魔法石への欲望。
責任を感じるつもりはないが、ソラに町を見捨てるつもりも毛頭ない。
自分の主を認めない大貴族などに、この町を渡すつもりはない。
「シェリル様にお願いして、木人形の数を増やせば何とかなるわよ」
「しかし木人形もあまり派手に動けば、やはり魔族の力だと……」
木人形。今のところ十体の木人形が治安維持に働いている。
これはシェリルから友好の証として町に譲渡されたもの。
したがってどのように町が運用しても、それはシェリルには関係がない。
もうすでに町には浸透している。知らぬ間に増えても言い訳はできる。
利点がまだある。
相手へのダメージを最小限に抑える、木人形の対人戦闘能力。重力魔法。
キサルイ側が強硬手段で襲ってきた時に、兵をほとんど無傷で追い返せるはず。
戦いの前面に出して、その点を強調すれば……。
そうなれば、木人形の正当性を強く主張できる。
さらにはキサルイ側の大義にも筋が通らなくなる。
理にかなったソラの説明に、タバサもようやく納得して緊張を緩める。
「それであと何日くらいで、町に来るのかしら」
「おそらくですが、あと二日で先発隊が到着。その時に最初の交渉。
本隊がその二日後に。翌日に最終交渉で――それが決裂すれば……開戦」
「そうすると開戦は五日後、猶予は四日」
「どうでしょうか」
「シェリル様に頼まないといけないから、約束はできないけど――、
追加で四十、計五十体ってところ。一体が兵士二十人分の働きと考えて千人分」
「計算通りにいけば、なんとかなるかと思います」
「まぁ、危なくなったら、アタシが陰から助けるのも有りかもね」
「そうならないように頑張ります」
話も終わりに近づき、ソラはあの話を思い出していた。
先日のダンジョン観光ツアーで、クロから知らされた事実。
今聞いたばかりの、ヤトカイの町を狙う大貴族の話。
ふたつの事柄は、とても無関係とは思えない。
――タバサに知らせておこう。
「ひとつ伝えておくわ。この町の領主の話なんだけど――」
第二章第七話、お読みいただき有り難うございます。
物語は大変な事態ですが、重苦しい話には全くなりません。ご安心を。
次回更新は10月13日を予定しています。
※11月4日 後書き欄を修正




