第05話:シェリルのダンジョン観光ツアー(1)
シェリルのダンジョン入口前。
集まっているのは、ヤトカイの町から来た人間たち――総勢十四名。
全員が胸に付けているのは簡易版通行証。シェリルの缶バッジ。
「探索者ノ邪魔ヲシテハ、イケマセン」
木人形が注意事項を全員に伝える。
「ココハ魔物ノイル『ダンジョン』デス。危険ナ場所ナノデス」
「そうっすよね」とアカネが相槌を打つ。
「今日ハ、特別ニ御主人様ノ許可ヲ受ケテ、安全ナ見学ヲ許サレタノデス」
「シェリル様には礼を言っておいてくれ」とタバサ組合長。
「ソレヲ、決シテ忘レナイヨウニ、シテクダサイ」
「はーい」とマリエが元気に返事をする。
「デハ、ススミマショウ」
観光ツアーの旗を掲げる木人形。
今日はシェリルのダンジョン観光ツアー開催初日。
主催は探索組合。お客様は組合関係者と招待客だけ。
町の領主にその従者二名。ダンジョン探索組合の組合長のタバサと職員三名。
アカネ、シオリ、バルド、グレイ、マリエとその両親。
その様子を、少し離れた場所で静かに眺めているソラ。
問題がないか確認するため、最初だけ顔を出していた。
その姿を見つけて、各々の方法で挨拶をしてくる知り合いたち。
軽く目礼を返していると、客の中に車イスに乗った少年を発見する。
――へぇ、あの子供がこの町の領主なんだ。名前はライルだったかしらね。
屈託のない笑顔を見せているのは、まだ十代前半に見える少年。
背後に二人の従者を連れている。ならば今日の客では領主しかいない。
ヤトカイの町の領主の名前――ライル――は以前から知っていた。
領主ライルの意外な姿に内心で驚く。
――領主の顔は覚えておいても損はないわね。
そんな風に計算高く考えながら――、
マリエが「行ってきまーす」と手を振るのに、軽く手を振り返して答える。
それからツアー客がダンジョンの始まりの通路を進むのを見送る。
木人形のガイドに連れられて――、
シェリルのダンジョン観光ツアーの始まりである。
◇ ◆ ◇
事の発端は、いつものソラとタバサの打ち合わせ。
町の警備に木人形の採用が決定したと報告を受けた時。
「ソラさん、ご相談が……」
「なに?」
「ダンジョンの中の回復の泉……、温泉についてなのですが」
「新しいアイデアでも?」
「探索組合の者で話をして……、ダンジョン観光ツアーという企画が出まして」
シェリルのダンジョン観光ツアー。
回復の温泉を男女別に改築して、休憩所を併設。
通行手形を持った客がダンジョン内を見学、回復の温泉で休憩するツアー。
回復の温泉の効果的な活用方法を考えると、これが一番という結論に。
大きな理由は二つ――、
娯楽施設として提供して、町の人間に楽しんで貰う。
観光客が集まって町の活性化になる。
そして、もうひとつの理由が――、
ダンジョンと探索者の評判をよくする。
いま町では、増えた探索者のせいでダンジョンを疎ましく思う者も現れている。
今後は、木人形の採用で多少の改善が期待できるが、もう少し手段が欲しい。
そこで、このツアー企画。
町の人間に、そして観光客にシェリルのダンジョンへの理解を深めてもらう。
さらに探索者の活躍の場を見せて、相互理解への道筋を作る。
探索者の評価が高まり、その影響で彼らの素行が改善されればなお有り難い。
「あとはシェリル様たちが何処まで許可してくれるか、なのですが」
追加のアイデアを話し始めるタバサ。
例えば、探索者と魔物の戦いをショーにするとか。
例えば、ツアー客と魔物のふれあい広場にするとか。
回復の温泉に宿泊所を設けて、療養もできるようにするとか。
お土産の販売をするとか。
「ど、どうでしょうか」ソラの反応を見ながら、タバサが遠慮がちに提案する。
ソラは考える。
あくまでも、あそこはダンジョン。
探索者が己の実力で魔物を退治して、魔石や宝を得る場所。
しかしその目的は――、
――御主人様が最終ボスとして、ダンジョン探索者の挑戦を受けること。
各部屋の魔物を倒し、主への挑戦権を得た実力者を相手にする。
これは絶対に譲れない点。あのダンジョンの存在意義。
この条件が疎かになるのであれば全て却下。
それが守られるのであれば――、
――御主人様はあまり気にしないよねぇ。
もし譲れない点を逸脱するようなら、いくらでも修正はできるだろう。
とりあえずはやらせてもいいんじゃないか。ダメなら止めればいい。
回復の泉の改装なんて、基本を町にやらせれば大した手間じゃないし。
町と共に発展する。この提案は町との一体感を持つのにうってつけだ。
さらにダンジョンの宣伝になって、訪れる探索者の数も増加するだろう。
そうなれば、勇者並みの実力者が来るのも期待できる。
ここまで考えた上で、ソラは提案を受け入れようと決める。
――御主人様を説得するにはマリエの話をすれば……。
マリエが遊びに来るって話をすれば、すぐにいいよって言うだろう。
――あとは、シロとクロね。
「話はわかったわ。シェリル様と同僚に提案してみる」
「そうですか。少し調子に乗った話もあって、気が引けるところもあるのですが」
「うん、結構、大丈夫なんじゃないかな。まぁ、少し時間をちょうだい」
「わかりました。ダメな部分は言っていただければ改善か、取り下げしますので」
そう言って、タバサが安堵の吐息をつく。
ソラは念のため、ダンジョンの意義を忘れないようにと釘をさす。
「もちろん、ダンジョンの最優先事項が守られるのが前提だけどね」
「シェリル様への挑戦者を絶やさないことですね」
「そう、それがわかっているのなら、今回の件は前向きに検討するわ」
「よろしくお願いします」
◇ ◆ ◇
ダンジョンの管理室に戻ったソラ。
早速、タバサからのダンジョン観光ツアーの話を主に伝える。
「ふーん」とあまり興味なさそうに答えるシェリル。
――御主人様の悪い癖は「説明」を聞くのが嫌いなところ。
いつものように、あまり考えなく許可を出すようにも見えた。
しかし、そこにソラはダメ押しの一言を告げる。
「マリエが遊びに来たりできるようにも「いいよ」なりますし……」
ソラが言葉を言い終える前に、返事が帰って来た。
シェリルはさっきまでの態度から一転して、身体が前のめりになっている。
その顔には満面の笑み。
――アタシの説明を聞いていない訳じゃないんだよねぇ。
シェリルの予想通りにの返答にも、今ひとつ納得のいかないソラだった。
シロの反応。
「別にいいですわ。ワタシは人間が嫌いじゃないですから」
「えっ、そうだったの!」
「そうですわ。……ワタシのこと、どう思ってたのですか」
「人間に全く興味がないのだと。人間なんて虫けら以下と考えていたのかと」
「ワタシはマスターが一番なのです。それ以外は後回しにしているだけですわ」
「それはアタシも同じよね」
「……まぁ、いいです」
「じゃあ……」
「その件、マスターが良いとおっしゃったのなら、ワタシも賛成ですわ」
「うん、ありがと」
クロの反応。
「いいよ」
「ダンジョンが騒がしくなるかもよ」
「ボク、騒がしいのは嫌いじゃないよ」
「でも人間の町に行くのは嫌なのよね」
「わざわざ行くのはね。人間がこのダンジョンにたくさん来るのは楽しいよね」
「そうなの?」
「この監視モニターで眺めているだけで楽しいよ」
「そっか」
「うん、だからその話に反対しない」
「うん、わかったわ」
最終的に宿泊施設まで視野に入れて、回復の泉部屋を少し拡張する。
作業はいつもと同じ担当で。
シェリルが掘って、クロが出た土の圧縮と壁の均し。
そしてソラが土を外に転移。シロが応援。
その後の工事は人間に任せた。
やはり外装、内装、設備は、その道のプロにやらせた方が良い。
今後の為に木人形を二体作成。胸の番号を緑色にして町の警備担当と区別。
取りあえず、その二体に作業補助をやらせる。ソラも資材搬入に助力した。
数日で、男女別の温泉設備と、休憩所と、土産物屋が完成。
もちろん、ソラの空間転移と木人形の重力魔法の活躍があってこその工期短縮。
出来上がった施設の管理や店番は二体の木人形が受け持つ。
あとは拡張した場所に宿泊施設を作るだけ。
これはまだ日数がかかるが、今の状態でも観光ツアーは始められる。
そして、今日ダンジョン観光ツアー初日を迎えたのだった。
第二章第五話、お読みいただき有り難うございます。
次回更新は10月8日を予定しています。
※11月4日 後書き欄を修正




