第01話:甘味処でトラブル(1)
シェリルのダンジョンのお宝「巨大転移魔法石」の噂は各地に伝わり――、
ヤトカイの町には、腕自慢のダンジョン探索者が早くも何百人と訪れていた。
その中からは、すでに数名ほどシェリルに挑戦できる実力者も現れている。
そこで採用されたのが入れ替え制での入場制限。
午前をシェリル目当ての実力者。
午後はダンジョン探索の練習と中ボスのお宝目当ての探索者。
ちなみに、入りきれない探索者は魔物の森で魔物狩り。
そのため午後は基本的に暇なシェリル。毎日ある店に入り浸っていた。
そこは――ヤトカイの町、甘味処第一位。
第二位の発表で終わってしまっていた先日の甘味処食べ歩きツアー。
その後に改めてアカネに教えてもらった店。
「シェリルちゃん、いらっしゃい!」店員の少女から元気な挨拶。
「マリエちゃん、こんにちは!」屈託なく返事をするシェリル。
――人間に「ちゃん」付けで呼ばれている現状を疑問に思ってください……。
その店の一人娘、マリエ。十二歳。黒髪のおかっぱ頭の女の子。
この店は普通の料理店なのだが、甘味が町一番と評判である。
昼と夜の食事時以外の時間帯では、ほとんどの客が女性になる。
その時間だけマリエは給仕として働いていた。
毎日来店するので、すっかり顔を覚えられたシェリル。
マリエに年齢を聞かれ「十四歳です!」と正直に答えてしまった。
それも両手の指を広げてから、続けて右手四本の指を出すジェスチャー付きで。
そのせいで、この店ではただの十四歳の子供扱い。
ダンジョン最終ボスとしての威厳がまったく無い。
――魔族なんだから一万十四歳とか言えばよかったのに。
そんなソラの憂鬱を他所に、今日もいつもの甘味を注文するシェリル。
「あんみつふたつ、あとお土産にもふたつ」
「はーい、ソラちゃんもいらっしゃい。椅子出すね」
「はいはい」
幼児用の椅子を出してもらい、座布団を敷いて座るソラ。
その見た目ではソラも威厳があるとはとても言えない。
「シェリル様にソラさん、こんにちはっす」
「シェリル様、ソラさん、こんにちは」
ふたつ先の席に座っているアカネとシオリが挨拶をしてくる。
シェリルのダンジョン最初の来訪者。
二人ともシェリルとソラの威厳を知りすぎるほどに知っている。
この店のこの時間帯、知り合いの女性に会う確率は非常に高い。
「アカネ、シオリ、こんにちわ!」
元気にシェリルが挨拶を返す。
世話になっている二人に自分も挨拶を、とソラが口を開けようとした時――、
「おい、この店は客にこんなモンを喰わせるノカ!」
ほぼ女性で埋まっている店内に、一ヶ所だけ二人組の男性客。
突然、その内のひとりが大きな声を張り上げて店内の注目を浴びる。
マリエが慌てて客に駆け寄り、声を掛ける。
「すみません、どうしましたか……?」
「どうしましたジャねぇ! 飯の中にこんな虫が入っていたジャねえか!」
「えぇ、そんなはずは……」
この状況で、これだけの対応ができる――十二歳の少女としては上出来だ。
しかし、男性客は子供だからと言って許すつもりはないらしい。
「どうしてくれるんダよ! オイ!」
「マリエちゃんをいじめるな」
シェリルの行動は早かった。厨房にいるマリエの両親よりも。ソラよりも。
一瞬でマリエの前に立ち、プンプンと怒った顔で男性客をにらむ。
「なんダ、お前ハ!」
「マリエちゃんをいじめるな」同じセリフを繰り返すシェリル。
その態度が男の気に障ったらしい。シェリルに対して右手を振り上げる。
この時ソラは迷った。
基本的に許された時以外は、主の戦いに手を出してはいけない。
こと戦いに関してだけは真剣なシェリル。それ故にこれは大原則。
今もその原則に従うべきかを。
その迷いの間に振り下ろされる男の右手。
それをいとも簡単に受け止めるシェリルの左手。
ソラはもう迷っていられなかった。瞬時に男を真横に一歩分だけ転移させる。
誰もいなくなった場所にシェリルの右拳が空を切る。
もちろん極限まで手加減していたのだろう。
そうでなければソラの転移が間に合わなかった。
「ソラッ!」少しきつめのシェリルの声。
――御主人様に怒られてしまった……。
ふざけたやり取りで怒られることはあっても、今のような叱責は初めて。
シェリルの声に本気の怒りを感じて、かなりへこむソラ。
しかし、そうしなければ、この店が半壊するところだったのだ。
男は近頃増えた探索者なのだろう。鍛えた身体を持っていた。
シェリルの極限手加減パンチなら、命を落とす危険はなかったのかもしれない。
いや、シェリルのことだから確実に大丈夫だったはずだ。
だが、店内の設備や壁は、男の肉体が吹き飛ぶ衝撃を受け止めきれない。
進路上にある机やら椅子を跳ね飛ばし、壁に大きな穴が開いてしまったはず。
この店を大切に思うのはシェリルもソラも同じ。
だからソラのとった行動は間違っていない。
それでもシェリルの戦いに手を出してしまった、と自分を責める。
主に怒られてしゅんとする。
「アカネ、シェリル様とソラさんの方を頼むわね」
「じゃあ、シオリさんには男共の方を頼むっす」
「わかったわ」
シオリとアカネ。
シェリルがしようとしたこと。ソラがしたこと。そして今の二人の様子。
しっかりと事態を把握。すべき対応をすぐに分担して動き出す。
見事な連携。さすが気の合った魔物ハンターの上級チーム。
まずはシオリが席を立つ。騒いでいた二人の男の対応をするために。
シェリルに手を上げた男は、きょろきょろと周りを見回している。
瞬時に短距離移動させられた自分の身体。その現象に違和感を抱くのが精一杯。
もう一人の男は何も気づいていないようで、その様子を黙って見ている。
そこにシオリが強い口調で命じた。
「あなたがた、表に出なさい!」
「なにィ!」ひとりは激昂し声を荒げ、もう一人はシオリをにらみつける。
「もし仮に食べ物に本当に虫が入っていたとしても――」
二人の男に臆することなくシオリは言葉を続け、
「先に手を出したあなた達はもうこの店の被害者ではなくて、ただのならず者」
シェリルに先に手を出したのは男の方。
「この場でこれ以上の騒ぎは許しません!」
「ぐッ……」
シオリの屹然とした態度に怯む男たち。
さらに周囲にいる女性達ににらまれて、男二人は言葉を失う。
やがて女性たちの圧力に押され、軽く舌打ちをして「チッ」仕方なく表に出る。
アカネの方は――、
少し怒った目をしているシェリルに話しかける。
「シェリル様、シェリル様」
「なに?」シュンとしているソラから視線を外し、アカネに答えるシェリル。
「あの拳が当たっていたら、あの男吹き飛んでましたよね」
「うん」アカネの説明する状況を思い浮かべ、表情から険しさが消える。
「そうすると、この店が壊れてしまいます。甘い物が食べられなくなります」
「うん?」何かに気づいて、考えるように上方に視線をやる。
「ソラさんはそれを止めたんすよ」
「そっか! ――ソラ偉い、ありがとう」
シェリルは自分の誤解に気がついて、すぐにソラを褒める。
主に怒られて、この世の終わりのような顔をしていたソラ。
アカネの助言で許されて褒められて心底安堵する。
そして涙目でアカネに感謝する。
「アカネぇ、ありがとぉ、ちょっと抜けた娘なんて考えててごめんなさい」
「そんな風に考えてたんすか……」
照れ隠しにふざけた物言いをしたけれど、ソラの感謝の度合いは果てしない。
かつての生活では主の決めた原則に逆らう必要などなかった。
それ故に、初めてシェリルの本気の怒りを受けて動けなくなっていたのだ。
「それよりも、外でシオリさんが男たちの相手をしてるんで助けないと」
アカネの言葉にソラはようやく冷静さを取り戻す。
それから気持ちを切り替えて、シェリルに提案する。
「御主人様、まずは後始末をしましょう。外でなら多少無茶しても大丈夫です」
「うん、――マリエちゃん、ちょっと待っててね」
「シェリルお姉ちゃん……」
怖い大人に怒鳴られているときに、自分の前に出て庇ってくれたシェリル。
年だって二歳しか違わないし、行動が子供っぽいから友達みたいに思ってた。
でも今の姿は頼もしい。
彼女の中で「シェリルちゃん」から「シェリルお姉ちゃん」に格上げしている。
それでも相手は大人の男性――心配そうな顔でシェリルを見送るマリエ。
「大丈夫っすよ、マリエちゃん、シェリル様は物凄く強いっすから」
そんなマリエを励ますアカネ。彼女は知っている。
シェリルの強さは「物凄く強い」なんて簡単な言葉じゃ全然足らないことを。
一方、店の外では――、
二人の男と対峙していたシオリに思わぬ援軍が現れていた。
第二章開始です。お読みいただき有り難うございます。
次回更新は9月29日を予定しています。
※11月4日 後書き欄を修正




