第23話:チート能力者がやってきた(5)
「あれは神聖系と水系の合成魔法【ホーリーシャワー】ですわ」
神聖魔法が得意なシロ。発動した魔法を見抜いて解説をする。
術者の頭上に浮いている巨大な水球。
そこから激しい勢いで浄化の雨が降り注ぎ始める。
「なんか凄そうな名前の魔法ね」ソラが的外れな感想を言う。
「広範囲の浄化魔法で、魔族には絶大な効果がありますわね」
「それじゃ、御主人も危ない?」とクロが尋ねる。
「マスターが神聖系を苦手なら、ワタシは生まれてませんわ」
「「だよねー」」ソラとクロが声を合わせる。
もう主の負けはあり得ない――それは覆ることのない事実。
いつも通りの安心感から、気を緩めて会話をする人形たち。
シェリルはというと……。身体を低くして高速で左右の拳を繰り出している。
「あれって雨粒を全部パンチで受けているのかしら」見た目で推測したソラ。
「拳圧で聖なる雫を弾き飛ばしているようですわ」浄化の雨の動きが分かるシロ。
「なぜそこまで……」主の行動原理がわからないクロ。
「魔法が終わったみたいね」
「マスターがまた勝ち誇った顔をしてますわ」
「なんで御主人は肉体で物理的に対応しようとするのかな」
「そうよね、魔法で対抗とか、せめて身体からの闘気でばーっと弾くとか――」
クロの言葉を受けて、ソラが率直な感想を述べる。
「それが無数の拳の攻撃で弾くなんて、そっっちの方が難しいだろって感じ」
さらに言葉を続けるソラ。
「でも、あえて言うと、あの魔法って御主人様には全く効果がないんじゃない?」
「そうですわね」ソラの率直過ぎる質問と、シロの身も蓋もない答え。
そんな人形たちの会話が聞こえなかったのは、エレンにとって幸いだったはず。
彼女は魔力を使い果たし、意識を手放して静かに地面に倒れ伏す。
「あっ、術者が力尽きたみたい。まぁ、あれだけの大魔法を使えばねぇ」
「こっちの人間が最後の奥義っぽいのを使うみたいだよ」クロが指摘する。
仲間のエレンが倒れたのを見て、最後の手段に出たカナン。
目に見える闘気を身体から噴き出して「ぐおおぉぉおおぉ!」奮い立つ。
「あれは何?」人形たちに説明を求めるシェリルの声が届く。
「命が削れていくのが見えますわ」
「自分の命に呪いをかけて、極限まで身体を強化する肉体魔法だよ」
「力尽きると命を失いますわね」「そうだね」
主の問いに答えたのはシロとクロ。命と呪いの専門家。
カナンは自分の命と引き換えに仲間を救おうとしていた。
そしてシェリルは彼女の覚悟を受け取った。
「そう」と言ってシェリルが動く。
「じゃあ、今日はこれで終わり」
命を懸けた呪いで全能力が極限まで強化されたはずのカナン。
しかし、それでも追いきれないシェリルの動き。
真正面に立たれたのにすら反応できない。
そしてシェリルがカナンの額を人差指で軽く突く。
白目をむいてカナンがその場に崩れ落ちる。
「終わりですって」とシェリルの言葉を復唱するソラ。
「わかりましたわ」「うん」と答えるシロとクロ。
戦いは終わった。
シェリルのダンジョンで初めての最終ボス戦。
かつてのダンジョンから数えて、数ヶ月ぶりになるシェリルの戦い。
相手の強さは関係ない。戦いは楽しかった。見せられた覚悟が嬉しかった。
シェリルは満足していた。
人形たちは主の様子を微笑ましく見ながら後始末に取り掛かる。
意識のない三人の探索者を一ヶ所に運んで地面に並べて――、
「解呪しますわ」シロはカナンが自身にかけた呪いを解く。
「全員を町の入口に送ってきますね」ソラは自分の役目を告げる。
「身ぐるみは剥がなくていいの?」そこにクロが敗者への制裁を問う。
「この部屋での敗北者にはそれはしないよ」シェリルがこの場のルールを決める。
「全員の治癒はしますか」「うん、やっといて」
そうしてシロの治癒魔法も終わり、穏やかな顔で眠る三人の探索者達。
「さて、起きる前に連れていきますよ」
「いってら」とクロ。
「通行手形を渡しておいてくださいな」とシロがミニシェリル人形を三個。
「ソラ、また来てねって言っておいてね」とシェリルが探索者へのいつもの言葉。
「はいはい」探索者への用事を託されたソラ。
ダンジョンの主と二体の人形に見送られて――、
最終ボス戦の敗者となった者たちがソラと共にその場から消える。
◇ ◆ ◇
ヤトカイの町の門から少し外れた場所。
「目が覚めたようね」
「お前は!」ケントが最初に目を覚ました。
「あなた達は負けたんだから、大人しくしなさい」
「俺は……負けたんだな、――あぁ、そうだな。生きているだけでも感謝だな」
ソラの言葉にあっさりと納得するケント。
彼もダンジョン探索者。
いま自分が生きているのが、どれほどの幸運なのかを理解していた。
軽く頭を振って、意識をしっかりと覚醒させる。
そして隣りで横たわるカナンとエレンの息があるのを確認する。
ケントは自分がエレンに眠らされた後、どのような展開があったかを知らない。
しかし、あの最終ボスを相手にカナンとエレンが抗えるはずもない。
自分も彼女達も生かされたと考えるのが妥当だろう。
「ありがとう、彼女たちを助けてくれて」
「ダンジョンの主の意向だからね」
ケントは静かな表情で何かを考え始める。
「……お前、言っていたな、チート能力は呪いだって」
「えぇ、呪いの専門家が言ってたんだから間違いないわ」
「お前……お前も転生してその姿か? それとも召喚されてか?」
「それに答える気はないわね」
ソラの否定の言葉に何を思ったのか、ケントがゆっくりと語り出す。
その表情は憑き物が落ちたように穏やかだった。
「……俺は、前の世界では気が弱くて大人しい性格だった」
転生者の彼には前の世界と呼ぶ場所がある。
「この世界でチート能力者だと自惚れていた俺は、どう考えても昔の俺とは違う」
そう言って彼は少しだけ笑う。
「今こうして能力を失って、そう感じている俺がいる」
ソラはおとなしく聞いている。
「だからお前たちに、呪われていたと言われれば、……そんな気もする」
ケントが最終ボスを目の前にした時。
恐怖に震えながらも、心の奥底から湧き出してきた黒い欲望を思い出す。
「ただ、俺がこの世界でしてきた事に対して――」
ソラに視線を合わせて屹然とした態度で、
「身に覚えのない呪いを言い訳にするのも気に入らない」
――なんだ、結構いい顔するのね。
ソラはケントのチート能力を消したことに罪悪感など全く抱いていない。
それがダンジョンの掟。ケントもそれを知っている。
そして彼ならチート能力がなくても生きていける、ソラはそう思えたのだった。
「そう……それなら、これからあなたらしく生きていけばいいんじゃない」
「あぁ、そうだな」
「呪いなら、呪いをかけた奴に何かの意図があるはず――」
ソラが小さな笑顔を見せる。
「あなたはもうそこから抜け出したのだから、今度こそ自由にね」
「普通の能力しかないけどな」
「この世界の人間の大部分と同じになっただけのことよ」
「あぁ、その通りだ。それに蓄えなら十分過ぎる程あるからな」
「それならいいじゃない」
その時には、もうすでにカナンもエレンも意識を取り戻していた。
「それはだめ。また冒険をするんだよ」と体を起こしてカナンが口をはさむ。
「お前、聞いていただろ。俺にはもう能力がないんだって」
「大丈夫。レベル上げを一緒にやれば、すぐにCランクぐらいにはなるから」
「そうですね。私たちもそうしてケントに強くしてもらったのですし」
エレンも起きて、ケントを説得しているカナンに加勢する。
「それに今の俺は、以前の気の弱い性格に戻っているんだ」
「そんなの関係ないよ。それが本当のケントなら、それはそれで受け入れるから」
「これからも一緒にやっていきましょう」
「ケントがあたしを助けてくれたことだけは変わらないんだから」
「その通りです」
「……そうか」照れた顔を隠す様にうつむくケント。
「とりあえずこれを渡しておくわ」
ソラが通行手形のミニシェリル人形を渡す。
「組合から聞いていたかしら」
「あぁ、最終ボスは倒してしまうから必要ない、なんて考えていたな」
「それから、アタシの御主人様から――『また来てね』だって」
「あの魔族からか……。一旦故郷に帰って鍛え直してからだな」
「あっ、やる気になったね」
「じゃあ、ケントの故郷に行きましょう」
三人はゆっくりと立ち上がる。
彼らから少し離れるように移動するソラ。そして最後にケントに告げる。
「そう、あなたの行く場所、それがあなたの故郷よね」
「そうだ、俺の故郷はそこだけだからな」
「アタシの生きる場所が御主人様の側であるように」
「そのとおりだ」
「じゃあ、いつかまたこのダンジョンに来なさいね」
「わかった」
「それじゃあね」
そしてソラは自分の生きる場所――シェリルのダンジョンに戻った。
◇ ◆ ◇
ダンジョンの管理室では瞳に星を宿したシェリル。
口元には白いクリームが……。
「マスターが変な目になって、お土産のくれーぷとやらを独り占めしましたわ」
「ボクの分が取られた」
――この光景はどっかで見たことがある!
どうやら管理室に戻ったら、シロとクロへのお土産が目に入ったらしい。
はっと我に返るシェリル。しかし、クレープはすでに彼女のお腹の中。
「ごめんなさい、シロ、クロ」シェリルが少し落ち込んだ様子で謝る。
「いいんですよ。もう大丈夫ですか」主の殊勝な態度にすぐに許してしまうソラ。
「うん!」元気に返事をするシェリル。
「なんでソラが許すのですか」
「ボクの分は?」
「ソラ、また買ってきて」
「はいはい」
ここはシェリルのダンジョン。
ダンジョンの主にして最終ボス――シェリル。
そして従者人形――シロ、クロ、ソラ。
みんなの力で作り上げた思いの詰まったダンジョン。
これからも続いていく、こんな調子でずっと。
いつか神話になる、その日まで――。
第二十三話――これで第一章完結です。
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました。
次回更新――第二章開始――には一週間程お時間をいただきます。
シェリルのダンジョンに早くも存亡の危機が迫る!
今のところ9月25日予定です。
※11月4日 後書き欄を修正




