第21話:シェリルたちの日常(2)
「御主人様! お金、お金が必要だってあれほど言ったじゃないですか!」
シェリルは抱えた食べ物に夢中で「もぐもぐ」ソラの声も届かない。
――み、見えなかった。
ソラは決して気を緩めていた訳ではない。
しかし気付いた時にはシェリルの姿は残像になっていた。
ようやく見つけた時には――、
両手一杯の食べ物を、周辺の店から勝手に取ってきていた。
おそらく得意の鋼糸を見えない速度で使って……。
「お金払ってくるっす」「私も行くわ」
ソラの言葉とシェリルが抱えた食べ物を見て、事情を察したアカネとシオリ。
被害を受けた店にアタリをつけて、大体の金額に色を付けて支払っていく。
ソラは二人の冷静な対応に心から感謝する。
――おかしい。御主人様はもう少しまともだったはず。
ソラは記憶をたどる。
魔物ハンター組合の応接室で、組合長と話し合った時。
出されたお茶菓子に夢中だったけど、ソラの分も無断で食べたけど。
いきなり抱え込んだりはしなかった。
何故だろうと首をかしげながら、主の表情を良く見ると――、
シェリルの瞳の中で星がキラキラと輝いている。
――嬉しすぎて歯止めがきかないのか!
人間の暮らす町の中を初めて歩いたシェリル。
珍しい食べ物がこんなにも並んでいる状況に我を忘れてしまったようだ。
輝く笑顔で「もぐもぐ」戦利品を頬張っている。
やがて少し落ち着いたのか、……眉をハの字にして見ているソラに気づく。
目をパチクリ、左右をキョロキョロ。
もう一度ソラを見て――、
その姿にようやく自分が間違ってしまったのだと思い至る。
少し落ち込んだ様子で素直に謝るシェリル。
「ごめんなさい、ソラ」
「いいんですよ。もう大丈夫ですか」
「うん!」
――最初だから仕方ないよね。
シェリルの殊勝な態度を見てソラはもうすっかり許していた。
続いてソラは迷惑をかけたアカネとシオリに謝罪する。
「手間を掛けさせたわね、ごめんなさい」
「いやぁ、これぐらいなら良いっすよ」
「えぇ、問題ありません」
おいしそうな食べ物に思わず手が出る――、
そんな子供の様な行動に、シオリはむしろ安心感を抱いていた。
シェリルを見る目に怯えが無くなり、少し打ち解けた態度に変わっている。
残像を作る程の高速移動と見えない鋼糸――、
それが子供の様な行動と言えるのか、という疑問は残るが。
◇ ◆ ◇
「それでは改めてこの町のベスト3の発表っす。第三位はこの店!」
「ここはドーナツという食べ物がおいしいお店です」
さっきの出来事から、少し歩いたところにある小さなドーナツ店。
店頭販売していて、店内に座って食べられる簡素なテーブルと椅子がある造り。
シェリルも今度は普通にドーナツが出てくるのを待っている。
人形の姿のソラも、好奇心を持たれた程度で驚かれはしなかった。
注文したドーナツと飲み物を受け取り、店内のテーブルに座る一行。
食べながらソラはアカネたちに話を振る。
「あの時一緒にいた二人の男はどうしているの」
「あれ、ソラさん会ってないんすか。ダンジョン探索組合で」
「暫定で組合ができた話は聞いたけど、その後は顔を出していないのよ」
「あの二人、この町の生まれで、組合長の知り合いなんすよ」
「へぇー、そうなの」
「それで出来たばかりの探索組合が忙しいから、手伝えって捕まって……」
「魔物ハンターなのに?」
「そうっす。事務仕事やらされてました。シオリさんの方が詳しいっすけどね」
とシオリの方に話を振るアカネ。
「……グレイは細かい仕事が得意なので、規約みたいなのを作らされています」
「グレイって男が魔力が見える方?」
「そうです。もう一人がバルドさん。一日だけで逃げ出したって言ってました」
「そうなんすか……」あきれ顔のアカネ。
「そういえばシオリとそのグレイ、調査探索の時やけに仲良かったわね」
「……」シオリが無言で答える。
「前から知り合いだったの? ――アカネは暫定パーティだって言ってたけど」
シオリがスッと目を逸らす。代わりに答えるアカネ。
「シェリル様が初めて組合に来たとき、あの時からっすよ」
「あぁ、あの時は悪かったわね。今はシェリル様に結界を張ってるから大丈夫よ」
「いえいえ、二人が仲良くなったのは――」
アカネは一瞬シェリルを見てからシオリの方を向く。
シオリは視線を合わせない。
「あの時のシェリル様のお陰っすよね、シオリさん」朗らかに笑うアカネ。
「えぇ……まあね……」歯切れ悪く答えるシオリ。
「あの騒ぎがきっかけで知り合って、調査探索でくっついたんすよ」
――あぁ、そういう話ね。
「シェリル様にお礼を言わないとって――シオリさん、言ってたじゃないすか」
「あぁ、そうね……うん」
真顔になったアカネの様子に態度を改めるシオリ。
座ったままシェリルに向き直り、真面目な顔で礼を言う。
「シェリル様、ありがとうございました」
「ん?」首を傾げるシェリル。
「御主人様、シオリが御主人様のお陰で良い事があったそうです」
「そう、良かったね!」
「はい、ありがとうございます」もう一度礼を言うシオリ。
「……うん」
人間からお礼を言われるのに慣れていないシェリル。
心なしか頬を赤らめる。
――うわぁ、御主人様が照れてる……。
主の珍しい表情が見られたのはシオリのお陰。
ソラは彼女に感謝した。
そして何事もなく――普通は何事もない――食事を終える。
「お土産ちょうだい。シロとクロの分」
店を出るときに、シェリルは留守番の二体の為にお土産を買い求める。
シェリルからお土産を受け取ったソラ。
「今から二人に持っていきます」
「そうして」
「ダンジョンで留守番している同僚に持っていくから少しだけ待ってて」
「いいっすよ」「えぇ」
一瞬で行き来できる空間転移はこんな時も便利だ。
管理室で監視モニターを見ていたシロとクロにドーナツを渡す。
「お土産よ。いま買ったばかりだから」
「ありがと」
「ありがとう、ソラは気が利きますわね」
「ん? あぁ、これは御主人様が自分から言い出したのよ」
「まぁ! そうなんですか……マスターもだんだんしっかりしてきましたわね」
「……うん、そうだね」
食べ物に我を忘れた主の姿を思い出し、微妙な顔をするソラ。
「で、こっちは何かない?」
「問題ないですわ」「大丈夫」
「そう、じゃ、まだ続いているから戻るわね」
「はい、ごゆっくり」
「お土産はその都度持ってくるから」
「はーい」
ソラは管理室から再び転移して、シェリルたちの待つ場所に戻る。
◇ ◆ ◇
「それでは第二位の発表! それはこの店っす!」
「ここはクレープという食べ物がおいしいお店です」
先程のドーナツ店と規模と構成はほぼ同じ。
持ち帰りもでき、簡素なテーブル席があって店内でも食事ができる。
すっかり打ち解けたシオリがシェリルに話しかける。
「シェリル様、ひとつお聞きしていいですか」
「ん、なに?」
「あのダンジョンってシェリル様がお作りになったって本当ですか」
「うん、そうだよ。ソラとシロとクロ、みんなで穴掘りから」
「いつから作り始めたんすか、知らない間にできてましたけど」
「分からないようにソラが結界を張ってたからね。それで七日で作った」
絶句する「穴掘りから……」「たったの七日で……」シオリとアカネ。
二人とも調査探索でダンジョンの中を歩き回ったから良く知っている。
七日でなんて部屋のひとつも掘れるはずがない。
「あっ、もしかして、あの第三形態のスコップって……」
シオリはシェリルの変化をしっかりと覚えていた。
第三形態――剣先スコップ十本装備。
物覚えと勘の良いシオリが正解に辿り着く。
「そう、あのスコップでダンジョンを掘ったの」
自分が考えた変化を覚えてもらって喜んでいるシェリル。
一方で、シオリは「あぁ、やっぱり……」と納得して頷いたが――、
再び考え直して「それでも、あのスコップでどうやって……」と呟いている。
対象的に、単純なアカネは「凄いっすねぇ」と素直に賞賛する。
シェリルも純粋な笑顔で「ありがとう!」と答える。
そして何事もなく――普通は(略)――二軒目の食事を終える。
しかし、すでに事件は始まっていた。
その店でも同じように留守番の二体の為にクレープを買ったシェリル。
お土産を渡されたソラは、再び転移してダンジョン管理室に持っていく。
そこでは――、
シロとクロが真剣な顔をして監視モニターを見ていた。
「あっ、ソラ。丁度良い所に。いま連絡しようと思っていたところでしたわ」
「どうしたの」
「ソラが以前話していたチート能力者が来ましたわ」
「もう、大ボス部屋に向かってる」
そう、『チート能力者がやってきた』のである。
第二十一話お読みいただき、ありがとうございました。
次回は「チート能力者がやってきた(4)」になります。
※11月4日 後書き欄を修正




