第14話:魔物ハンター組合へ行こう(3)
その後、あまり時間もかけずに組合長は応接室に戻ってきた。
一緒に受付嬢が持ってきたのが、お茶のお代わりとお茶菓子のおまんじゅう。
シェリルはそれにすっかり目と心を奪われている。
「お待たせいたしました。改めまして、私はここの組合長のタバサと申します」
肩にかからない長さで切り揃えている黒髪。そして整った顔立ち。
意志の強そうな瞳の色は黒。
しかし、その瞳はシェリルを前にして苦痛を堪えるように震えている。
「こちらの方はシェリル様。魔族よ。あなたはこの方の強さがわかるのね」
「はい、若いころ魔物ハンターをしていて、スキルを持っているので……」
「じゃあ莫迦な真似はしないわね」
「もちろんです!」言い切る組合長。だがその顔色は青ざめている。
――御主人様の脅威を感知して受ける負担は尋常ではないはず。
組合長の不調の原因をそう考えて、隣りに座っている主を見るソラ。
そこでは、シェリルが悩みのない顔で出されたお茶菓子を食べている。
――見た目だけだと、とてもそうは思えないんだけどねぇ。
組合長を気の毒に思ったソラは少し手心を加える。
ソラは人間と関わるため、普段から自分の能力を感知されないようにしている。
それと同じ結界をシェリルの周りに施すことにした。
「御主人様、失礼します」
「もぐもぐ」頷くだけの返事をするシェリル。
「これで、少しは楽になったかしら」主の周りに結界を張ったソラ。
「……あぁ、……ありがとうございます」
やはりシェリルの圧倒的な存在の力を感じていたらしい。
結界のお陰で、負担が軽くなった組合長はすぐにも顔に赤みがさす。
その様子を確認してから、ソラは話を進める。
「アタシはソラ。シェリル様に作っていただいた命を持つ人形よ」
「ソラ様ですね」
「シェリル様だけに敬称を付けて、アタシは呼び捨てでいいわ」
「いえ、そういう訳には、……では、シェリル様とソラさんとお呼びします」
「それでいいわよ」
「それでソラさん、御用件は? 何でも近くにダンジョンを造られたとか……」
「そう、その件で協力をお願いしたくてね」
「どういった協力を?」
「探索者にダンジョンに来てほしいのよ」
今日の一番大事な要件を率直に切り出す。
「だから早急にダンジョン探索組合を立ち上げてもらいたいの」
「ここは魔物ハンター組合なのですが……」と当然の反応を返す。
「分かっているわ。でも話を持っていくのなら一番ここが手っ取り早いでしょ」
「……確かに」ソラの言葉に納得する組合長。
ダンジョン探索も魔物ハントも魔物退治という大きな共通点がある。
そして探索者とハンターの能力にも共通点は多い。
新しくダンジョンが出来たのなら、魔物ハンターから探索者を募るのが道理だ。
「誰がどうだろうと何でも良い。こちらの要望を聞いてくれればね」
お茶菓子を頬張りながら「もぐもぐ」眼で二人の会話を追っているシェリル。
「でも、できればあなたが良いわ。話がしやすいから」それはソラの本音。
「……わかりました。そう言っていただけるのなら、私がやってみます」
組合長が役目を受け入れる。
シェリルの実力を知りながら断るなど出来はしないと、ソラは見越していた。
他にもいろいろと思いがあるのだろうが、それを気遣うつもりもない。
――良かった。あのバカ部長と比べたら雲泥の差ね。
これで、最初の山は越えた。あとは詳細を打ち合わせればいい。
ソラの交渉は次の段階に移る。
「シェリル様は町と一緒にダンジョンを発展させたいって願っているのよ」
「そうなのですか」組合長が意外そうな顔をする。
「それで人寄せの為に用意したものがあるの」
ソラは空中から――自分の身体より大きい――輝く玉を取り出す。
人間への誘惑物の為に彼女自身が渾身の力で作り上げた逸品。
「これは……!」驚きの表情を浮かべる組合長。
「わかる? これは転移魔法石」ソラは少し誇らしげに話す。
「こ……これほどの密度と大きさ。これは伝説級の能力があるのでは」
「やっぱりあなただと話が早いわね」組合長の言葉を賞賛と受け取り喜ぶソラ。
となりでは「もぐもぐ」もう会話を追うのもやめたシェリル。
「これを使えば何処だろうと常時通行できる転移門を造れるわよ」
「それは凄い!」
「異世界だろうとね……。で、これを餌に探索者を集めてもらいたいのよ」
「……それを公表して良いのですか」
これだけのモノ、どれだけの人間が欲望に駆られてやってくるのか。
組合長の心配はそこにある。
ただ、それも真っ当にダンジョンに挑戦してくるのなら全く問題がない。
なぜなら――、
「ええ、手に入れるには最終ボスを倒さないとならないけどね」
「最終ボスと言うと……」
「もちろんシェリル様。その為のダンジョンだもの」
「……まぁ、それだけのモノを手に入れるのだから当たり前ですね」
それはシェリルの圧倒的な強さを理解した上での言葉。
これほどの希少なお宝を手に入れるためには、それ相応の代償が必要だと。
「そういうこと」
「それでダンジョン探索に人が集まって、町が発展するという話ですか」
「その通りよ、――その分変な奴も増えるだろうけど、それはそっちの仕事」
「はい、それはこちらで対処します」
「シェリル様のダンジョンは小さいけれど中身は一級品だから――」
「もぐもぐ」ソラの分を食べ始めるシェリル。
「取りあえず調査として、一度誰かをダンジョン探索に寄越してちょうだい」
「はい、わかりました」
「ここに来た時に、シェリル様の強さが判った人間なんかが良いんじゃないかな」
「では他の者に確認してみます」
「ダンジョンを見に来たのを確認したら、またアタシがここに顔を出すわ」
「ソラさんが連絡役と考えてよいのでしょうか」
「そうね。まだ仲間はいるけど、人間の常識を知っているのはアタシだけだから」
――シロとクロじゃ、簡単なお使いも頼めないしねぇ……。
同僚の顔を思い浮かべて、失礼なことを考えるソラ。
「何か連絡手段があると良いのですが」
「……それは考えておくわ。まずはダンジョンを見に来てからで」
「わかりました」
「それと、協力していると言ってもダンジョンはダンジョン――」
お茶菓子を頬張りながら「もぐもぐ」指をなめるシェリル。
「魔物は強いし罠もある。命の危険は当然あると考えてね」
「はい、承知しました」
「でも、まぁそれもこれもシェリル様の一存で決まるのだけど」
「あぁ、それで手紙に書いてあった内容でひとつお聞きしたいことが……」
「なに?」首をかしげるソラ。
「ダンジョンの場所ですけれど……あっちってどっちですか?」
「……この町の門から南に行けばすぐにあるわ」脱力した顔でソラが答える。
そして組合長との会合を終える。
この時ソラは安堵していた。
――この話し合い、ほぼ満点の結果ね。
最悪を考えればキリがないけれど――、
ある程度は不満が残っても仕方がないと考えていた。
それが結局は、信用できそうな相手が見つかり、希望通りの交渉ができたのだ。
この結果からすれば、あの男の件など些細な話だ。
「それじゃ、よろしくね」とソラが組合長に告げる。
「ごちそうさまでした」とシェリルもちゃんと挨拶をする。
――その挨拶はちょっと違いますよ、御主人様……。
間違っている訳でもないけれど……、とソラが横目で主を見る。
シェリルは幸せそうに笑っている。
――まぁ、いっか。
ひとりと一体は組合長に促されて応接室を後にする。
◇ ◆ ◇
一方、受付前の待合席で町の命運を知るため待機していた魔物ハンターたち。
すでに「能無し部長」が痛い目に遭っているのは知られていた。
救助隊が町を出る準備中である。
そこに応接室の扉が開く。
中から出て来た顔触れを見て、ハンターたちの顔に緊張が走る。
静まる館内。
魔族の少女と人形が待合席の間を通り過ぎる。
その姿を全員が固唾をのんで見守っている。
魔族の少女が満面の笑みを浮かべている理由を彼らは知らない。
やがて無事に閉まる玄関の扉を見て、ハンターたちは大きく息を吐く。
「どうやら町が壊滅する危機は去ったようだ……、ハ、ハハッ……」
ひとりの男が緊張から解放されて力なく笑う。
彼らはようやく戻ってきた平和をかみしめている。
そこにはシェリルの力を見抜いた二人――グレイとシオリ――も残っていた。
離れた場所で二人をチラチラ見ながら話をしている組合長と職員。
そして組合長の眼がきらりと光る。
「グレイ……、それとシオリ、……話がある。相棒も一緒にな」
それは「シェリルのダンジョン」の調査依頼に他ならない。
まだまだ受難の続く二人であった。
ちなみに「能無し部長」は数時間後に救助隊に発見され、無事保護された。
救助隊が見つけたのは、魔物の森に入ってすぐの太い木の上。
恐怖に震えながら必死に幹にしがみついている中年男性の姿。
結局のところ、ソラはそれなりに安全な場所へ彼を転送したのだった。
――丸一日くらいは木の上で過ごしてもらうつもりだったんだけどねぇ。
第十四話お読みいただき、ありがとうございました。
次回からは、
シェリルのダンジョンにとって初めての探索者が訪れる話になります。
次回更新は9月4日を予定しています。
※9月30日訂正 組合長の若いころ(前)探索者 →(後)魔物ハンター
※11月4日 後書き欄を修正




