◼︎ 夢宮兄妹と深夜テンション
リュオン(陸斗)とソフィール(陽伊奈)の前世のお話です。ただわいわい騒いでます。
「あーっ、またメアリーゼに邪魔されたー!」
俺の妹である陽伊奈は、部屋のストーブの前を陣取って携帯ゲーム機の操作に勤しみながら悲痛な声を上げた。
陽伊奈は、「お前絶対ストーブ消し忘れたまま寝る」という俺と両親の言葉によりストーブを部屋に置いていない。一応コタツを置いてあるが、「今私はダイレクトな熱風を浴びたい」というアホ発言をしながら時折俺の部屋に入り浸っていた。
多分、直接は言わないが「今このゲームでこんな事が起きて楽しかった」とかそういった話をその場で語りたいが為に来ているんだと思う。
自称隠れオタクとはいえオタク友達もいる筈なのだが、夜にいきなり電話をかけて語るわけにもいかないし兄である俺にとりあえず語っておこうと思っているようだ。
「あーもう、メアリーゼめ……」
「どんだけメアリーゼ強敵なんだよ」
今日だけでも、メアリーゼに対する文句を5回は聞いた気がする。なんとなく、ラスボスばりに強そうなイメージを抱いた。
「身長だけなら小物っぽいのにぃー!」
陽伊奈がメアリーゼとやらに喚くようにして、俺に愚痴を聞かせてくる。
強敵で小物で身長が小さい。……あまりの想像の出来なさに思わずゲーム機を覗き込んだ。
そこにうつっていたのは、黒い髪をくるりと巻いたバッチリ化粧のつり目がちな少女が、プラチナブロンドの少女に「まあ、貴女にはその姿がよくお似合いね!」と言葉を投げかけている画面だった。プラチナブロンドの少女は恐らくヒロインだろう、このイラストではヒロインが地面に伏せていてよく顔が見えない。
陽伊奈がボタンを押し物語を進めると……。
ーどうして、こうなってしまったんだろう。ごめんなさい、この学校を続けられない駄目な娘をお許し下さい、お父さんお母さん…ー
というヒロインの独白が流れ、右下にBADEND 折れた心……と表示された。
「ヒロイン学校辞めるまで追い込まれるのか」
「そうだよ。くそー、メアリーゼめ」
陽伊奈は忌々しそうにそう口にした。
「そもそも何でこんなにこいつはヒロインを嫌ってんだ?」
「えーっとこのルートはリュオンだから、ヒロインに自分の婚約者をとられたからかな」
「そりゃキレるわ」
ゲームや漫画の婚約者は親が決めたものというのが鉄板だが、そこまでするという事はメアリーゼとやらは婚約者の事が好きなのだろう。それをポッと出の誰かが奪ってしまえば、そりゃただ指を咥えて見てるだけ……とはいかない筈だ。
「で、でもでも、最初はヒロインは知らなかったの。段々仲良くなって、2人が婚約者だって後から知ったの!」
「婚約者ほったらかしにして仲良くなるとは……」
「でも、リュオンにはメアリーゼを受け入れられない理由があってね。結構重い理由なんだけど」
「なんか、ドロドロしてるな」
「乙女ゲームって、大体他の女キャラと攻略対象を奪い合うか、攻略対象同士がヒロインを奪い合うか、攻略対象かヒロインに凄惨な過去があるかって感じだから」
そう言うと陽伊奈は「今度はこっちの選択肢選ぼーっと」なんて言いながら楽しそうにゲーム機を再びいじりはじめた。
……なんだか、昼間にドロドロしたドラマが放送される理由を垣間見た気がする。
「にしても、勿体無いよなぁ」
「なにがー?」
陽伊奈は、ゲーム機から視線を外さずに返事だけ返した。座ってる事が面倒になったのか、いつの間にか持ち込んだもちもちのクッションを肘で潰しながらゲームをしている。
何が、と言っておいてなかなか失礼極まりない格好だが今更気にする事でもないのでそのまま理由を返す。
「そのメアリーゼとかいう子、髪巻かない方が似合いそうなのに」
あー、ゲームしてるこいつを見てたら俺もゲームしたくなってきた。俺は陽伊奈との会話が原因で全く進まなかった参考書を閉じてゲームへと手を伸ばした。こないだ新作のRPGゲーム買ったばっかなんだよなー。まだプレイ出来てなかったし……ちょっとくらいいいだろ。
今からプレイするゲームにわくわくしながら本体を起動していると、こっちを真顔で見ている陽伊奈が視界に入った。
な、なんだよ。別に今からずっとゲームするわけじゃなくてだな。
「い、息抜きなんだよこれは」
「お兄ちゃんのゲームする自分へのこじつけな自己肯定はどうでもいいんだけど」
「あっ、はい」
「黒髪ストレートとかハイハイ清楚系ですね〜とか思ったけど、黒髪ストレートのメアリーゼを想像したら中々やばかった」
陽伊奈はガッツポーズをすると、起き上がって俺のパソコンの電源を付けた。……妹がこんな感じだから、俺はいつもちょっとにゃあにゃあな画像を隠すのに必死だ。デスクトップに画像置きっ放しは絶対に許されない。
陽伊奈はそういう画像に対して引きはしないが、こっちの精神的ダメージの問題があるのだ。
「うはっ、かわちい」
女子として「うはっ」という笑い方は如何なものか、妹よ。
陽伊奈はどうやらメアリーゼの画像を持ってきて、お絵かきソフトで加工しているらしい。パソコンの画面には、髪がストレートになったメアリーゼが映っている。……うん、さっきより可愛い。
「やーんもー、リボンもつけちゃう」
陽伊奈は、メアリーゼの髪にリボンを描き足した。確かに似合っているが、身長の小ささも相成って中々ロッリロリな外見になってしまった。
だがしかし、ここで満足する陽伊奈ではない。今度は身長に顔の化粧をちょこちょこ消し、ぼかしツールで馴染ませた後メアリーゼに合うような素材を活かす系の化粧を施し始めた。
こいつ、本気すぎる!
「メアリーゼのメは目がくりくりのメ〜、メアリーゼのアは愛らしいのア〜、メアリーゼのリは凛としてるのリ〜、メアリーゼのゼは〜……よっしゃできたー!」
ゼを諦めるなよ! とツッコミたい所だが、完成したのは確からしいので、できた画像を見る。
……こ、これは!
「ヒロインをも凌駕する可愛さ。いや、ヒロイン知らないけど」
「でしょー!? あ、ヒロインこれ。デフォルト名はソフィール」
陽伊奈はインターネットに接続して公式サイトに載っている、ヒロインのソフィールを俺に見せてきた。
確かにソフィールもとても可愛いが、この加工されたメアリーゼには敵わない。
俺達の意見は、満場一致でメアリーゼ超可愛いになった。このメアリーゼを陽伊奈が「ぼくのかんがえた、さいきょうのメアリーゼたん」と名付けた。ああ、深夜テンション。
その後、メアリーゼたんはこんなすごい悪役令嬢なのよー! という陽伊奈の語りを聞いて、お互い限界になった所でお開きになった。
陽伊奈はすっかりメアリーゼを気に入ったらしく、その後メアリーゼにゲーム内で嫌がらせをされても「おほほほ、捕まえてごらんなさ〜い」と笑って流せるようになっていた。楽しそうで何よりだ。
同性のキャラも、異性のキャラとは別のベクトルで愛でられるというのは幸せな事なのだろうなぁと陽伊奈を見てなんとなく思った。
……まあ、そんな事があったせいか『メアリーゼ』という乙女ゲームの悪役令嬢の名前は俺の頭に深く刻み込まれたのである。
が。
*
「うそぉ、お兄ちゃん、さいきょうのメアリーゼたん覚えてないの?」
「……まあ」
今世の俺は、そんな前世エピソードの記憶が曖昧だった。
陽伊奈は信じられない、という顔をしている。突然、陽伊奈が「そういえば、さいきょうのメアリーゼたんちゃんと覚えてる?」とか言い始めて前世の思い出話を聞かされたのだが、聞いている内に、俺の記憶中途半端すぎるだろと自分でも思った。
……メアリーゼが悪役令嬢だとか、どんな事をするのかとか、本当は可愛い? みたいな事はちょいちょい覚えてたんだけどなぁ。夜中の出来事だからその辺りだけ記憶が曖昧だったのか……。
「っていうかお前こっちで初めて会った時、リボン付けるとかロリ好き? とか言ってただろ?そういう思い出話あるならなんでそういう発想いったんだ」
「お兄ちゃんに『さいきょうのメアリーゼ様』って言葉を投げかけた時分かってないみたいだったから。ちょっと変えたから気付いてないだけかとも思ったんだけど、いやーまさか本当にロリコ……」
「違うから! なんていうか、こう……頭は覚えてなくても魂は覚えてるみたいな。潜在的に覚えてたというか、そうしなきゃと思ったというか……」
「お兄ちゃんの自分の行動へのこじつけな自己肯定はどうでもいいんだけど」
あれ、この台詞デジャヴ。今なら俺思い出せそう。
と、思った時メアリーゼが「リュー様、ソフィールさん!」と口にしながら走り寄ってきた。
メアリーゼには仲が良い人を見ると一秒でも早く側に行きたくて、すぐ走る癖がある。……あとは慌てている時もだけど。そこがまた可愛いのだ。
「あっ、兄妹水入らずでお話していたのについ…すみません」
「大丈夫ですよ、メアリーゼ様! あっ、お兄ちゃんがですねーロリ……」
「チョコデニッシュ」
「なんでもありませんわ」
チョコデニッシュと口にすれば、陽伊奈はすぐにチクるのを辞めた。
チョコデニッシュは、この学園内で買えるパンの中では陽伊奈がダントツで好きなものだ。チョコデニッシュという言葉の中には、奢るから黙れという言葉がこめられている。
多分、陽伊奈は冗談のつもりであって口止めをしなくてもメアリーゼに言わないだろうが、念には念を……だ。
あと、一応弁解しておくが俺はロリコンではない。メアリーゼコンとか言われたらそれは否定できないけど。だからその、勘違いしないで欲しいというか。ほら、一応メアリーゼとは今世同い年だし、あとは、その……。
「そういえばメアリーゼ様、そのリボンお似合いですよね」
俺が脳内弁解大会を開催していると、何を思ったのか、陽伊奈は何の脈絡もなくメアリーゼにそう言った。
さっき迄の話を知らないメアリーゼからすれば唐突すぎるだろと思うが、メアリーゼはそんな事気にならないようで、嬉しそうににっこり笑いながら口を開いた。
「ありがとうございます! リュー様にいただいた宝物なんですの!」
そんな事を口にして、その宝物を常に身に付けているメアリーゼの可愛さに、「もうロリコンでいいや」とかそういう訳では決してないのだが。細かい事はまあいっかー、と思わず思考を放棄したのだった。
裏話みたいなお話でした。
次は前世の話ではない番外編を更新します。