三 うら技
三 うら技
今日の一時限目は道徳だ。四年生になると一週間に五回道徳の授業がある。今では、国語、算数、社会、理科に並ぶ主要五教科のひとつになっているのだ。道徳の教科書は一番分厚くて「ポイントの増やし方」という節が大半を占めている。たぶん、今日も親切ポイントの話なんだろうな。
はな先生がみんなに言った。
「今日は本当にあった話をします。ある町にだれも住んでいない空き家がありました。この家はぼろぼろで今にもつぶれそうでした。ある日、この家から火が出ていることをAさんという人が発見しました。Aさんはすぐに消防署に通報しました。消防車がすぐにかけつけて火を消したので大きな被害にならずにすみました。Aさんはただちに通報したということで、親切ポイントを一気に千ポイントも獲得しました。Aさんの行動をどう思いますか。はい、片岡くん」
「とても良い行動だと思います。でも運も良かったのだと思います」
「そうね。運が良かったと思う人」
クラスのほとんどの人が手をあげた。
「そうなのよね。親切ポイントって運にも左右されちゃうの。なので、単にポイントの多いとか少ないとか、親切ランクが上だとか下だとかだけで人を区別しちゃいけない、ってことよね」
先生はそういってぼくの方を見た。先生はたぶん(杉本くんはまだ十級になれないけど、みんな杉本くんのことを非難しちゃだめだよ)って言いたいんだと思う。
「でね。この話にはもう少し続きがあるの。物置には火の気はなにもないはずなのに、どうして火が出たんでしょ。わかる人、はい、稲本さん」
「たぶん、Aさんが火をつけたんだと思います」
「そのとおりなの。よくわかったわね」
「親切ゲージのすべてっていう本に同じようなことが書いてありましたから」
「そう、その本では、親切ポイントを手に入れるためにはこういう方法もあるって、紹介してるの。これって正しいことかしら。はい、岩谷くん」
「燃やしてもいいかも知れませんが、自分にしかポイントが入らないのがずるいと思います」
「燃やしてもいいってことですか。では、岩谷くんの言うように物置は燃やしてもかまわないと思った人」
クラスの半数ぐらいの人が手をあげた。けど、あげてる人もあげてない人も迷っているようだ。
「昔はこんなことすると罪になったのよ。だって人の物を勝手に燃やしちゃうんだもの。でも今は、親切ポイントを増やすためにはやってもかまわない、ってされてるのよね。こういったことが本当に良いことか悪いことか、先生はみなさんに考えて欲しいと思います。班で討論してみてください」
はな先生の問いかけは、ぼくとカンナの間に激論を生む結果となったのだ。
「だって、どうせこわれてしまうような家じゃないの。燃やしたってかまわないわよ」
「燃やすにしたって持ち主にことわらなくっちゃ」
「そんなの関係ないわ。だって千ポイントも手に入るのよ。これだけで級がひとつ上がるのよ。持ち主がいやだって言えば、千ポイントをふいにすることになるじゃない」
「ポイントのために、何をしてもいいってことじゃないだろ」
「ハヤトくん、そんなことばっかり言ってるから十級にもなれないのよ。こんなの問題になる行動じゃないわ。今は、ポイントをためることがすべてに優先するんだから」
カンナの「十級にもなれない」という言葉がずきんとぼくの胸を突き刺した。ぼくはそれ以後、何も言えなくなった。
先生は、結局答えを言ってくれなかった。「みんなで考えなさい」と言ったまま授業は終わったのだ。
ぼくは心の中に、どうしても納得できないものが残った。ポイントがすべてだなんて、どうしてこんな世の中になっちゃったんだろ。何かが間違ってるような気がするのだ。
翌日、ぼくらのクラスは遠足に行った。ここのところ気がめいることが多かったのだが、まあ、遠足は楽しまなくっちゃ。
遠足は、電車に乗って平成村公園に行く。ぼくらは電車の中で、立ったままひと言もしゃべらず静かにしていた。昔は、小学生が集団で電車に乗るというと、車内できゃあきゃあと騒ぐのが当たり前だったらしい。今では公共の場で迷惑行為をすると、一ヶ月間親切ポイントをもらえないので、だれも騒いだりしないのだ。
ぼくらが乗っている車両に若い女の人が座っていた。そこに杖をついたおばあさんがあらわれると、女の人はすっと立ち上がりおばあさんに向かって「どうぞ」と言った。おばあさんは「ありがとね」と言って女の人が座っていた場所に腰かけた。女の人はしばらくその前に立って、ピポンと言う音を聞くとおばあさんと顔を見合わせうなずいた。そして、すぐそばの席に座った。しばらくするとまたおばあさんが立ち上がって女の人の前に行った。そうやって二人は同じような動作を繰り返していくのだった。
ぼくの前に座っている若い男の人が隣の男の人に言った。
「ほら、あれがポイントハンターさ。うまいことやってるぜ」
「おれ、ホームであのばあさんを見たよ。杖ついてるようなふりしてるけど、ホームでは走ってたんだぜ」
「確か、親切ゲージのすべて、って本に載ってた方法だよな。五、六回なら親切ゲージは見破ることができないってさ」
「おれもやろうかなあ。五回やれば五十ポイントもゲットできるんだろ。おれ、もう少しで親切三段になれるんだ。おれの会社では、三段になると給料も上がるしさ」
こういうポイントの増やし方っていいんだろうか。ぼくには親切というものが、ますますわからなくなってきた。
平成村公園についてからでも、ぼくはおかしなことを見た。
広場の入り口で、外国の人が立て看板の横に立っている。看板には日本語で、「ポイントゲット、手助けします」と書いてあるのだ。
「先生、あれは?」
ぼくが聞くと、はな先生が教えてくれた。
「親切ポイントを増やす相手役になってくれる人ね。お金を払うとね、道がわからないふりをしながらこのあたりでうろうろしてくれるのよ。で、お金払った人が、『ホワッツマター』、つまり『どうしました』って聞いてね、道案内をしてあげるふりをするの。それで十五ポイント手に入れるってことなのよ。確かこれも本の中で、二、三回は使えるって書いてあったと思うわ」
「そんなの親切って言えないんじゃないの」
「そうよね。本当の親切じゃないわね。でも今は親切ポイントが絶対だから……。ハヤトくんには変に映るかも知れないけど」
「そうよ。ハヤトくんの考え方は変だわ。ポイントを増やすようにするのがまず第一じゃないの」
この間、激論を戦わしたカンナがまた割り込んできた。こいつと議論すると、最後は「だから十級にもなれないのよ」って言ってくるからいやなんだよ。
ぼくは、今のこのポイント制度というものが、どんどん変な方向に行っているような気がして仕方がないのだ。 あーあ、楽しいはずの遠足なのに、ますます気がめいっちゃうよなあ。
(つづく)




