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四 親切神

   四 親切神


「どこ行っても、何しても、ポイントのことばっかり。ああ、つまんね」

「ハヤトにすれば切実な問題だもんな。おれはまだなんとかポイントを増やしてるけどさ」

「わたしも、ハヤトくんの言いたいことよくわかるわ。だからって、わたしたちにはどうにもならないんだけど……」

 ぼくとソースケとユウカは、川の土手の公園で、ブランコに乗りながら話をしていた。

「ハヤト、親切塾に通うのか」

「今のままだと通わされることになりそうなんだ。おとうさんが強くすすめるんだよ。ぼく、スイミングスクールだけでいいのに」

「ナツコは、親に頼んで塾に行くことにしたらしいぜ。まあ、あいつはいい成績取れるだろうけどね」

「タケトくんも先月から通ってるって言ってたわ。おかあさんに言われたんだって」

「ああ、つまんね。どうしてこんな世の中になったんだろ」

 ぼくは、また同じ言葉を繰り返した。

「やあ、また三人組が固まってるわね。ハヤトくん、少しはポイント増えた?」

 カンナが公園にやってきて、ぼくらに話しかけた。たぶんこいつは、ぼくのポイントが少ないのをねちねちと言ってくるに決まってんだ。ぼくはカンナを無視してブランコの上に立った。そして思い切りこいで十分勢いがついたところで飛び降りた。

 今日の川はいつもより水かさが多い。たぶん昨日大雨が降ったからだろう。ぼくは河原の石を拾って川に向かって投げた。なにもしていないとまたカンナに声をかけられそうだからだ。石は川の真ん中当たりに落ちてしぶきをあげた。

「おいハヤト、見ろよ!」

 突然、ソースケが叫んだ。ソースケが指さす方向を見ると、上流から木ぎれにつかまって流されてくる子供が見えた。幼稚園ぐらいの子供だ。子供は必死で木ぎれにつかまっているようすだ。「えーん」と泣き叫ぶ声が聞こえた。

 大変だ! ぼくとソースケは、何か助けるものがないか河原をさがした。後ろからユウカとカンナが言いあう声が聞こえた。

「わたし大人の人呼んでくる」

「ダメ、人を呼びに行ったりしたら。ポイント取られちゃうじゃない」

「何言ってんの、カンナ。子供が死んじゃったらどうすんのよ」

「だって、こんなことってめったに……」

 ユウカはカンナの言うことを無視して堤防に登っていった。

 ぼくは河原に細いロープが丸めておいてあるのを見つけた。ロープの片方に石をくくりつけた。そしてそれをぐるんぐるんと振り回して、子供の方に思い切り放り投げた。ロープはうまく子供のそばに落ちた。

「つかまれーっ!」

 子供はロープにしがみついた。そのまま下流に流れていく。ぼくとソースケはロープを引き寄せた。ロープのたるみがなくなってがくんという衝撃があった。それでも子供はしがみついている。離すなよ離すなよ。ぼくらは必死でロープを引っぱった。水の流れが速い。ロープはぐいぐいと引っ張られる。ものすごい力だ。「うぉーっ」。ぼくはこんしんの力をこめてロープを引き寄せた。そのときだ。急にロープが軽くなった。子供が耐えきれなくなって手を離したのだ。子供は仰向けになって流れていく。

 ぼくは川に飛び込んだ。子供の方に向かって泳いだ。子供がずっと先に見える。ぼくしかいない。ぼくが助けてやらなければ。五十メートル三十一秒のぼくが。子供の頭が浮かんだり沈んだりしている。もう少し、もう少しだ。子供まであと五メートルといったところで、子供は川の中に沈んでいった。ぼくは息を思い切り吸い込んで、川にもぐった。子供が手足を動かしている姿が見える。泥がまいあがり視界がぼやける。子供はだんだん深みに沈んでいく。ぼくは思い切り水をけって子供のあとを追った。ついにぼくの手は子供の足をとらえた。ぼくは子供の足をつかんだまま、川面まで一気に浮かび上がった。子供の顔を水面に出した。子供は目をつぶってぐったりしている。気を失っているようだ。ぼくは立ち泳ぎしながら、子供の顔を平手でベシバシとたたいて「息をしろ! 息するんだ!」と叫んだ。子供はゲボッと水を吐いて「びえーん」と泣き出した。子供はぼくにしがみついた。ぼくの顔が水中に押し込められた。今度はぼくが息ができない。子供はぼくの上に乗ろうと必死になっている。ぼくは子供に乗っかられてもがくしかなかった。苦しい、苦しい、ぐるじい。そしてついにぼくは、ぼくは、ぼ・く・は……。耐えられなくなった。胸の中でゴボッという音がした。目の前が何も見えなくなった。「ああ、死んじゃうんだ……」ぼくは思った。右手が「ピポポポポポーーーーーーン」と鳴るのを聞いた気がする。それが最後の意識だった。


 気がついたとき、ぼくは土手にいた。目を開けると、たくさんの顔がそこにあった。おかあさんがいる。おかあさんはぼくが目を開けたのを見て「ハヤト!」と言ってぼくを抱きしめた。ソースケやユウカもいる。カンナはばつの悪そうな顔をしている。ぼくはおかあさんにたずねた。

「あの子供は?」

「助かったわよ。ハヤトが助けたのよ」

 横から子供のおかあさんらしい人が、ぼくに何度も「ありがとう。ありがとう」と言った。

「そうっ、良かった……」

 ぼくは安心してまた目をつぶった。そしてすぐに眠りに落ちたのである。


 次に目が覚めたとき、ぼくは病院のベッドにいた。一昼夜、眠りこけていたらしい。横にいたお医者さんは、ぼくの様子を見て「もう大丈夫です。それにしても勇気のあるお子さんですね」と言った。

 ぼくのまわりには大勢の大人の人がいる。おとうさんとおかあさん以外は知らない人ばかりだ。そのうちのひとりがぼくに言った。

「わたくし道徳省善行管理局の里見と申します。このたびは本当におめでとうございます。一億ポイント獲得です。杉本隼人さんはこれから『親切神』を名乗ることができるのです。ご存じだと思いますが、親切神の特典は、親切ポイントを自由に設定できることです。じっくりお考えいただいてポイント数を決めてください。そしてポイント数を変更するときはわたくしに連絡していただくようお願いします」

 里見さんはぼくに名刺を渡し、おとうさんとおかあさんに会釈して病室から出て行った。


 その後、ぼくは分刻みのスケジュールに追われることになった。超有名人になったのだ。

 総理大臣や道徳大臣へのあいさつにはじまり、マスコミへの記者会見、テレビ出演、講演会、サイン会、などなど。どこに行っても、パシャパシャとフラッシュの音がなった。ぼくの顔がせん光で点滅しているのがわかる。いつの間にかおとうさんがマネージャーになってぼくのスケジュールを調整している。

 日本でただ一人の親切神。ぼくは徐々に実感がわいてきた。


 ある日、ドクターKがぼくを訪ねてきた。

「ハヤトくん、親切ポイントはどういう風に変えるつもりかね」

 ドクターKはソファにふんぞり返って、見下すような目でぼくを見て言った。

「どうって、ぼくが決めることだと思っていますが」

「そりゃ確かにきみが決めることさ。けど、きみの決定は世の中にものすごい大きな影響を及ぼすんだよ。そのことを考えなきゃだめだ」

「よく、わかりませんが……」

「知ってのとおり、わたしは親切ゲージを発明した人物だ。ゲージのことはすべて知り尽くしてるんだよ。良いことも悪いこともね。わたしにできないことはただひとつ、ポイント数を決めることだけなんだよ」

「……」

「ハヤトくん、きみは小学四年生だ。まだ若い。世の中のことを決めるのはまだ経験が少ないんだよ。どうかね。ポイントの設定はわたしにまかせたら。もちろんただでとは言わん。ここに小切手を持ってきている」

「黒岩博士、博士はいつもどのくらい親切をしてるんでしょうか。たとえば、今日ぼくの家に来られるまでに」

「本当の親切という意味かね。親切ゲージのうら技という意味かね」

「本当の親切という意味です」

「きみね。今の時代、本当の親切だけでやっていけると思ってるのかね。わたしはここに来るまでに、車いすの介助を五回、目の不自由な人への道案内も五回、道路のゴミ拾いを十回やったよ。もちろん全部、あらかじめ仕掛けをしておいての親切だけどね。本当の親切っていうものはここ数年やったことないね」

「そんなので、親切王っていう称号をもらって恥ずかしくないですか」

 おとうさんが横から、「ハヤト、なんてこと言うんだ!」と言った。

「まあまあ、おとうさん、ハヤトくんの率直な考えですからかまいませんよ。でもね、ハヤトくん、よく考えるんだよ。大人の世界というのは、きれいごとではすまされないものなんだ。純真な気持ちを持つことは大切だけどね。それだけでは、社会は成り立たないんだよ」

「……」

「ポイントの設定はわたしに任せるのが一番だと思うよ。ハヤトくんにも悪いようにはしないさ。小切手はおいていくよ。まっ、おとうさんともよく相談して返事をくれたまえ」

 ドクターKはこう言い残して出て行った。おとうさんは、玄関で何度も頭を下げて見送った。

 黒塗りの自動車が行ってしまうと、おかあさんが言った。

「まあ、おうへいな人だったわね。偉くなるとあんな風になっちゃうのかしら」

「おっ、おい。この小切手見てみろよ。一、十、百、千……。いっ、いっ、一億円だよ」

「そんなお金、返しなさいよ。それって買収じゃないの」

「ドクターKになんてこと言うんだ。立派な人じゃないか」

「本当の親切をしなくなった人のどこが立派なのよ。ハヤト、あんな人の言うこと聞かなくっていいからね」

「おかあさんはよけいな口出ししないでくれ。ハヤト、一億円もらって、ポイントの設定はドクターKに任せなさい。それが一番いいって。ハヤトにも悪いようにはしないって言ってくれてるじゃないか。ただ、ほら、おとうさんは英語がうまいだろ。なんで、外国人への親切ポイントだけはあげてくれないかな」

「おとうさんの言うことなんか聞かなくていいのよ。ハヤトはハヤトの思うようにしなさい」

 また、ふたりの口げんかが始まった。いつもと同じ、ぼくが原因なのだ。


 親切ポイントをどうするかって、ぼくの考えははじめから決まってる。

 翌日ぼくは、道徳省善行管理局の里見さんに連絡した。「親切ポイントの設定を変更します」と。


 設定変更の発表日がやってきた。ぼくは、おとうさんと一緒に発表会場に出向いた。おとうさんは何度も「なあ、どういう風に変えるんだ」と聞いてきたけど、ぼくは一切話さなかった。だってしゃべってしまうと発表のときの感激がないじゃないか。

 体育館のような発表会場には、数え切れないほどのカメラが設置されていた。ほとんどのテレビ局が生中継するらしい。会場にはドクターKも招待されていた。ドクターKがおなかをゆっさゆっさと揺すりながらぼくの方にやって来た。

「ハヤトくん、よく考えて決めたかね。わたしに任せるってね」

「このあと、発表しますので」

「うん、楽しみにしてるよ」

 おとうさんは、ドクターKにぺこぺこ頭を下げている。

 ぼくは、里見さんに案内されて席の一番真ん中に座った。横には道徳大臣が座っている。

「それでは、親切神の杉本隼人さんから、新しい親切ポイントについて、発表していただきます」

 司会の人にうながされて、ぼくはおもむろに話を始めた。

「では、新しい親切ポイントを発表します」

 日本中の人々の目がぼくに注がれていることを感じる。


 ぼくは深く息を吸い込んで言った。

「今後、すべての親切ポイントはゼロにします」


 ぼくがこう言うと、カメラのフラッシュが一斉に瞬いた。会場が「どぉーっ」とうなった。ドクターKが、ぽかんと口を開けてぼくを見ている。ぼくは続けた。ぼくが再びしゃべり始めると、うなるようなどよめきがすっと消えた。

「つまり親切ポイントというものは今後、一切つきません。ポイントは廃止されたのです。ポイントを増やしたいために困ってもいない人を助けるふりをしたり、みんながポイントを奪い合って結局助けが必要な人を助けられなかったり、親切ランクが低いっていうだけで人を差別したり、こんな社会っておかしいと思いませんか。これからは、本当に、本当に心の底から、やらなければならないと思った親切をするようにしようではありませんか」

 ぼくは、自分の思いをすべてはき出した。会場は静まりかえっている。ぼくの心臓はバクバクと音を立てていた。長い時間が過ぎたような気がした。

 どこからかパチパチと手をたたく音がした。だれかが拍手しているのだ。拍手する人はひとり増え、ふたり増え、やがて会場全体を響かせるほどになった。出席者はみんな立ち上がって拍手を続けた。地震のような揺れを感じた。「ブラボー!」という声も聞こえた。横にいた道徳大臣が「よくぞ言ってくれた」と言ってぼくを抱きしめた。


 この宣言と同時に、ぼくは親切神という地位も放棄した。親切に神様も王様もないのだ。親切は人間がするものなのだ。人間の心がね。


 例の一億円の小切手はどうなったんだって? そんなもの、ドクターKの目の前で破り捨ててやったさ。


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