幕間一 元老院
とある国の、とある企業施設。
悠久の時を刻むかのような、重厚な外壁に囲まれた広大な敷地。
近代的な建造物が秩序を持って連なり、一つの完成された都市を形成していた。
その中心、権威の象徴たる大聖堂の内部には、テニスコート二面分を飲み込むほどの大広間が広がっている。
静寂が支配する暗がりの中、ただ一点、中央に立つ人物だけに鋭いスポットライトが注がれていた。
清水征人。
聖仁の父であり、一色カレンが「マスター」と呼ぶ男である。
彼の頭上、天井から吊るされた巨大な両面スクリーンには、冷徹な光を放ちながら二枚の顔写真が並んでいる。
一人は、日本を代表する女優・一色カレン。
そしてもう一人は、彼の息子、清水聖仁。
征人の声が、静まり返った広間に低く、重々しく響き渡る。
「……映像による提示は以上です。ここからは、私自身の言葉で補足させていただきます」
彼は一度、間を置いた。
その瞳には、感情の揺らぎは見えない。
「本計画の端緒は、次期継承者候補――清水聖仁に対する懸念にあります。その類まれな素質を認めながらも、異性への消極さ、そして精神的な脆さを懸念する声が上がった。それらを受け、我々は一つの試練を課すに至ったのです」
征人の頭上で、スクリーンの映像が切り替わる。
その無機質な光が、広間を照らし出した。
「目的は明白です。挫折と失意の淵において、彼がいかに振る舞うか。その反応を通じて、次代を担うに足る精神的な成長が見込めるか、その将来性を見極めること。それが本計画の真髄です」
征人の指先が、手元の端末の上で冷徹に踊る。
画面には、一色カレンという女を、いかにして恐怖の檻に閉じ込め、駒として機能させたかという、無慈悲な記録が映し出されていく。
そして聖仁に対して、二つの番組を利用した巧妙な誘導、現場での緻密な配置、カレンの美貌を「武器」へと変えた工作の全容――。
理路整然とした、私情を表に出さぬ解説が、広間に冷たく響き渡る。
「……動画資料の内容と重複する部分もございますが、改めて報告いたします。当初の計画に基づき、真実を知った聖仁は、自壊の淵へと追い込まれました」
報告には、征人自身の推測や、聴衆の心を動かすための誇張も交えられていた。
征人の声が、不意に低く沈む。
彼はあえて、その場に漂う空気を重苦しく塗りつぶすように、芝居がかった仕草を見せた。
肩を落とし、絶望に打ちひしがれるかのような、大げさなまでの悲劇の演出。
暗闇の向こう側から、聴衆たちの間に動揺と憐憫が混じったざわめきが広がる。
その反応を、征人は冷徹な観察眼で見極め、満足げに唇の端を歪めた。
「しかし――!」
突如として、空気を切り裂くような咆哮が響いた。
先ほどまでの悲劇的なトーンは霧散し、征人の瞳には抑えきれぬ高揚が宿る。
彼は一歩前へ踏み出し、その圧倒的な声量で聴衆の意識を強引に引き寄せた。
「しかしです! 聖仁は、自らの破滅ではなく、仕掛け人たる女性の身を案じ、その場に踏みとどまった! そしてあろうことか、自身の思いを伝えた結果、日本を代表する名女優を――十八歳の学生の身で、将来のフィアンセとすることに成功したのですッ!」
畳みかけるような言葉と、劇的な抑揚を加えた演出。
暗闇の向こう側から、驚愕と感嘆が混じった巨大なざわめきが沸き起こる。
征人はその熱狂を煽るように、さらに声を張り上げた。
「皆様は勿論、仕掛け人であるこの私ですら、想像していなかった! 本当に大女優と結ばれる結末など! 予定では、彼女には自然な形で舞台から退いてもらうはずだった……。だが、我が息子は、その予測を遥かに超える、驚異的な対応力! 他者を魅了してやまないカリスマ性! 強靭な意志力を見せつけた!」
征人の顔に、満面の笑みが浮かぶ。
大仰な芝居の中に、息子の成長を誇る父としての喜びが滲んでいた。
「もはや疑う余地はない! 彼は、次代の王に相応しい傑物であるッ!!」
暗闇の向こう側から、歓声こそ上がらないものの、重々しく、規則的な拍手が沸き起こる。
それは、その場に集まった者たちが、提示された「結果」を認める、重厚な響きであった。
征人はその反応を全身で受け止め、満足げに口角を上げた。
「私からは以上です。お集まりいただいた一族の選ばれた皆様、その盛大な拍手に感謝いたします。……それでは、これより質疑応答の時間へと移ります。発言権は七人の元老委員の皆様のみとさせていただきますが、忌憚のないご意見を、どうぞ」
征人が締めくくると同時、静寂を切り裂くように、ポーンという短い電子音が響く。
彼が手元の端末を操作すると、その音のした方角へと、新たなスポットライトが鋭く射し込む。
暗闇に沈んでいた一人の老年の男性の姿が、光の中に浮かび上がった。
七十歳前後だろうか。
年齢を重ねた者特有の、威厳と枯れた空気を纏った男である。
「マスター・溥氏、どうぞ」
征人の呼びかけに応じ、溥氏は座したまま、低く、重厚な声で口を開いた。
「クストス殿……ご子息が如何に素晴らしい人材か、よく理解できました。確かに、並の者ではない素養を感じます。ですが――」
溥氏の瞳が、冷徹な光を帯びる。
「前回の会議でも申し上げた通り、我が一族の後継者は、決して世襲制ではありません。現当主たる貴殿の実の息子が選ばれては、悪しき前例を作ることになりはしませんかな?」
クストス――征人は、その言葉を正面から受け止め、溥氏を真っ直ぐに見つめたまま、一言も発さずに聞き入った。
問いかけが終わると、彼はゆっくりと目を伏せ、数拍の沈黙を挟む。
周囲の暗闇に潜む観衆たちの視線と、緊張感を最大限に引き出すための、計算された演出。
やがて、征人は再び顔を上げ、その瞳に凄まじい熱量を宿して言い放った。
「溥氏の仰る通り! 世襲であっては、断じてなりませんッ!」
その咆哮は、広間全体を震わせるほどに力強かった。
「ですが聖仁の選定は……決して! 息子可愛さによるものではない! その点についての認識の齟齬を解消するための、本会議であると、改めてここに宣言させていただきますッ!!」
征人の力強い宣言を受け、溥氏は静かに頷いた。
彼は手元の端末を操作し、自身を照らしていたスポットライトの光を、音もなく消し去る。
その合図と共に、征人は表情を崩さず、事務的かつ礼儀正しい口調で言葉を継いだ。
「マスター・溥氏、貴重なご意見をいただき、感謝いたします。……他にご質問はありますか?」
間をおかず、また別の場所からポーンという電子音が響いた。
新たなスポットライトが暗闇を切り裂き、別の地点を照らし出す。
そこには、六十歳前後の初老の男性が、静かに立ち上がっていた。
「マスター・韻氏、どうぞ」
征人の呼びかけに応じ、韻氏は一歩前へ踏み出した。
その顔には、経験に裏打ちされた冷静さと、鋭い疑義の色が混在している。
「クストス・オルビス殿」
韻氏の声は、低く、重厚であった。
「現当主たる貴殿は、『エデン』の出身者。規定こそ明文化されておらぬとはいえ、代々、エデン出身者が当主の座を継いでいる。それが、一族の定石です。私もまた、同じエデンの民として、その道理は重々承知しております」
彼は一度言葉を切り、鋭い眼光で征人を射抜いた。
「……あの場所に住まう人材と、在野にて育った者たちとでは、その格が比較にならないほどに乖離している。皆様もご承知の通りです。ご子息の才覚は認めましょう。しかし、彼は所詮、在野の人間。エデンにて、次代を担うべく研鑽を積む若者たちを押し退け、あえて彼を選定する……そのメリットは、私には感じられないのですが。如何でしょうか?」
韻氏の疑義に対し、征人は溥氏の時とは対照的に、即座に、そして激しい熱量をもって応じた。
彼は一歩、また一歩と、暗闇を切り裂くように前へと踏み出す。
その瞳には、当主としての威厳と、己の確信を突きつける者の灼熱が混在していた。
「マスター・韻氏。貴殿の疑念は理解できます……しかし、そのお考えは、いささか盲目的と言わざるを得ませんッ!」
征人の声が、広間の空気を震わせる。
「無論、私もエデン出身者として、その教育の質の高さは、身に染みて理解しております! あの場所に住まう人々の『天賦の才』も、皆様が認めるところでしょう。私も、そこに異論はありません!」
彼は一度言葉を切り、挑発するように唇を歪めた。
「だがッ! 私がエデンから勇んで世に出た時、真っ先に思い知らされたことは何だったか! 在野にも――エデンの人材に比肩する、凄まじき才覚を持つ者たちが、多数存在しているということですッ!!」
征人の拳が、強く握りしめられる。
その動作一つひとつに、確信に満ちた重みがある。
「確かに、生まれ持った資質は重要だ。だが! 人材の完成度を決めるのは、天から与えられたものだけではない! 荒波に揉まれ、挫折を知り、そのすべてを糧として立ち上がった者が手にする経験! 後天的な成長もまた、その者の強さを形作るのですッ!!」
彼は広間全体を見渡すように、視線を巡らせる。
暗闇の中にいる一族の人々へ、その言葉を叩きつけるように。
「在野の荒波を乗り越えた人材は、時に! エデンを上回る光を放つ! 出身だけで、その可能性を退けてよいのでしょうかッ!」
征人の声は、もはや説得を超え、聴衆の魂を揺さぶる咆哮へと変わっていた。
「ここにお集まりいただいた皆様も、全員がエデン出身者ではないでしょう。いや、むしろ、その数は少ないはずです!」
彼は畳みかけるように、さらに声を張った。
「皆様、思い出していただきたい。皆様ご自身、あるいは隣人、同僚、愛する家族だっていい……その中に、眩いばかりの『光』を感じた瞬間はなかったか!? 出身の違いなど霞むほどの、光り輝く才能に触れたことが――あるはずですッ!!」
征人の、魂を震わせるような演説が幕を閉じる。
直後、暗闇の向こう側から、地鳴りのような、割れんばかりの拍手が沸き起こった。
それは征人の訴えに応えるような、力強い響きであった。
韻氏は、征人の圧倒的な熱量に気圧されたように、バツが悪そうな表情で一度深く頷くと、手元の操作によって自身のスポットライトを消した。
光が消えたことを確認すると、征人は一転して、静かで礼儀正しい動作へと戻る。
彼は、先ほどまで声を張り上げていた男とは別人かと思うほどに、深々と頭を下げた。
「とはいえ――エデンの民は精鋭揃い。聖仁も未だ途上の身であると、私も自覚し、気を引き締めて指導して参る所存です。……マスター・韻氏、貴重なご意見をありがとうございました」
彼は再び顔を上げ、落ち着いた口調で問いかける。
「……他の方、ご質問はありますでしょうか?」
間をおかず、ポーンという電子音が響いた。
新たなスポットライトが別の場所を射抜く。
浮かび上がるのは、九十歳前後と思われる、深い皺を刻んだ老人の姿であった。
片手を力なく上げ、座したままのその男の顔からは、表情を読み取れない。
「マスター・仁氏、どうぞ」
征人の呼びかけに対し、老人――仁氏は、極めて緩慢な動作で口を開いた。
「……あー……守護者殿……。貴殿の、息子さん……ええと……なんといったかの……あー……せいじんくん? あってるかのぅ……」
その声は、風に吹かれる枯れ葉のように頼りなく、途切れがちであった。
「その、息子さんが……あたまがよくて、モテモテなのは……わかったがの……うらやましいのぅ……。ふふっ……かわいいオナゴだったわぁ……うーん……うらやましい……」
取り留めのない言葉が、重苦しい広間に漂う。
征人は最初こそ、その言葉を一言一句漏らさぬよう、真剣な眼差しで聞き入る。
しかし、時間が経過するにつれ、彼の眉間には深い皺が刻まれ、端正な顔立ちに隠しきれない苛立ちの色が滲み始め、端末を握る指先に、思わず力がこもる。
「……マスター・仁氏」
征人の声は、低く、冷ややかな温度を帯びていた。
「申し訳ありませんが、他の方もいらっしゃいますので。要点だけを、お願いします」
「なんと、要点? うーん……あんまりかわいいオナゴだったので、そのことばかり考えてたら……忘れてしまったわい。まってくれ……いまおもいだすから……うーん、なんだったか……ああ、そうそう。せいじんくんは、功夫は嗜んでいるのかな? 当主たるもの……自分の身を守るくらいの強さは欲しいのぅ……よわよわのやさおとこじゃ、モテんぞよ」
絞り出すように、極めて緩慢な口調で話し終える老人。
征人の端末を握る指先が、さらに力を増して白くなる。
彼は努めて冷静さを保ちながら、短く応じた。
「……功夫はともかく、スポーツに関しては多少の自信があるようです。テニスと水泳を好んでおり、テニスに至っては、国体への出場も果たしております」
征人の短い返答に、仁氏は目を見開き、大げさに身を乗り出した。
「なんと?! てにす! うーん、ゆるせぬぅ……頭が良くて、てにすもできるならぁ……もてもてなのは当たり前ではないか。あのかわいこちゃんも、めろめろじゃのぅ……うーん、うらやましい……」
再び、取り留めのない独り言を繰り返す老人。
征人の忍耐は、ついに限界を迎える。
彼は手元の端末を叩くように操作した。
仁氏を照らしていたスポットライトが、不意に消える。
「……マスター・仁氏。ご意見をいただき、ありがとうございました」
その強引な打ち切りに、周囲の観衆から戸惑いを含んだ小さなざわめきが起こった。
しかし、そのざわめきも、ほどなく静まった。
征人は一度、深く呼吸を整え、再び落ち着いた声で問いかける。
「……他の方、ご質問は?」
ポーン、という電子音が静寂を切り裂き、新たなスポットライトが暗闇のどこかを鋭く射抜いた。
そこに浮かび上がったのは、六十歳前後の初老の女性であった。
背筋を凛と伸ばし、一切の無駄のない洗練された装い。
その瞳には、冷徹なまでの理知が宿っている。
「マスター・李氏、どうぞ」
征人の呼びかけに応じ、李氏は静かに、しかし一言一言に確かな重みを持たせて口を開いた。
「クストス・オルビス殿。貴殿にお会いできて、光栄の至りです。……ご子息の輝かしい才能については、提示された資料からも十分に確認いたしました」
彼女は一度言葉を切り、その鋭い視線を征人へと向けた。
「ですが、私が疑問に思うのは――先ほど、溥氏が提起した点と同じです。世襲という前例を作ってまで、彼を『当主』として一族の頂点に据えなければならない理由は何でしょうか? 我らの一族は、当主のみならず、多種多様な才能を必要としております。その中で、あえて彼が当主でなければならない――その決定的な理由をお聞かせ願いたく」
理路整然とした、極めて真っ当な問い。
それは、征人の選定理由の核心を突いていた。
彼は、李氏の瞳を真っ直ぐに見つめたまま、動かずにその言葉を受け止める。
広間には、重苦しい沈黙が降りた。
数拍の間を置いて、征人はゆっくりと口を開く。
「聖仁を、他の職務ではなく……当主として一族に迎えたい理由」
その声は低く、震えを知らぬ強固な響きを持っていた。
「私自身は、それをよくわかっております。ですが――」
征人は一度言葉を切り、視線を落とした。
自らの確信を、どのような言葉で伝えるべきか。
「……それを李氏をはじめ、ここに集う皆様方に、納得させるに足る『言葉』を、今、自分の中で探しているというのが――正直なところです」
征人は、この会議に臨むにあたって、様々な問答のパターンを頭の中に構築し、シミュレートしてきた。
だが――聖仁という一人の青年を、この一族の頂点へと押し上げたいと願う最大の理由は、愛としか言いようがなかった。
結局のところ、これは息子可愛さなのか?
別にそれでも構わないと、征人は思っている。
しかし、他者にそれを明かせるはずもない。
自らの内にあるその一文字を、言葉として吐き出すことができなかった。
数拍の沈黙が流れる。
これ以上間を置けば、言葉に詰まっていると受け取られる。
征人が、無理にでも回答を紡ぎ出そうとした、その時だった。
頭上の巨大スクリーンが、征人の操作とは無関係に、重々しい駆動音を立てて天井へと吸い込まれていく。
同時に、李氏を照らしていたスポットライトがふっと消え、広間の一点へと新たな光が注がれた。
そこは、周囲を白いヴェールで囲まれた一角であった。
薄布越しに、人物のシルエットが、幽玄な影となって浮かび上がっている。
周囲が一斉にざわついた。
やがて、そのヴェールの向こう側から、抗いがたい威厳を孕んだ声が響き渡った。
「カリスマよ。理屈ではない……」
ざわめきが静まる。
その声は、低く、それでいて広間全体を震わせるような不思議な引力を持っていた。
「周囲の人々を巻き込み、惹きつけ、熱狂させる――それが天賦の才であろうと、血の滲むような努力の結果であろうと、呼び方は何でもよい。それこそが、当主に必要な能力なのだ」
ヴェールの向こうの人物は、嘲笑うかのように、あるいは慈しむかのように、言葉を紡ぐ。
「世襲? エデン? 在野? ……小さい、小さい。一族の当主が備えるべき条件は、ただ一つのみ」
その声が、決定的な宣告となって広間に降り注いだ。
「――『能力』。それだけよ」
謎の人物の言葉が、広間の空気を凍りつかせた。
直後、六つの新たなスポットライトが、まるで意志を持つ生き物のように暗闇を切り裂き、一斉に灯った。
その光の中に浮かび上がったのは、六人の男女であった。
彼らは皆、一様に深く、敬虔なまでの礼を捧げ、ヴェールの向こうの人物へと頭を垂れていた。
征人もまた、それに倣い、深く頭を下げる。
(……グランド・マスター!)
征人は、頭を下げたまま、心の内で毒づいた。
(滅多に表に出てこないくせに! 一体どんな意図があって俺を援護しやがる……。相変わらず、不気味な野郎だ)
七人の元老委員に序列はない――それはあくまで表向きの理屈である。
実質の最上位者といってもいい存在が、このグランド・マスターであった。
年齢も素顔も知られていないが、マスター・仁氏が生まれた時には、既に老人だったという噂すらある不気味な存在。
声だけでは若いのか年寄りなのかも判然とせず、その底知れぬ深淵のような響きが、再び広間に降り注ぐ。
「クストス・オルビス殿」
その声は、冷徹なまでに静かであった。
「貴殿の時も、そして貴殿の前の当主の時も……当主を決める決定打は、常に『カリスマ性』の有無であった。だが――それは理屈で測れるものではない。……目だ」
「目」という言葉が放たれた瞬間、周囲から地鳴りのようなざわめきが起こる。
グランド・マスターは、たっぷりと間を取った。
その間にざわめきが薄れ、静寂が、より一層の緊張を強いていく。
「ご子息、聖仁殿の瞳を……私は見た」
一言、その声に重みが加わる。
「現当主と同じ、内に秘めた凄まじき意志の力。それを、確かに感じ取った。これは血の繋がりや、遺伝といった矮小な理屈ではない。この魂が放つ『意志の光』は……人の上に立つ運命を背負いし者だけが、その瞳に宿すものなのだ」
理屈では裏付けられない、神秘的で、あまりに強引な断言。
その断言に、広間が再びざわめいた。
しかし、そのざわめきも、やがて静かに収束していく。
それは人々が納得したからか、あるいはグランド・マスターの放つ圧倒的な威圧感に気圧された結果なのか――判別はつかなかった。
ただ一つ、確かなことがあった。
言葉を探しあぐねていた征人は、その一言によって窮地を救われたのである。
「未だ多くの候補者が存在しており、現時点で断定を下すことはできぬ……だが、次代の王の候補者として、聖仁殿は相応しき器を備えている。守護者殿、実に見事なプレゼンテーションであった。私からは以上だ」
グランド・マスターの言葉が、重厚な幕引きのごとく広間に響き渡る。
直後、その場を支配していた不気味なまでの威圧感とともに、グランド・マスターを照らしていたスポットライトが、音もなく消えた。
それと連動するように、六人の元老委員たちを照らしていた光も、一斉に消える。
広間には再び、ただ一点の光だけが残された。
中心に立つ征人、その一人の男だけが、静寂の中に浮かび上がっている。
「……グランド・マスター。聖仁への深いご理解と、格別なご厚意に、心より感謝申し上げます」
征人は、ヴェールのある方角へ一礼した。
そして顔を上げると、暗闇の向こう側を見据え、静かに問いかける。
「……他の方、ご質問はありますでしょうか?」
数拍の間が流れる。
しかし、先ほどまで鳴り響いていた電子音は聞こえてこない。
征人は、なおも数拍、沈黙の重みを見守るように待ち、新たな発言を望む者がいないことを確認した。
彼は一度、深く息を吸い込み、その声を会場の隅々まで届くような、力強い響きへと変えた。
「……それではッ! 本日の後継者プレゼンテーション会議は、これをもって閉会といたしますッ!!」
征人の宣言が、広間の天井に反響する。
「皆様、ご多忙の折、本会議へ参画いただいたことに深く感謝いたします! ……ありがとうございましたッ!!」
その声とともに、暗闇の奥底から、地鳴りのような、熱狂的な拍手が沸き起こった。
それは、会議の終わりを告げる、重厚な喝采であった。
征人は、その拍手を受け止めるように、片手を静かに掲げた。
スポットライトの光が、その姿を鮮やかに照らし出していた。




