第三話 笑顔
都内屈指の広さと格式を誇る、某ホテルの結婚式場。
高く聳える天井から降り注ぐ光は、磨き上げられた大理石の床に反射し、会場全体を神聖な輝きで満たしている。
続々と集まるのは、政財界の重鎮から芸能界のスターまで、各業界の要人たちだ。
華やかなドレスや厳かなタキシードに身を包んだ若者たちのグループが、その喧騒の中に混じり、会場の熱気をさらに高めていく。
朝九時という早い時間であるにもかかわらず、そこに集う人々は皆、一様に晴れやかな表情を浮かべていた。
現在の国内最大の注目イベント――『一色カレンと清水聖仁の結婚式』に立ち会えるという、誇りに似た悦びに満ちて。
新郎新婦控室には、外の喧騒が嘘のような、静謐で温かな空気が流れていた。
窓から差し込む柔らかな陽光を背に、カレンの両親である福崎豊と歩は、愛娘の晴れ姿を、ただただ慈しむような眼差しで見つめている。
その傍らには、新郎の母、清水恵子が静かに佇んでいた。
恵子は、震える手で、カレンの手を包み込むように取った。
その瞳には、祈りにも似た深い情愛が宿っている。
「カレンさん、息子を宜しくお願いしますね。あの子は頭の良い子だけど、小さい頃から前ばかりみていて、よく転ぶ子でした。そんな時は、どうか、支えてあげてくださいね」
掠れるような、それでいて芯の通った声。恵子の言葉は、静かな祈りのように控室に溶けていった。
四十一歳の小柄な女性でありながら、年齢を感じさせない、凛とした美貌。
かつて地方局のキャスターとして活躍し、ファッションモデルも務めた彼女は、今もなお、その立ち居振る舞いに気品を漂わせている。
二十九歳のカレンと並んでも、姉妹にしか見えないほどに、その肌は瑞々しく、美しさに満ちていた。
カレンの瞳から、熱いものが溢れ出した。
新しい家族を迎え入れる喜びと、震えるような感動が、その胸に満ちていた。
「はい、勿論ですわ、お義母様」
カレンは、涙に濡れた瞳で、慈愛に満ちた義母を見つめ返した。
その声は、決意を込めた誓いのように、静かに、しかし力強く響いた。
「聖仁は、よくお義母様の事を心配していました。これからは家族として、こちらこそどうか、親しくしてくださいね」
傍らで見守っていたカレンの母、歩が、穏やかで温かな声で口を開いた。
「恵子さん、この子は昔から気が強くて……田んぼのカエルを欲しがったかと思えば、ランドセルを背負ったまま泥まみれになって追いかけ回すような子なんです。聖仁さんの奥様として、本当にふさわしいのか、少し心配で」
「ちょっと!お母さん!やめてよ!」
純白のドレスに身を包んだカレンが、顔を真っ赤にして声を上げた。
「それ小学生の時の話でしょ!あのときは、どっちが早く捕まえられるか、競争してたから仕方なく……そういうことじゃなくて!もうっ!」
膨れっ面で顔を背ける彼女の頬は、羞恥と抗議で朱に染まっている。
その様子を見て、父・豊が間をとりもつように話し始めた。
「心配性だなぁ母さんは。大丈夫!加恋は昔っから、優しい子だぁ。そのカエルだって、三年も飼ってたじゃないか。それだって、倍ぐらいに大きくなって飼えなくなって、仕方なく田んぼに離したんだ。わはは!」
父のフォローが余計に事態を悪化させていることに気づき、カレンは言葉を失った。
俯いたまま、熱を持った顔を隠すように黙り込む。
恵子は、そんなカレンを見つめ、深い慈しみを込めてその肩を抱き寄せた。
「よかったわ……」
震える声で、恵子が囁く。
「貴方が、こんなに優しい御両親に愛されて、育った方で。聖仁をお任せするのに、相応しい女性で。ありがとう」
「お義母様……っ!」
カレンの瞳から、堰を切ったように涙が溢れ出した。
二人の女性は、互いの温もりを確かめるように強く抱き合い、声を殺して泣いた。
その光景を見守る両親の目にも、熱いものが込み上げていた。
控え室の扉が静かにノックされ、聖仁が姿を現した。
純白のドレスに身を包んだカレンを見つめ、その顔に笑みが広がる。
「カレン、準備はできたかい?……綺麗だよ、カレン!試着したときより、何だか輝いて見えるよ!」
カレンは、そんな彼を見つめ返し、愛おしげに微笑んだ。
「ありがとう、聖仁。貴方も素敵よ。そのタキシード、良く似合ってるわ。体格がいいから、すこし張ってる気はするけど、ダボつくよりはいいわね。うふふ」
互いの装いに見惚れ、言葉を交わす二人。その幸福な空気に包まれながら、豊が茶目っ気たっぷりに口を挟んだ。
「それにしても、聖仁君は婿というより、孫が来たような若さだな!恵子さんも、娘さんと言っても差し支えない年齢だし……なぁ、母さん?」
六十七歳の豊と、六十五歳の歩。
四十一歳の恵子、そして二十歳の聖仁。
そこには、明らかに世代の異なる、重層的な家族の時間が流れていた。
「本当にねぇ」
歩が、慈しむような笑みを浮かべて応える。
「まるで娘と孫が一緒に来てくれたような、そんな心境だわ。幸せねぇ、お父さん」
五人の間に、温かな笑い声が溶け合っていく。
窓の外に広がる喧騒さえも遠く感じられるほど、そこには穏やかで、満ち足りた時間が流れていた。
***
親族だけの厳かな挙式を終え、いよいよ披露宴の開始時間となった。
暗転。会場の熱気が一瞬、静寂へと沈み込む。
重厚な旋律が、地を這うような低音とともに響き渡り、その音圧が空気を震わせた。
次の瞬間、奔流のようなスポットライトが、会場の中央を貫く。
光の柱のなかを、新郎・清水聖仁と、新婦・一色カレンが歩み進めてきた。
「……来た!」
「なんて美しいんだ……」
祝福の咆哮とも取れる歓声が、天井を突き抜ける勢いで沸き起こる。
二人の姿は、神々しいまでの輝きを放ちながら、祝祭の舞台へと進んでいった。
二人が席に着くと、斬新かつ華やかなイベントが次々と展開された。
披露宴の演出は、聖仁が率いるAI事業会社の手によるものであった。
ゲストたちの視線と興味を、一瞬たりとも離さない。
会場の至る所に配された巨大なスクリーンは、二人の姿、その一瞬の表情、
そして祝福の光景を、あらゆる角度から鮮明に映し出し、空間全体を一つの壮大な物語へと変貌させていく。
マスコミのフラッシュは、降り注ぐ星屑のように、絶え間なく二人を追い続けた。
記者の慌ただしい足音と、カメラのシャッター音が、祝祭のテンポを刻んでいく。
二人の周囲では、拍手が途切れることなく、地鳴りのように響き続けている。
老若男女、この歴史的な瞬間に立ち会うすべての人々が、興奮と高揚の渦の中に身を委ね、
ただただ、新しく結ばれた二人の輝きを見つめていた。
***
祝祭の宴は、淀みなく進んでいった。
司会者の進行に合わせ、会場には華やかな演出が次々と繰り広げられる。
この場に来られなかった人々からのメッセージも読み上げられ、中にはひょうきんな人物によるビデオ挨拶も含まれていた。
画面越しに届く冗談めかした言葉と、それに応える笑い声。
会場は、祝福の熱気と和やかな高揚感に包まれ続けていた。
「では次に、新郎のお父様であり、株式会社ヒューマンリンクゲートの代表取締役を務めていらっしゃる、清水征人様より、メッセージをいただいております」
父の名を耳にして、聖仁とカレンは思わず身構えた。
会場全体は、依然として温かな祝福の空気に満ちていた。
人々は笑顔を浮かべ、新郎の父から届くメッセージを待っている。
その中で、二人は隣り合って座ったまま、これから届く言葉を緊張とともに待つ。
「あ……お待ちください……あぁ! なんと、メッセージですが、海外視察中の御本人から、直接ライブ映像通信をご希望との事です。会場のスクリーンに映し出す準備をいたしますので……皆様、しばしお待ちくださいませ」
司会者の言葉に、会場が僅かにざわめいた。
聖仁は、隣に座るカレンの手を優しく握り、自らの緊張を隠した。
(ライブメッセージだって? 父さん、一体何を言うつもりなんだ……!? ……いや、考えすぎか。当たり障りのない、お祝いの言葉だろう)
聖仁は自分に言い聞かせるように、努めて冷静を装った。
スタッフが慌ただしく動き回り、数分後、巨大なスクリーンに映像が映し出された。
しかし、そこに現れたのは、父・征人の顔ではなかった。
画面に映るのは、全身を黒く塗りつぶしたような人影だった。
頭や手足の輪郭は分かるものの、顔立ちも服装も見えない。
その周囲では、何かの作業か、あるいは紛争地特有の喧騒のような、荒々しい音が響き渡っていた。
黒い人影から、低く、それでいてどこか苛立ちを含んだ声が漏れ聞こえてくる。
「あーあー、聞こえますか? 聖仁、カレンさん、ご結婚おめでとうございます。心より祝福します……オイ! ゴメス! こっち入ってくるなって言ったろう! 今息子と話してるんだっ!」
突如として、人影の背後から何かがぶつかるような音と、騒がしい声が割り込んできた。
「……失礼しました、私は今、ミャンマー北部で映画の撮影を手伝っています。人材派遣の一環で、こういうお手伝いをすることもありまして……ゴメスっ! いい加減にしろ!」
荒々しく、しかしどこか楽しげな父の声が、会場に響き渡った。
映像が、突如として混沌の渦へと変貌する。
画面を割って入ってきたのは、ゴリラを彷彿とさせる、岩塊のような巨躯を持つ男だった。軍服に身を包み、その顔には戦場特有の血と泥がこびりついている。
彼は黒い人影――征人に向かって、地を這うような怒声をまき散らした。
「ボスッ! 二人撃たれましたぜっ! このままじゃ持ちません、劣勢です! 遊んでねえで加勢してくださいよっ!」
男は銃を構え直しながら、豪快に笑い飛ばす。
「撃たれた一人は、アンタの情婦のライザだ! アイツの喘ぎ声がテント中に響き渡って、煩くてかなわなかったぜ……おかげで俺としては助かったがな! がははは!」
「……私も、映画の端役をいただいておりましてね。兵士の役柄なのですが、どうにも周囲の同僚たちが荒っぽくて困るんですよ。ははは……おい! ゴメス! 入ってくるなって! もう少ししたら、俺が全員片付けてやる! 粘ってろと言ったはずだ!」
征人の声は、戦火の喧騒の中でも驚くほど冷静で、どこか楽しげですらあった。しかし、ゴメスの怒号は止まらない。
「だから! 相手が多すぎて余裕がねえっつってんだ! さっきから何してやがるんですかい!?」
「息子の披露宴なんだ!少しでも顔を出さなければならんのだよ!」
「アンタの下手な冗談はもう聞き飽きてるんだ! とにかく時間ねぇぞ! お望み通り、もう邪魔しに来ねえよ! 俺もそろそろ死体に変わる頃だからな! 母ちゃんに給金、きっちり届けといてくれよ! がはは!」
ゴメスはそう言い捨てると、弾丸の雨の中へと飛び出していった。
直後、画面が激しく揺れ、鼓膜を突き破らんばかりの爆発音が響き渡る。
続いて、絶え間ない銃声が会場の静寂を切り裂いた。
「ゴメス……すまん、成仏してくれ」
征人の低い呟きが聞こえた。
そして、彼は何事もなかったかのように、再び淡々とした口調に戻る。
「ああ、申し訳ない! ええと、どこまでいったかな。とにかく、心から祝福します」
画面の中の黒い影は、爆炎を背に、ただ静かに祝福の言葉を紡ぎ続けていた。
ゴメスが去った直後、画面の端から一人の女性が、弾丸を弾き飛ばすような勢いで割り込んできた。
軍服に身を包み、その瞳には戦場を生き抜いてきた獣のような鋭い光を宿した女性だ。
彼女は黒い人影に向かって、勝ち誇ったような声を張り上げた。
「ボスッ! ゴメスがやってくれた! 投げたパイナップルが、近くの弾薬を誘爆させたみたいだ! 一気に優勢になったぜ!」
女性は肩をすくめ、豪快に笑い飛ばした。
「ゴメスは全身やけどしちまったけどな! わははは!」
「なに?! よくやったゴメスっ! これでまだ話せるな!後は頼んだぞ!エリン!」
「あんまり遊んでるなよ! あ、ライザも助かったみたいだけど、あれじゃしばらくアンタの下の世話、できないだろうな! アタシでよければ、また毎日抱かれてやるよ! わはは!」
エリンは、そう言い残すと、再び爆煙の中へと消えていった。
画面には、依然として激しい銃声が響き渡っている。
征人は、ふう、と小さく息を吐くと、何事もなかったかのように、再び落ち着いたトーンで語り始めた。
「……えー。どうやらまだ、話せそうな状況のようですので、お祝いの続きを。
私の姿ですが、今、企業の広告が入った衣装を着ておりましてね。大人の事情により、このままでは姿をさらすことができません。ご容赦ください」
黒いシルエットのまま、彼は淡々と、しかしどこか楽しげに、祝福の言葉を紡ぎ続けていた。
披露宴会場は、常軌を逸した映像の奔流に、静まり返っていた。
爆炎、銃声、そして戦場を駆ける兵士たち。
そのあまりにも非日常的な光景に、誰もが言葉を失い、物音ひとつ立てることができない。
静寂は重く、凍りついたように会場の空気を支配していた。
「……すみません」
画面越しの征人の声が、沈黙を割った。
背景では依然として爆発音が鳴り響き、硝煙の匂いが漂ってきそうなほどだが、彼の声だけは驚くほど平然としている。
「実はそちらの披露宴会場に、私の部下もおりまして。現在の会場の状況は、把握できております。何かシラけさせてしまいましたね」
会場に、微かなざわめきが広がる。
征人は、まるで談笑でもしているかのような軽妙な口調で言葉を続けた。
「少し派手で下品な映画ではあるのですが、仕事が選べる立場でないのが悲しいです。ははは」
征人は、さらに追い打ちをかけるように笑った。
「私の姿が、そちらでどのように映っているかも分かっております。……名女優のカレンさんほどではないにせよ、どこかの名探偵が追う犯人役くらいなら、務まりそうですな!」
そのおどけた台詞が、張り詰めていた空気を一気に引き裂いた。
直後、会場は爆発したような笑いと、安堵の拍手に包まれた。
温かな祝福の気配が、披露宴の場を再び華やかに彩り始めた。
征人の軽妙な話術が、会場の空気を支配し、笑いの渦を巻き起こしている。
福崎夫妻もまた、明るい表情で手を叩き、笑い声を上げている。
だが、聖仁とカレン、そして恵子は確信していた。
あの映像はフィクションではない。本物の戦場なのだと。
聖仁は、母、恵子へと視線を向けた。
彼女は微笑みを浮かべ、周囲の笑いに合わせているようだった。
そして、聖仁はカレンを見た。
彼女は笑顔で、スクリーンの映像を見つめている。
だが、テーブルの下で繋いだ手は、嘘をつけなかった。
カレンの手は緊張で微かに震え、その動きが、触れ合う指先を通じて伝わってきた。
(父さん……貴方は一体、何者なんだ……!?)
ミャンマー北部の、荒れた場所からの通信。
背景で鳴り響き続ける、爆音や銃声。
しかし征人の軽妙な語り口の前では、まるで舞台の演出の一部であるかのように感じられた。
「聖仁はね、幼い頃から頑固一徹で、実に真面目な男でしたよ。十八歳になるまで、女性の手を握ることすらなかった! バレンタインのチョコだって、『受け取る理由がない』なんて真顔で断って、相手の女の子を泣かせてしまう始末でしたからね」
征人の、どこまでも軽快で、人を惹きつける声が会場に響き渡る。
その一言一言が、新郎の意外な過去を暴き出し、会場の笑いを誘った。
「あはは! 本当にそうだったの?」
「なんて真面目なの……!」
ゲストたちの間から、感嘆と笑いを含んだ声が次々と上がる。
本来ならば、新郎の結婚式という晴れ舞台に、父親が欠席している事。
そして、戦場のような荒々しい場所で仕事をしていることは、無責任あるいは不穏な印象を与えかねない要素だった。
しかし、征人の圧倒的なカリスマ性と、息子への愛着を感じさせるおどけた話術は、そうした印象を吹き飛ばしてしまった。
今や招待客の間では、征人への悪印象もすっかり薄れ、人々はこの「遠い場所から届く父のメッセージ」に魅了されていた。
新郎・聖仁の不器用な過去と、それを見守ってきた父の情愛。
その物語は、戦火の背景とともに、華やかな披露宴の記憶へと溶け込んでいった。
「……そう。十八歳までね」
征人の声が、少しだけ低く、慈しむような響きを帯びた。
「心配になった私は、一つ、おせっかいをすることにしました。当時、彼が心を奪われていた『盲目の天使』という映画。その映画で主演を務めていらした一色カレンさんと、何とか息子を引き合わせられないかと……会場にいらっしゃるかな? カレンさんと縁が深い、事務所の社長さんに、おねだりしたのです」
その告白に、驚きと、そして二人の出会いへの感嘆が混ざり合った、どよめきが波のように広がる。
そんな中、一人の男性が、ゆっくりと立ち上がった。大手芸能プロダクションの社長だ。彼は画面越しの征人に会釈を送った。
「ああ、いたいた! 社長さん、あの時はありがとうございました。今度また! おまんじゅうを袖の下に入れときますので!」
「おまんじゅう」という言葉を、まるで極上の賄賂でも勧めるかのように、意味深に強調して笑う征人。
その茶目っ気たっぷりの言い回しに、会場は盛大に沸いた。
「わははは!」
「おまんじゅうですって!」
爆発的な笑いと、割れんばかりの拍手が、披露宴の場を再び熱狂の渦へと叩き込む。
「願いは実現しました」
征人の声が、再び少しだけ低く、そしてどこか愉悦を含んだ響きに変わった。
「聖仁に、変化が現れたのです。エッチな本がベッドの下に一つもない、勉強道具と参考書だけの、男子らしからぬ彼の部屋に……なんということでしょう! カレンさんの麗しいグラビア本が置かれたのです!」
その告白は、会場中の笑いのツボを突いた。
新郎・聖仁の、あまりにも清廉で、あまりにも不器用な少年時代の姿。
「あはは! 聖仁君、本当にそんな感じだったの?」
「なんて可愛い子なの……!」
会場中が、新郎新婦の愛の物語に酔いしれ、笑いの渦に飲み込まれていく。
その中心で、聖仁は父の声を聞いていた。
遠い異国の地から、姿も見せず、ただ言葉と笑いだけで、会場中を支配する。
その一人の男の、底知れない大きさ。
聖仁は、話術のみで人々を惹きつける父の力を見せつけられ、戦慄せざるをえない。
「……おっと! これ以上は聖仁に、『余計なことを言うな!』と怒られてしまいますね。長話は終了です。皆さま、お騒がせしました。若い二人を、どうか温かい目で見守ってやってください」
征人の声からおどけた調子が消え、一瞬の静寂が訪れる。
その直後、彼は再び、今度は祝福の重みを持たせて言葉を紡いだ。
「改めて……聖仁、カレンさん、結婚おめでとう。どうか、幸せに」
会場全体が、その真摯な響きに包まれる。
しかし、征人はそこで止まらなかった。
「父はミャンマーの神聖な山奥で、立派に戦死いたします! ……あ、これは冗談にならないですね! ご心配なく! 今、撮影が終了して、大急ぎで羽田に向かっている最中ですので! 間に合うかな~? 間に合えばいいなぁ……! 聖仁君! パパ、全力で間に合わせるからねっ!!」
突如として放たれた、あまりにも強引で、あまりにも明るい宣言。
会場は、最後の一言とともに、地鳴りのような歓声と熱狂に包まれた。
征人のスピーチが終わり、画面の中の黒い影が消える。
会場には熱狂の余韻と、どこか現実離れした高揚感が漂っていた。
しかし、その華やかな喧騒のなかで、新郎新婦の両親たちの間では、別の話題が交わされていた。
「実に!面白い方ですね、お父上は!」
「ええ、本当に……。普段はどのようなお仕事をされているのかしら? あんなに派手な場所におられるなんて」
福崎夫妻は、興奮冷めやらぬ様子で、聖仁の母・恵子へと質問を浴びせかけていた。
恵子は、その質問攻めに困ったような笑みを浮かべている。
人材派遣業界において、一定の知名度を持つ中堅企業の社長。
――それが、世間が知る「清水征人」という男の、表向きの顔である。
もちろん、聖仁の父は、それだけの人物ではない。
華やかな照明に照らされた会場で、聖仁とカレンは、周囲のゲストへ笑顔を向けていた。
だが、テーブルの下で繋いだ手には、互いに強く力を込めている。
聖仁の父・征人に対する、得体の知れない不安と恐怖を、分かち合うかのように。




