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可愛いって言って欲しいです

「それでは、一年三組の女の子はーー!?」


 司会の声が体育館に響く。


「どうぞ!!」


 僕は袖のカーテンを抜けて、ステージに向けて一歩踏み出した。


 眩しい。スポットライトが真上から降ってきて、客席は白く霞んでよく見えない。それでも足は止めなかった。


 もう怖くない。


 もし受け入れられなくても、蓮は僕に似合ってるって言ってくれたんだ。それだけで、僕はここに立っていられる。


 裾がふわりと揺れて、膝の下をくすぐった。


「――え、あの子可愛くね?」

「うそ、めっちゃ可愛い」


 ざわめきが、波みたいに広がっていく。頬が熱くなって、僕はマイクスタンドの前で足を止めた。


「それでは、名前を教えてください!」

青野伊織あおのいおりです」

「好きな食べ物は?」

「え、と。あ! 最近たこ焼きを食べました」

「美味しいですよね! ソースは濃いめ派ですか?」

「濃いめです。あと明太子も欲しいです」

「わかる〜!!」


 司会の先輩が本気で頷いている。客席から笑いが起きた。


「趣味はありますか?」

「え、と。ゲームが好きです」

「なんのゲームですか?」

「みんなでモンスターを狩りに行くやつです!」

「え、待って可愛い!今度俺と一緒に行こうか」

「こら! 司会者でしょうが!」


 もう一人の司会がマイクで頭を叩く音がして、体育館がどっと沸いた。


「すみません、うちの相方が。ちなみに武器は何を使うんですか?」

「片手剣です!ちっちゃくて可愛いのが好きで」

「伊織さんみたいですね」

「え!?」


 わあっと歓声が上がる。何がそんなにおかしいんだろう。首をかしげたら、客席の前の方から「かわいい〜!」という声が聞こえて、余計にわけがわからなくなった。


「じゃあ、最後に一言お願いします!」


 深く息を吸う。


 この体育館のどこかに蓮がいて、僕を見てくれている。そう思うと、言葉は自然に出てきた。


「……あの、僕がこんなところに立ってるの。本当に夢みたいで」


 体育館が、静かになった。


「僕、ずっと自信がなくて。こういう服も、着られないと思ってました。でも今日ここに立てたのは、僕を推してくれたクラスのみんなと、それを支えてくれた二人の友達のおかげです」


 握ったマイクが、少しだけ震える。


「いつもありがとう。大好きです」


 拍手が、どっと押し寄せた。


「以上、一年三組の伊織さんでした!」


 ※


 出番が終わって控室に戻ると、紗奈が扉のところで待っていた。


「紗奈」


「やっぱり大丈夫だったでしょ?」


 腕を組んで、得意げに笑っている。僕は思わず駆け寄って、その手を握った。


「うん。ありがとう紗奈」


「ううん。私も大好きよ、伊織」


「っ! ちょっと恥ずかしくなってきた」


「もう取り消せないからね。ほら、来なさい」


 紗奈が僕の髪を撫でて、崩れかけた毛先をそっと整えてくれた。


 ※


「結果発表します!」


 袖のカーテンの陰で、名前が順番に呼ばれていくのを聞いていた。


 正直、順位のことはあまり考えていなかった。僕の頭にあるのは、終わった後のことだ。

 もう一回、蓮に見てもらいたいな。ちゃんと明るいところで、正面から。それで、たくさん話したい。

 そして、頑張ったねって言って欲しいな。


 それから。


 それから――


「第二位! 一年三組の青野伊織さん!」


「え、え?」


 聞き間違えかと思った。もしかして、僕を呼んだの?


「ほら、行って来な、伊織!」


 紗奈にぐいっと背中を押される。よろけながらステージに出ると、割れるような拍手と歓声が飛んできた。


「おめでとうございます!」

「あ、ありがとうございます」

「やっぱり三位以内に入ると思ってました!」

「お前、他の女の子に殺されるぞ」

「あ、冗談冗談! みんなに投票しましたよー!」


 笑い声の中、司会の先輩が改まった調子で言った。


「それでは伊織さん、ミスコン恒例のメッセージタイム、どうぞ!」


 マイクを手渡される。


 ――そうだ。これって、告白したら成功するってやつ、だよね。


 体育館が静まり返った。何百人もの目が、僕ひとりを見ている。


 心臓がうるさい。指先が冷たい。喉がからからだ。


 告白、しちゃおうかな。ずっと好きでしたって。きっと今なら受け入れてくれるのかもしれない。


 でも。


 廊下で握ってくれた手の感触を思い出す。似合ってる、って真っ赤な顔で言ってくれた声を思い出す。


 僕が、ずっと言われたかった言葉を思い出す。


 マイクを両手で持ち直した。


「あ、の」


 声が震える。それでも、続けた。


「一年四組、の」


「え、四組?」「うそ、告白?」


 ざわ、と空気が動く。


神代かみしろ、蓮君に」


 体育館じゅうの視線が、一斉に一方向へ向いた。客席の中ほど。固まっている背の高い男子と、その周りで目を剥いている男子たち。何人かは、明らかに殺気立った目で蓮を睨んでいる。


 僕は目を閉じて、息を吸って。


「可愛いって、言ってほしい、です」


 一拍の沈黙。


 そして。


「うわああ!! 蓮君!! 早くステージに!!」


「行け行けー!!」


「押すな! いて! 痛いって! 押すな!」


 男子たちに担がれるようにして、蓮が通路を押し出されてくる。真っ赤な顔で、髪はぐしゃぐしゃで、まるで生贄みたいな有様だった。


「もういいって! 自分で歩けるから!」


 ステージの階段を上がり、僕の隣に立つ。マイクが押し付けられた。


 至近距離で目が合う。


 僕は今、どんな顔をしているんだろう。


 緊張と嬉しさと恥ずかしさで、目が潤んでいるのが自分でもわかる。

 きっと、真っ赤になっていると思う。

 それでも僕は蓮から目を逸らさなかった。


 蓮が、息を呑む音がした。


「……ずりぃ、それ」

「え」

「もう、客席見んな」

「それって、どういう」


 蓮はマイクを口元に運んで、僕を見つめながら言った。


「可愛いよ。伊織」


 体育館が爆発した。

 悲鳴とも歓声ともつかない声が天井を揺らして、拍手が津波みたいに押し寄せる。


 僕はというと。


 熱くなった目元を隠すこともできないまま、その場に立ち尽くしていた。


「……えへへ」


 我ながら間抜けな声が出た。


「なんだよ、それ」

「だって、嬉しくて」


 スポットライトはまだ僕らを照らしていて、拍手はいつまでも鳴り止まなかった。

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