一番に見て欲しい
放課後の教室に、紗奈が去年のミスコンの写真をずらりと並べた。蓮まで呼び出されて、三人で机を囲んでいる。
「わぁ。みんな可愛い」
「そうだな」
「むー」
「え、何で急に怒るんだよ」
「今のは蓮君が悪いわ」
紗奈が容赦なく切り捨てる。
どの子も、スカートを穿いている。ふわりと広がるチュールのもの、ぴったりと脚に沿うもの、それから――うわ、こんな短いのあるの? 太ももが半分くらい出ている。ステージの上で。全校生徒の前で。
僕は自分の膝に目を落とした。スラックスに包まれた脚は、我ながら細い。この体になってから太ももに肉がつかない。紗奈にはよく「羨ましい」と言われるけど、僕からしたら心もとないだけだ。
「伊織は気になる衣装ある?」
「そうだなあ」
写真を一枚ずつめくっていく。指が止まったのは、白い襟のついた淡い水色のワンピースだった。
「あー、確かに可愛いわね」
「うん。憧れる」
本当に可愛い。いつかこんな服を着てみたいと思う。
でも、だめだめ。僕は男の子だったんだから。みんなから引かれちゃう。
「別に、着てみたらいいんじゃねーの?」
「え?」
「わお」
紗奈が口笛でも吹きそうな顔をする。蓮は写真から目を逸らしたまま、頬をかいていた。
「お前が着たいんなら着ろよ」
「だって、」
言いかけて、言葉が喉に詰まる。だって僕は男の子で、だって似合わないかもしれなくて、だって笑われるかもしれなくて。理由はいくらでもあったはずなのに、
「……」
蓮がこちらを見つめている。僕の考えていることを一生懸命、わかろうとするみたいに。
――僕が本当に聞きたいことは、たったひとつだ。
「蓮、僕、似合うかな」
蓮の目が一瞬大きく開く。僕から目を逸らして答える。
「……まあ」
「……」
それきり、二人とも黙ってしまった。夕方の教室に、遠くの吹奏楽部の音だけが流れてくる。
それって、蓮は似合うって思ってくれてる、てことでいいんだよね?
耳が熱い。
「はいはい!」
紗奈が手を叩いて、写真を一枚抜き取った。
「このワンピース着てる先輩、私知ってるから、どこで買ったか聞いといてあげるわ」
「あ、ありがとう紗奈」
「解散解散。あとはお二人でどうぞ。キスまでにしときなさいよ!」
「ちが、そんなんじゃねーよ!」
そう言い残して、紗奈は本当にさっさと教室を出ていってしまった。
※
さっきの会話が尾を引いて、帰り道はやけに静かだった。
商店街のアーケードに入っても、僕らはお互い斜め前あたりを見て歩いている。
何か話さなきゃ。でも、言葉が出てこない。
「お、この漫画新しいの出てるじゃん」
蓮が立ち止まったのは、本屋の店先だった。平積みの棚に、見覚えのある背表紙が並んでいる。
「え、どれ?」
覗き込んで、思わず声が出た。小学生の頃、二人でよく読んでいた漫画だ。どっちかが買って、放課後に二人で顔を寄せ合って読んだ。ページをめくる速度が違って、いつも僕が「まだ読んでる!」と怒っていたっけ。
「買ってくか」
「いいねー! じゃあ、いつものする?」
「おう」
いつもの、というのはジャンケンだ。負けた方が買う。単純だけど、小学校の頃からずっとこのルール。
「最初はグー、じゃんけん――」
「うわ、俺かよ!」
蓮がパーを出した手を情けなく開いたまま固まる。
「やった! 僕の勝ち!」
「お前ジャンケン強すぎだろ」
「へへへ、日頃の行いだよ」
文句を言いながらも、蓮はレジへ向かっていく。その背中を見ていたら、さっきまでの気まずさがどこかに溶けていた。
よかった。この距離感だ。僕らの心地よい距離感。
袋を提げて店を出て、また並んで歩き出す。今度は自然に会話が続いた。あの漫画の続きがどうなるとか、あのキャラは死んだと思うとか、そんなどうでもいい話を。
信号待ちで足を止めたとき、僕はふと口を開いた。
「さっきの話だけどさ」
「ん」
「僕、ずっとスカートは避けてきたから自信なくて」
蓮は何も言わずに次の言葉を待ってくれていた。
「でも、蓮が見てくれるなら多分、大丈夫だと思う」
自分の声が、思ったより小さくなった。
「僕が衣装着たら、一番に見てくれる?」
蓮がこっちを見た。ほんの一瞬だけ迷うみたいに視線が揺れて、それからまっすぐに僕を捉える。
「ああ。見るよ」
信号が青に変わった。
「ほんと? 絶対だからね!」
僕は思わず笑って、一歩先に踏み出した。後ろから漫画の袋を提げた蓮が、いつもより少しゆっくりついてくる。
夕日が長い影を二つ、並べて伸ばしていた。




