僕が、ミスコン?
六時間目の終わり際、黒板の隅に大きく「文化祭」と書かれていた。
議題はとっくに出し物の話を終えて、最後の一項目に差しかかっている。委員長がチョークを持ったまま、教室をぐるりと見回した。
「それじゃあ、うちのクラスのミスコンは伊織さんが出場でいい?」
「賛成ー!」
一斉に手が上がった。前も後ろも、窓際も廊下側も。誰ひとり迷った様子がない。
え。
「え、僕!? 僕、出てもいいの?」
「みんながいいって言ってるんだから、いいんじゃないの?」
隣の席から紗奈がしれっと言う。委員長はもう黒板に僕の名前を書き始めていた。
ミスコン。可愛い女の子を選ぶやつ。
「だって紗奈。僕、男の子だったんだよ?」
「今は女の子でしょ? ほら」
紗奈が僕の体をフニフニ触ってくる。
「や、やめてってば!」
「おー逃げちゃって。あんたはちゃんと女の子なんだから、胸張って出な!」
「うう。胸あんまりないの知ってるくせに」
自分の体を見る。
元々細い体だったからか、僕はあまり肉つきが良くない。
一応、あるにはあるけど。自慢できるくらいじゃない。
「伊織」
「え?」
気が付くと、しん、と教室が静まり返っていた。
男子たちが全員、揃って窓の外を見ている。グラウンドの方角に珍しいものでもあるみたいな、妙に真剣な顔で。
紗奈だけが額を押さえて、深々と溜息をついた。
「……あんたね。そう言う意味じゃなくて」
「な、なに? 僕、変なこと言った?」
「言ったわよ」
「え!?」
※
放課後、紗奈が資料の束を抱えて戻ってきて、僕の机にどさりと置いた。僕が出ることになり、ミスコンの委員を引き受けてくれたらしい。
一番上のプリントには、衣装の項目があった。
「ドレスかワンピース、当日までに用意すること。……ドレス!?」
「当たり前でしょ」
「僕、スカート穿いたことないよ!?」
「いい機会じゃない。慣れなさいよ」
「……似合うかな」
「似合うと断言するけど、蓮君に聞いて見なさい」
「ええ! 無理だよ。絶対バカにしてくる」
「うーん。もはや惚気なんじゃないかと思うわ」
やっぱり蓮の前でスカートなんて、僕には絶対に無理だ。なんとか他の服で参加しよう。うん、着ぐるみとか。
「そういえば伊織」
「何?」
「ミスコンで三位までに入ると、記念にインタビューをされるんだけどね」
「うん」
「そこで告白すると絶対叶うらしいわよ」
僕はプリントを整える手を止めた。
「それって、みんな見てるから断れないだけじゃないの?」
「まあ、それもあるかもね」
紗奈はにやりと笑って、椅子の背もたれに肘を乗せる。
「ミスコンで三位以内に入るくらいの子から、全校生徒の前で告白されるのよ。断れる男子なんている?」
そうかもしれない。
だって蓮、可愛い女の子好きだし。今日も廊下ですれ違う子を目で追ってるのを、僕は何度も見ている。
もし。もし、あの舞台の上に立てたら。
蓮に、僕を可愛いって思ってもらえたなら。
スポットライトが眩しくて客席はよく見えなくて、その中から僕は蓮を探す。あの背の高さなら、すぐ見つかるはずだ。見つけて、目が合って。
――蓮。僕、蓮のことが。
うわ。
うわ、うわ、うわ。
顔が一気に熱くなった。プリントを取り落としそうになって、慌てて胸に抱え込む。
「……ふうん」
はっとして顔を上げる。紗奈が頬杖をついて、実に楽しそうにこちらを眺めていた。
「な、なに」
「べつに?」
紗奈は資料をまとめて立ち上がると、扉の手前で振り返り、ひらひらと手を振った。
「ドレス、一緒に選んであげるから覚悟しときなさいよ。楽しみにしてるわ」
「だから何が!」
僕の声は、閉まりかけた扉に挟まれて消えた。




