恋人つなぎに憧れて
休み時間。窓際の席で、紗奈が頬杖をついたまま言った。
「あんた。蓮君と付き合っちゃえば?」
飲みかけのお茶を吹き出しそうになる。
「何言ってるの!?」
「絶対両思いでしょあんなの」
「僕たちはそんなんじゃないよ! 向こうだってそんな気ないに決まってる」
「そうかなあ」
「だって僕、男だよ?」
「体は?」
「女の子、だけど」
「でしょ? 足だって……」
紗奈がスラックスの裾へ手を伸ばしてきたので、慌てて押さえる。
「ちょっと、勝手に触らないでよ」
「うわ、ほっそ。白いし」
「褒めてないじゃん」
「これ以上ない褒め言葉でしょ?」
「僕がそう思っても、蓮は僕のこと男だと思ってるよ」
「はあ? あんた、本当にバカだったのね」
呆れ返った紗奈の声に重なるように、スマホが短く鳴った。表示を見る。蓮からだ。
『一緒に帰れるか?』
「蓮君でしょ?」
「まあ、そうだけど」
「愛されてるわね〜」
「そんなんじゃないってば。日常業務的な?」
「明日どこまで行ったか教えてね」
「もう〜!」
※
午後の授業は体育だった。蓮のクラスとの合同で、男子はバスケットボール、女子はバレーボール。
今の体になってから、体育は以前より大変になった。体力も筋力もまだ足りず、走ればすぐに息が上がる。男の子だった頃の体って、すごかったんだなあ。
休憩の笛が鳴る。
「よ」
「……おす」
タオルを首にかけた蓮が、こちらへ歩いてくる。
「バレー、頑張ってんじゃん」
「見てたの?」
「少しだけな」
「えっち」
「なんでだよ!」
「ふふ、冗談だよ」
やっぱり蓮と話すのは楽しい。
「男の子の体が羨ましいよ」
「そうか? 俺にはわかんないわ」
「僕もこうなるまでは分からなかったなあ」
隣に腰を下ろした蓮の体を、何気なく眺める。半袖から伸びた腕は、記憶にある少年のものよりずっと太くなっていた。汗で張りついたシャツの下、肩から背中にかけての厚みが座っているだけでもわかる。
同じ人間の体なのに、どうしてこんなに違うんだろう。
「いいなあ」
「そんなもんかね」
「そうだよ!!僕の体見てみてよ。足とかさ、多分女子でも細い方かも」
そう言って膝を伸ばしてみせると、蓮はすぐに目をそらした。
「見れねえよ」
「あ、そうだよね。ごめん」
慌てて膝を抱える。そうだった。もう、そういうふうに見られる体なんだった。
ーー僕の体、そういうふうに見てくれるんだ。
「じゃ、じゃあさ。手、どう?」
「お、おお。手な」
手のひらを広げてみせる。やっぱり小さい。指も細くて頼りない。
「小さいな」
「でしょ〜。そうだ、手、広げてよ」
「こうか?」
蓮が手を広げる。そこに、自分の手をぴたりと合わせた。
「へへへ。蓮は大きいね」
顔を上げると、蓮が真っ赤になっていた。
あ。どうしよう。
心臓が勝手に速くなる。
合わせたままの手のひら。
ちょっとずらして、指の間に指を滑り込ませて、ギュッてしちゃえば。
僕、蓮と恋人繋ぎできるんだ。
いいのかな。僕、男の子なのに。
体育館の喧騒が、どこか遠くに聞こえた。
汗の匂いと床の木の匂い。触れ合った手のひらだけがやけに熱い。
指先が、わずかに震える。
「蓮」
「なんだ、よ」
蓮の声もかすれていた。逸らされない目が、まっすぐこちらを見ている。合わせた手が離れない。離れたくないのは、どっちなんだろう。
「手、ずらしちゃ、だめ?」
蓮の喉が、小さく上下した。開きかけた唇が、言葉を探すように震えて――
ピイィッ!
「休憩終わりだぞー!」
体育館に笛の音が響き渡る。
弾かれたように、二人の手が離れた。指先が最後まで触れていて、ほどけるように滑り落ちていく。名残を惜しむみたいに、ゆっくりと。
「……行くわ」
「うん」
蓮は立ち上がって、こちらを見ないままコートへ戻っていった。
僕はまだ座ったまま、さっきまで蓮の手が触れていた自分の手のひらを見つめていた。




