ぴよたま
連休明けの朝、いつもより少し早く教室に着くと、紗奈が見慣れない小さな端末を持っていた。ピンクの丸っこい筐体に、小さな液晶画面がついている。
「じゃーん! 『ぴよたま』買っちゃった」
「あ、それ知ってる! 昔流行ってて、今もまた来てるんだっけ?」
「ま、そのブームも一段落してきてるけどね。でも人気は根強いのよ」
自慢げに掲げられた画面を覗き込むと、小さな液晶の中で丸っこいキャラクターが元気に飛び跳ねている。頭が体の半分くらいある、なんとも言えないバランスの生き物だ。
「昨日買ったんだけどね。ちょっと大きくなって、かわいいの」
「へえ〜。ほんとだ! かわいい」
見た目はお世辞にも整っているとは言えないのに、なぜか目が離せない。ブサイクとかわいいが同居している感じ。僕、男の頃からこういうの好きなんだよなあ。餌をあげるボタンを押すと、画面の中の生き物がぴょこぴょこ喜んで見せた。
「僕も買おうかな」
「いいじゃない。私も一人より二人のほうが楽しいし。同じ機種同士だと、通信もできるのよ」
「でも、学校に持ってきてもいいのかなあ」
「サイレントにしてるし、シッターモードにしてるから授業中は触らないわ」
その日は結局、休み時間のたびに紗奈の机に集まって、みんなで画面を覗き込んで終わった。帰り道も、頭の中にはあの丸っこいキャラクターがずっとちらついていた。
そして、次の日。
「買っちゃった」
僕は机の上に、小さな端末をそっと置いた。昨日の放課後、駅前のおもちゃ屋を三軒もはしごして、ようやく手に入れたものだ。
「へへへ、かわいいんだ〜」
学校であんまり触ったらいけない気がして(そもそも持ってきている時点でどうなのって話なんだけど)、休み時間は眺めるだけにしている。画面の中の小さな生き物が、餌をねだるみたいに体を動かしている。名前は、まだ決めていない。可愛すぎて、逆になかなか決められないでいる。
「ええ、かわいいわよね」
「うん。僕、子供も好きだから、なんかハマっちゃうかも」
「あんた、本当に子供ができた時、甘そうね」
どきっとした。
子供、か。
誰との子供なんだろう。蓮の顔が出てきて、慌てて首を振る。頬のあたりがちょっと熱い。
近くの席の男子たちが、いつの間にかこっちの会話に聞き耳を立てているのに気づく。やっぱり、みんな子供が好きなんだよね。休み時間の教室は騒がしいはずなのに、周辺だけ妙に静かになっている気がした。
「うん。そうかも」
「子供は何人欲しいの?」
「たくさんがいいな! 楽しそう」
その瞬間、男子たちが一斉に無言になった。
誰かの手からペンが落ちて、こと、と小さな音を立てた。
もう一人は飲みかけのジュースのパックを、口に運びかけたまま止めている。
「でも、たくさんなんて大変そうじゃないの?」
「僕、頑張るから大丈夫だよ!」
紗奈が、固まっている周りの男子たちにちらっと視線をやって、大きなため息をついた。呆れているのか感心しているのか、よく分からない顔だった。
「……はあ。本当に男子ってアホなのね」
「え、どうして?」
「あんたはわかんなくていいのよ」
「ええ〜」
「蓮くんにも同じ話をしてあげなさい」
「蓮、ぴよたま好きかなあ」
放課後、下駄箱で待っていた蓮に、さっきの話をそのまま聞かせてみる。子供は何人欲しいとか、画面の中の生き物がどうとか、順番もばらばらのまま。
「へえ」
相槌だけ打ちながら、蓮は靴を履き替えている。表情はいつも通りに見えるのに、なぜか靴紐を何度も結び直していた。
「で、蓮はどう思う?」
「……何が」
「子供、たくさんいたら賑やかで楽しそうじゃない?」
蓮が、靴紐を結ぶ手を止めた。しばらく黙ったあと、立ち上がって鞄を肩にかける。何か言い返してくるかと思ったのに、意外なくらい静かだった。
「俺も、頑張るわ」
それだけ言って、蓮は前を向いたまま歩き出してしまった。耳が赤いのは、夕焼けのせいだよね?
え、蓮もぴよたま、買うのかな。こういうのあんまり好きじゃなかったと思うんだけどな。
そんなことを考えながら、二人並んで歩いた。




