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12/15

スカート

<蓮視点>

 俺には好きな幼馴染がいる。驚くかもしれないが、そいつは元々男だった。小学校からずっと一緒で、中学の途中で離れて、高校でまた同じクラスになった。


 あいつと過ごす時間は、俺にとってなんでもない日常で、同時に一番大事な時間だった。


 ただ一つだけ、前と違うことがある。久しぶりに会ったあいつは、女の子になっていた。


 この街に戻ってくるとは聞いていた。同じ高校になるとは、名簿を見るまで知らなかった。始業式の朝、教室に入ってあいつの席を探した。


「は?」


 見間違いかと思った。とんでもなく可愛い女の子が、あいつの席に座っている。それでも、面影はちゃんとあった。気づいたときにはもう、声が出ていた。


「よ」


 声が裏返ってたと思う。女子には慣れてるつもりだった。でも、あいつだけは別だ。


「蓮、久しぶり!」


 その笑い方を見た瞬間、ああ、やっぱりと思った。俺は伊織が好きだ。男だった伊織も、女になった伊織も、どっちも好きだ。


 だけど、俺からは言えない。前から好きだったのに、今言ったら、女になったから好きになったと思われる。それだけは絶対に嫌だ。


 だから俺からは絶対に言わない。幼馴染に、俺が好きだと言わせてやる。 ……なんて決めたはいいものの、最近はそれがだんだん苦しくなってきている。


 ミスコンの一件があってから、伊織に声をかける男子が明らかに増えた。裏技だなんだと理由をつけて連絡先を聞こうとする先輩もいたし、この前は変な壁ドンまで見た。あいつは全然気づいていないから、余計に困る。


 牽制したくても、俺にその資格はない。ただの幼馴染だ。周りから見ればそうとしか見えないんだから。


 分かってる。分かってるけど、伊織の隣を誰かに取られるところを想像すると、腹の底が変な熱を持つ。


 それでも俺は、あいつが好きだと言うまで待つと決めた。だから今日も、いつも通りの顔で待ち合わせ場所に向かう。


 それまで俺は、あいつのそばにいる。


<伊織視点>

「ついに履いちゃった……」


 鏡の前で、僕はもう十回目くらいスカートの裾を引っ張っていた。


 待ち合わせ場所へ向かう道すがらも、まだ心臓がうるさい。いつもならこの時間、前髪を気にしているところなのに、今日はそれどころじゃない。


 ミスコンでワンピース姿を蓮に褒められてから、僕はずっと考えていた。次は、スカートを履いてみようって。


 だって、もっと可愛いって思われたい。男としてどうなんだって声も、頭のどこかでする。でも、可愛いものは好きなんだから仕方ない。


 昨日の夜、部屋で何度も試着した。スラックスの安心感とは全然違う、心もとない感じ。裾、短すぎないかな。歩くたびに揺れるのが落ち着かない。男だった僕がスカートなんて履いたら、蓮は引くかもしれない。


 考えるほど、心臓がうるさくなってくる。最近また少し伸びた髪も、癖のせいで毛先が内側に丸まっている。変じゃないかな。可愛いって、思ってくれるかな。


 スマホの画面を鏡代わりにして、何度も自分を確認する。大丈夫、変じゃない。多分。多分だけど。

 待ち合わせ場所の電柱の陰で、僕は自分の膝のあたりをぎゅっと押さえた。今さら着替えに戻ることもできない。


 角から誰かが歩いてくる気配がするたびに、心臓が跳ねる。深呼吸を一つ。もう覚悟は決めたんだから。


「よ」


 いつもの声。顔を上げると、小走りに近づいてきた蓮の足が、僕の姿を見た瞬間、地面に縫い付けられたみたいに止まった。


 開きかけた口から、言葉が出てこない。鞄を持つ手に、変に力が入っているのが分かる。


「蓮、おはよう」


 なるべくいつも通りに聞こえるよう、僕は声をかける。声が少し上ずったのは、聞こえなかったことにしてほしい。


「あの、スカートなんだけどさ。どう、かな」


 蓮の顔が、まともに見られない。目を合わせようとした瞬間、逸らされる。


「お、おう」


 それきり、何も言わない。

 沈黙が、じわじわと重たくなっていく。視線をどこに置いていいか分からなくて、僕はスカートの裾をきゅっと握った。風もないのに、やけに肌寒く感じる。


 ――やっぱり、変だったんだ。


 ミスコンの時とは違う。あの時は衣装だったから、褒められて当たり前。これは、僕が自分で選んで、自分の意思で履いてきたものだから。


 そう思った瞬間、目の奥がじわりと熱くなった。まばたきを繰り返して、なんとかごまかす。


「あのさ!」


 急に大きな声。びくっと肩が跳ねる。


「俺がこんなこと言うの、気持ち悪いって思うかもだけど」


 蓮の耳が真っ赤だった。目は合わない。それでも、絞り出すみたいに言葉が続く。


「めっちゃ、可愛い」


 一瞬、何も考えられなくなった。


 周りの音が、すっと遠くなる。体の内側から、じわっと熱いものが広がっていく。耳の先まで熱くて、両手で押さえたいくらいだった。今にも顔がにやけそうで、慌てて唇を結ぶ。よかった。変じゃ、なかったんだ。


 嬉しさで足元がふわふわする。このまま飛び跳ねてしまいそうで、僕は必死にそれをこらえた。目の前の蓮の顔も、耳も、首筋まで赤くなっていて、それを見ているだけでまた頬が熱くなる。


 にやけそうになるのを誤魔化したくて、僕はわざと軽い調子で言ってみる。


「蓮、女の子なら誰にでも言うんじゃないの?」

「……言わねーよ」

「え?」


 低い声。でも今度は、ちゃんと僕の目を見て言った。まっすぐに見られて、今度は僕が視線を逸らす番だった。


「ほら、早く行くぞ!」


 蓮が急に踵を返して、大股で歩き出す。首の後ろまで赤いのが、後ろ姿でも分かった。


「今のって、どういう」

「うるせえ!」


 耳まで赤いくせに、そんな声出すんだ。

 追いかけるように隣に並ぶと、蓮はまだ少し早足のままだった。横目で見ると、口元がゆるんでいるのが分かる。


 僕もきっと、同じ顔をしている。


 朝の光の中、二人分の足音が重なって、いつもよりずっと弾んで聞こえた。スカートの裾が風に揺れる。今日はもう、それを気にする余裕もなかった。

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