スカート
<蓮視点>
俺には好きな幼馴染がいる。驚くかもしれないが、そいつは元々男だった。小学校からずっと一緒で、中学の途中で離れて、高校でまた同じクラスになった。
あいつと過ごす時間は、俺にとってなんでもない日常で、同時に一番大事な時間だった。
ただ一つだけ、前と違うことがある。久しぶりに会ったあいつは、女の子になっていた。
この街に戻ってくるとは聞いていた。同じ高校になるとは、名簿を見るまで知らなかった。始業式の朝、教室に入ってあいつの席を探した。
「は?」
見間違いかと思った。とんでもなく可愛い女の子が、あいつの席に座っている。それでも、面影はちゃんとあった。気づいたときにはもう、声が出ていた。
「よ」
声が裏返ってたと思う。女子には慣れてるつもりだった。でも、あいつだけは別だ。
「蓮、久しぶり!」
その笑い方を見た瞬間、ああ、やっぱりと思った。俺は伊織が好きだ。男だった伊織も、女になった伊織も、どっちも好きだ。
だけど、俺からは言えない。前から好きだったのに、今言ったら、女になったから好きになったと思われる。それだけは絶対に嫌だ。
だから俺からは絶対に言わない。幼馴染に、俺が好きだと言わせてやる。 ……なんて決めたはいいものの、最近はそれがだんだん苦しくなってきている。
ミスコンの一件があってから、伊織に声をかける男子が明らかに増えた。裏技だなんだと理由をつけて連絡先を聞こうとする先輩もいたし、この前は変な壁ドンまで見た。あいつは全然気づいていないから、余計に困る。
牽制したくても、俺にその資格はない。ただの幼馴染だ。周りから見ればそうとしか見えないんだから。
分かってる。分かってるけど、伊織の隣を誰かに取られるところを想像すると、腹の底が変な熱を持つ。
それでも俺は、あいつが好きだと言うまで待つと決めた。だから今日も、いつも通りの顔で待ち合わせ場所に向かう。
それまで俺は、あいつのそばにいる。
<伊織視点>
「ついに履いちゃった……」
鏡の前で、僕はもう十回目くらいスカートの裾を引っ張っていた。
待ち合わせ場所へ向かう道すがらも、まだ心臓がうるさい。いつもならこの時間、前髪を気にしているところなのに、今日はそれどころじゃない。
ミスコンでワンピース姿を蓮に褒められてから、僕はずっと考えていた。次は、スカートを履いてみようって。
だって、もっと可愛いって思われたい。男としてどうなんだって声も、頭のどこかでする。でも、可愛いものは好きなんだから仕方ない。
昨日の夜、部屋で何度も試着した。スラックスの安心感とは全然違う、心もとない感じ。裾、短すぎないかな。歩くたびに揺れるのが落ち着かない。男だった僕がスカートなんて履いたら、蓮は引くかもしれない。
考えるほど、心臓がうるさくなってくる。最近また少し伸びた髪も、癖のせいで毛先が内側に丸まっている。変じゃないかな。可愛いって、思ってくれるかな。
スマホの画面を鏡代わりにして、何度も自分を確認する。大丈夫、変じゃない。多分。多分だけど。
待ち合わせ場所の電柱の陰で、僕は自分の膝のあたりをぎゅっと押さえた。今さら着替えに戻ることもできない。
角から誰かが歩いてくる気配がするたびに、心臓が跳ねる。深呼吸を一つ。もう覚悟は決めたんだから。
「よ」
いつもの声。顔を上げると、小走りに近づいてきた蓮の足が、僕の姿を見た瞬間、地面に縫い付けられたみたいに止まった。
開きかけた口から、言葉が出てこない。鞄を持つ手に、変に力が入っているのが分かる。
「蓮、おはよう」
なるべくいつも通りに聞こえるよう、僕は声をかける。声が少し上ずったのは、聞こえなかったことにしてほしい。
「あの、スカートなんだけどさ。どう、かな」
蓮の顔が、まともに見られない。目を合わせようとした瞬間、逸らされる。
「お、おう」
それきり、何も言わない。
沈黙が、じわじわと重たくなっていく。視線をどこに置いていいか分からなくて、僕はスカートの裾をきゅっと握った。風もないのに、やけに肌寒く感じる。
――やっぱり、変だったんだ。
ミスコンの時とは違う。あの時は衣装だったから、褒められて当たり前。これは、僕が自分で選んで、自分の意思で履いてきたものだから。
そう思った瞬間、目の奥がじわりと熱くなった。まばたきを繰り返して、なんとかごまかす。
「あのさ!」
急に大きな声。びくっと肩が跳ねる。
「俺がこんなこと言うの、気持ち悪いって思うかもだけど」
蓮の耳が真っ赤だった。目は合わない。それでも、絞り出すみたいに言葉が続く。
「めっちゃ、可愛い」
一瞬、何も考えられなくなった。
周りの音が、すっと遠くなる。体の内側から、じわっと熱いものが広がっていく。耳の先まで熱くて、両手で押さえたいくらいだった。今にも顔がにやけそうで、慌てて唇を結ぶ。よかった。変じゃ、なかったんだ。
嬉しさで足元がふわふわする。このまま飛び跳ねてしまいそうで、僕は必死にそれをこらえた。目の前の蓮の顔も、耳も、首筋まで赤くなっていて、それを見ているだけでまた頬が熱くなる。
にやけそうになるのを誤魔化したくて、僕はわざと軽い調子で言ってみる。
「蓮、女の子なら誰にでも言うんじゃないの?」
「……言わねーよ」
「え?」
低い声。でも今度は、ちゃんと僕の目を見て言った。まっすぐに見られて、今度は僕が視線を逸らす番だった。
「ほら、早く行くぞ!」
蓮が急に踵を返して、大股で歩き出す。首の後ろまで赤いのが、後ろ姿でも分かった。
「今のって、どういう」
「うるせえ!」
耳まで赤いくせに、そんな声出すんだ。
追いかけるように隣に並ぶと、蓮はまだ少し早足のままだった。横目で見ると、口元がゆるんでいるのが分かる。
僕もきっと、同じ顔をしている。
朝の光の中、二人分の足音が重なって、いつもよりずっと弾んで聞こえた。スカートの裾が風に揺れる。今日はもう、それを気にする余裕もなかった。




