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昔みたいにゲームを

「伊織、いくぞ」

「待って蓮、無理だってば。もうこれ以上……や、やだ」

「もう耐えらんねえって。限界だ」


「や、やめて、連鎖はやめてええええ!!」


 画面の上から色とりどりのウヨが降り注いで、僕の陣地はあっという間に埋まった。ゲームオーバーの音が、蓮の部屋に間抜けに響く。

 

 平日の放課後、僕と蓮は二人でウヨウヨをしていた。

 昔は僕の方が強かったのに、なぜか今は勝てなくなっている。


「むー」

「ははは、まあ俺には勝てねえよ」


 蓮はコントローラーを片手でぶらぶらさせて、実に得意げな顔をしていた。背もたれに寄りかかって、足を投げ出して。勝者の余裕というやつだ。


 ……悔しい。悔しいけど。


 そういう顔をしている蓮は、なんだかかっこいい。僕より強いのが、少しだけ嬉しいと思ってしまう自分がいる。


 これって、なんなんだろう。前はこんなふうに思わなかったのに。


「もう一回! ほら、蓮もコントローラー持って!」

「はいはい。何回やっても同じだけどな」


 昔から、ゲームといえば蓮の家でやるのが僕らだった。ソファの前のカーペットに並んで座って、日が暮れるまで対戦する。小学生の頃から、この配置は何も変わっていない。


 ――そしてまた負けた。


「……」


 僕は自分の手をじっと見た。指が短いし手のひらも小さい。


 これ、絶対ハンデになってるよね? コントローラーのボタンまでの距離が違うんだから。指の届く範囲が狭いんだから、そりゃ入力も遅れるよ。本気でそう思う。


「なんか言えよ、負け惜しみくらい」

「言わないもん。実力だもん」


 僕はさりげなく手を膝の下に隠した。


「……ふーん」


 蓮は何も言わずに、次の準備を始めた。


「ちょっとお菓子食べる!」

「おう、食べろ食べろ」


 テーブルの上には、僕の好きなお菓子ばかりが並んでいる。小さい袋の詰め合わせも、チョコがけのやつも、この前コンビニで見つけて「おいしそう」って言った季節限定のやつも。


 蓮の家に来るたびに、なぜかいつも揃っている。


「これ、この前僕が言ってたやつだ」

「そうだっけ」

「そうだよ。蓮、覚えてたの?」

「たまたまだろ、たまたま」


 そう言って蓮はスポーツドリンクを一気に呷った。喉が上下する。……なんか、こういうのも男の子だなあ、と思う。見ているのがバレるのが嫌だから、僕は慌ててお菓子を食べる。


「お、おいしいね」

「お前、細いんだからしっかり食えよ」

「……えっち」

「そういう意味じゃねえよ!」


 僕は両腕で体を隠すようにして、じりじり後ずさった。蓮はそっぽを向いて、僕のほうにお菓子の袋を押しやってくる。


 ――そういう風に見てくれて、いいのにな。


 ※


 三戦して、三敗した。


「ねえ、場所変わっていい?」

「ああ、いいぜ。変わんないと思うけどな」


 僕はカーペットの上を移動して、テレビ画面の真ん前に陣取った。画面が大きく見えるほうが有利に決まってる。たぶん。少なくとも気分は変わる。


「おい、俺が見えねえよ」

「僕の後ろにくればいいじゃん。僕より大きいんだから」


 体育座りをして、自分の後ろをぽんぽんと叩く。


「……いいのかよ?」

「? 気にしないでしょ?」


 何を言っているんだろう。今更、気にすることじゃないと思う。昔なんて、二人で一つの毛布にくるまってゲームしてたのに。


 あ、わかった。


 後ろから邪魔してくるつもりだな?


「邪魔しちゃ、ダメだからね」

「しねえよ! ただ……」

「ただ?」

「……いや。あー」


 なんだろう。蓮はしばらく黙って、それから前髪をぐしゃっとかき上げた。


「いいから早くー! 僕が勝つんだから」

「……わかったよ」


 やっと観念したらしい。蓮が立ち上がって、僕の後ろに回る気配がした。

 床に手をつく音。膝が下りる音。それから、しばらく何も聞こえなくなった。


「……蓮?」


 振り向くと、蓮はずいぶん離れたところに正座していた。


「なんでそんなに遠いの? 画面見えないでしょ」

「見えてる」

「見えてないよ。ほら、ここ!」


 自分の真後ろを、とん、と指さす。


 蓮は動かない。何か言いたそうな顔で、口を開きかけて、閉じて、また開きかけて。


「……ほんとに、いいのか」


「なにが?」

「……」

「早くー」

「……わかったよ、もう」


 観念したように、蓮が膝で近づいてくる。そしてゆっくりと、僕の真後ろに腰を下ろした。


 僕の背中に、蓮の胸がくっつく。


……こんなに違ったっけ。


 背中越しに伝わってくる蓮の体は、思っていたよりずっと大きい。肩幅も広くて、僕の体がすっぽり収まってしまう。


 しかも、視界の左右には蓮の膝。


……囲まれてる。


「せ、狭くない?」

「お前が呼んだんだろ」

「そうだけど」


 そうだけど。こんなことになるとは思ってなかった。


 僕の体、こんなに小さかったっけ。


 蓮は肩を変な角度に上げて、僕の脇のあたりでコントローラーを構えていた。腕が体に押しつけられて、明らかにやりにくそうだ。


「……それ、持ちにくくない?」

「別に」

「絶対持ちにくいでしょ」

「いいんだよ、これで」

「よくないよ。あの、コントローラー。僕の前で、いいから」

「……」

「そっちのほうが持ちやすいでしょ」

「いや、それは」

「早くー。始まっちゃうよ」

「……お、おう」


 蓮の腕が、僕の両脇からするりと前に回ってくる。


 Tシャツ越しの腕が、脇腹をかすめた。


「ん……」


 自分でも思っていなかった声が出た。


「!?」


 背後の体が、びくっと跳ねる。


「ご、ごめ」

「い、いや、俺が」

「今の、その、くすぐったくて」

「……おう」


 会話がそこで途切れた。


 蓮の腕は、僕の膝の上あたりで止まったまま動かない。コントローラーを構えた手が、なぜか少しだけ震えている気がする。


 膝と、腕と、胸。


 ――あ。


 僕、蓮に後ろから抱きしめられてるみたいになってる。


 そう気づいたのは、画面に「READY?」の文字が出た後だった。


 しまった。


 これ、まずいよ。意識しちゃう。


 背中に当たっている胸が、呼吸で少しずつ動いている。首の後ろに、蓮の息がかかる。髪の生え際のあたりが、それだけでずっとぞわぞわする。


 心臓の音、聞こえてないよね? こんなに密着してたら、背中越しに伝わっちゃうかもしれない。


「START」の合図。


 ウヨが降ってくる。


 ……色が、頭に入ってこない。


 赤。青。いや、今のは緑? どこに置けばいいんだっけ。というか僕、さっきまで何を考えて積んでたんだっけ。


 もう、ウヨウヨどころじゃなかった。


 耳のすぐ後ろで、蓮の息遣いがする。それが気になって仕方がない。さっきより浅い気がする。速い気もする。


 僕が少し身じろぎすると、後ろの体がびくりと反応した。膝が、ほんの少しだけ僕の腕に触れる。


 ……あれ?


 ふと、画面の右側に目をやる。


 蓮の陣地に、ウヨが無秩序に積み上がっていた。


 え。


 さっきまであんなに正確だった連鎖が、いつまでも来ない。今の置き方も、明らかにおかしい。三つ目の赤を、なんでそこに置くの。


 ――もしかして。


 僕だけじゃ、ない?


 意識してるの、僕だけじゃない?


 動悸が激しくなる。


 もし、そうなら。


 蓮は今、どんな顔をしてるんだろう。僕の後ろで、僕の頭のすぐ上で、何を思ってるんだろう。


 どこを、見ているんだろう。


 ……確かめたい。


「あの、蓮」

「なん、だよ」


 声が、かすれている。すぐ耳の後ろで。


 僕は前を向いたまま、そっと聞いた。


「今、何考えてるの?」

「――!?」


 背後で、体が大きく跳ねた。


 コントローラーがガチャッと音を立てて、床に落ちる。


 同時に、画面から勝利のファンファーレが鳴り響いた。


 ……あれ。勝った?


「あ! 僕の勝ち!」

「は?」

「やったー!! 蓮、やっぱり僕の方が強いんだよ!」


 振り向いて笑いかけると、蓮は真っ赤な顔で口をぱくぱくさせていた。目が完全に泳いでいる。


「お、おま、お前……」

「ん?」

「……っ」


 蓮はサッと僕から距離を取ると、何も言わずにコンティニューを押した。カーペットを二歩ぶん下がって、あぐらで、僕から一メートル。


「あ、もう一回? いいよ。何回でも」

「……」

「蓮?」

「うるせえ。やるぞ。もう容赦しねえ」


 ――そこから、僕が勝てることは一度もなかった。

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