第2話:ご武運を
「お嬢様。いよいよですね」
侍女のメルが、城の女官とともに花嫁衣装に着替えさせてくれながら話しかけてくる。
ロイヤル・ウェディングは輝く絹のドレスに長い長いスカート。トレーンが広がっている。
「こんな、時に婚礼式なんて…」
紅を乗せられ、豪奢な鏡に写った自分を見ながら私は漏らした。
婚礼の一週間程前、突如国境線に帝国の軍勢が集結しているとの報が流れていた。
隣国を滅ぼし、四方の戦線を維持している帝国のこの行動は、旧英雄王連合勢力の想像を遥かに超えた早さだった。
王城内は騒然としたが、旧英雄王連合勢力も私の婚礼を以って攻勢に出る予定で集結しつつあったため、間をおかず国境へ布陣する事が可能だったみたい。
そして、国の威信として中止はせずに、婚礼式を執り行なうことになっている。
(どうなんでしょうねこの感覚は…)
令嬢にはわからない、男の政の話だと思って考えを
飲み込む。
当然だけど、私に発言権はなかった。
***
街の中心にある大聖堂。多くの国が参列してくれる予定だったが、状況が状況なので国主の参加は少なく代表が代わりを務めて参列してくれている。
ファンファーレが鳴り響き、重厚なパイプオルガンの中、父にエスコートされバージンロードを王子の下へと進む。
広がった重いスカートが歩みを穏やかに見せる。
ああ、この人のもとに嫁ぐのね。
王家へ嫁ぐということは国に嫁ぐのと同じだと聞かされて育った。
だから不安がないわけではない。
でも手を差し伸べてくれる、この優しい王子となら上手くやれる筈だ。
式を執り行ってくれる教皇の前。
「…リシテアルテティを愛し、慈しむことを誓います」
王子の誓いが朗々と教会に響き渡る。
私も教皇の辞の後に続き誓いの言葉を紡ぐ。
「私リシテアルテティは、王太子ティタウィン・デリル・フォボスを我が合法の夫として迎え、今日より後、順境のときも、逆境のときも、富めるときも、貧しきときも、病めるときも、健やかなるときも、死が二人を分かつまで、愛し、慈しみ、そして従うことを誓います…
…神の聖なる掟に従い、私は王太子ティタウィン・デリル・フォボスに私の忠貞を捧げます」
指輪の交換。
王子は、私の手を恭しく取り指輪を填めてくれる。
私も、細く長い王子の指に指輪を填める。
「神よ、この二人に恩寵を垂れ給え。彼らが王家の伝統と義務を正しく引き継ぎ、民の模範となり、その治世が国家の平和と繁栄の礎となりますように」
教皇の声が響き渡った。
王子と見つめ合う。
この婚姻がすべからく世界の幸福に繋がりますように…
「報告!」
(何?)
式の最中に報告など。王家の儀式になどあり得ないこと。
会場中が騒然となる。
「帝国軍2万が王都に迫っています!早急に避難をお願いします」
「どういうことだ!」
陛下が声を張り上げる。
国境に展開した軍は?
朝にはまだ何も、戦いすら始まっていなかったはずなのに…
「王都守備の騎士と、近衛隊はどうした」
「軍務卿の命令により王都前面に展開させています」
「会場の衛士は来賓の護衛を!」
「陛下私も出ます」
「ティタウィン。しかし…」
「リシテアを護るためです」
「殿下…」
「リシテア。直ぐに敵を追い払ってくるよ」
優しく強く抱きしめられる。
強く強くまるで一つにでもなるように。
(震えていらっしゃる?)
私は、それに気づき王子の背中に手を回した。
震えが止まるように、優しく強く労るように。
王子がぴくんと跳ねる。
「君を初めてみたときから、どんなに今日を待ちわびたか…
邪魔者を排してすぐに戻るよ」
「ご、ご武運を」
王族の一人になった以上、引き止めは出来ない。言わねばならぬ送り出しの言葉を口にする。
腕の中から解放される。
朗らかに笑った王子は伴を引き連れ教会から駆けていった。
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