第1話:リシテアルテティ
「アマルティア姫。申し訳ありません」
私の手を引く、白く輝く精緻な意匠を施した鎧をつけた護衛騎士が涙を流しながら謝る。
「良いのですよ。貴方のせいではありません」
丘の上、遠く湖の向こうに黒煙が見える。
城塞の街が燃えている。
美しく暖かく優しい私の生まれた国。
雲霧の如く現れた兵士たちに、穏やかな国であった私の国は数日で王都まで攻め込まれて燃やされてしまった。
父王と母は城に残り。兄も戦いの中で…
姉や妹。弟たちは私と同じように逃され散っていった。
私は隣国に逃れるはずだった。
「アマルティア姫。ここに私が残り足止めします。どうか先にお進みください!」
最後に残った、アルフラッツ近衛騎士副隊長がそう言う。
「嫌です、貴方と離れたくない!」
国を失った今、隣国の王太子との婚約も関係ない。
私は、この人を失いたくない。
気持ちが高ぶる。
「ずっと貴方が気になっていました。好きです。愛しています」
「姫…」
「私は貴方と離れません。どうか、どうか貴方も私を離さないでください」
私はその場で泣き崩れた。
アルフラッツはそんな私に、覆いかぶさり。
「姫。アマルティア姫。私も私も…」
「ウォオオオオオオオオオ」
「居たぞ、射れ射れ。逃がすな殺せー」
既に追っ手の怒声が周囲を囲んでいた。
弓矢の風を切る音。
私は、アルフラッツと見つめ合い。
お互い顔を近づける。
周囲に刺さる音が耳に届く。
もう、いい。
思いを遂げられる。
背中に肩に、胴に矢が刺さる。
アルフラッツ
アルフラッツ
口を重ねる
ありがとう…
いつか…
必ず…
***
収穫期を前にした季節でした。
王都の学園が夏休みになり、自領でのんびり過ごしているところだった。
蜂蜜色の長い髪に、海を思わせる深い青の瞳。
リシテアルテティ・ド・ヴェガ。私の名前。
一応広大な領地がある伯爵家のお嬢様になる。
不穏な噂が耳に入ってきた。
「帝国が隣国を滅ぼしたそうです」
侍女が私の髪を梳きながら話しかけてきた。
「帝国が?」
「王族は根絶やしだったそうです」
「そんな…あの国は小さな王子も王女もいたのに」
「今まで隣国を挟んでいたので、遠方の話だと思っていたのですが…」
「こ、この国も戦禍に巻き込まれるのでしょうか?」
怖い。
平和なこの国で戦なんて…
コンコン
「リシテアお嬢様」
ノックに侍女が確認し家令を迎え入れる。
「どうしたの?」
「旦那様が、王都に戻られることになりました。お嬢様もごいっしょにとのことです」
「え?まだこちらに来たばかりですよ」
「陛下よりの命令です。王太子の婚約者である、お嬢様もとのことです」
何かしら、不穏だわ。
「わ、わかりました。メル準備を」
「は、はい。お嬢様」
***
「これは、招集がかかったのですか?」
王都へ向かう馬車の中で、私は父に話しかけた。
「隣国が落ちたのは我が国にとって大きな衝撃だった。
王子の婚約者であるお前は城を離れられなくなるようだ」
そんな…
王都に戻れば、またあの辛い王妃教育が待っている。
折角の休みなのにと私は項垂れた。
「今度旧英雄国で連合を組んで帝国を懲らしめることになった。」
(え?)
「戦争になるのですか?」
「ああ、英雄国の末裔として無謀な新興国に灸を据えねばならんらしい」
「……」
「このフォボス王国は強国だ、20年前には大陸の四分の一を版図とした」
「はい学校で習いました」
当時英雄王がいて版図を広げた時期があったらしい。
だけど、若くして英雄王が亡くなり、後継を決めていなかった王国は、王子や腹心によって幾つもに割れてしまった。
かの隣国も、元は英雄王の国の一部だった。
「帝国は何故隣国を滅ぼしたのでしょうか」
帝国は小さい国だった。いや帝国と名乗っていなかった。
「今の皇帝は市井のアルファルドというものが、国を乗っ取り始めた戦争だ。増長したのだろう」
英雄王も似た生い立ちではなかっただろうか。
私は首を傾げる。
「英雄国として一気に帝国を打倒するという筋書きだ」
そんな、何を根拠にそんな筋書きが可能だと…
「お前には突然の話で悪いと思っている。だが陛下や軍務局が決めてしまった。すまない」
「お父様のせいではありません。理解いたします」
陛下の命令では、公爵家でも逆らえるものではないだろう。ましてや伯爵家だもの。
ヴェガ伯爵領は王都に隣接している。
ちょびっとだけど。
王都の見える丘に差し掛かる。
フォボスの王都は平和の象徴非城塞都市だった。
大きな湖に城は浮かぶように映し出され。
肥沃な大地は豊かに緑を映えさせる。
王都に入ると、馬車の中からでも人々の不安が伝わってきた。
賑わう往来のはずが、街の至るところで複数人の塊になって話し込んでいるのだ。
馬車は王都の屋敷に向かわず、王城へ入っていった。
――陛下との謁見。
玉座に座る陛下。
左には宰相が立ち。右には婚約者であるティタウィン王子が立っていた。
王子と視線が合うと。王子は微笑まれ片目を瞑られる。
私はかぁっと頬が熱くなる感覚を覚えた。
い、いまこのタイミングはやめてください。
王子は黄金の髪に青空のような瞳の色をしていて。長身で美形だ。英才教育で文武にも秀でている。
父は膝を床につけ、私は陛下の前で優雅にドレスの裾を持ち上げ、背筋を伸ばしたまま膝を床の寸前まで折る。
「リシテアルテティ伯爵令嬢、夏休み中悪いな」
「とんでもございません。陛下のお呼び出しに参じるのに時間をかけてしまい申し訳ありませんでした」
陛下が頷いてくれる。
「此度来てもらったのは、ティタウィンの婚礼を早めさせてもらうことになった」
婚礼は国家行事と承知しているのだけれど…
「帝国のことは知っているな?隣国のことも」
「はい、隣国が帝国に滅ぼされたと」
「此度、旧英雄国で連合を組んで帝国を倒す運びとなった。
ティタウィンとの婚礼をその戦意高揚に利用させてもらう」
戦争のためなのですか?
王子を見るが微笑んだままだった。了解しているとのことなのだろう。
避けられないのですね…
「承りました」
王子との結婚…
子供のころから決められた話だった。
王子は優しいし問題は何もない、何もないはずだけど…
胸に何かが引っかかる…
何もないはずよね…
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