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姉に婚約者を奪われた令嬢、辺境伯の最愛の妻になって王都を見返す  作者: 影道AIKA


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第234話 ー布の席で見えるものー

おかえりなさいませ。

本日は、布の席でセレナが言葉を選ぶ刻をお届けいたします。

仕立屋の小部屋は、思っていたより静かだった。


王妃派の奥方たちは、すでに揃っている。

ヴェリス夫人を中心に、もう二人。

そして、仕立屋の女主人が控えめに立っている。


名はそろっていた。

人数もそろっていた。

だから、形だけを見れば不自然ではない。


セレナは礼をした。


「本日はお招きいただき、ありがとうございます」


声は整っている。

大丈夫。

そう自分に言い聞かせる。


ヴェリス夫人は柔らかく微笑んだ。


「こちらこそ。セレナ様のお選びになった深い青、ぜひ拝見したくて」


「まだ仕立て前ですけれど」


「だからこそ、ですわ。仕立てる前には、その方の今が出ますもの」


今。

その言葉に、少しだけ胸が動いた。


けれど、セレナはすぐに笑みを整える。


「では、今の私に合うよう、よく見ていただかなくては」


言い方は軽い。

けれど、前ほど浮ついてはいないはずだった。


女主人が布を広げる。

深い青。

光の角度で、奥に静かな艶が浮かぶ。

派手ではない。

だが、目を離すほど地味でもない。


ヴェリス夫人が頷く。


「よくお似合いですわ。前へ出すぎず、けれど下がりすぎない」


「そう見えますか」


「ええ。今のセレナ様には、そのくらいがよろしいと思います」


褒め言葉だ。

けれど、母に言われたことを思い出す。


欲しい言葉を疑うこと。


セレナはすぐには返さない。

一拍置いてから、短く言った。


「参考にいたします」


ヴェリス夫人の笑みが、わずかに深くなる。

その沈黙を見ていたのだろう。


「慎重になられましたのね」


「最近は、そうするようにしております」


「良いことですわ。王都では、ただ華やかなだけでは長く残れませんもの」


その言葉は優しい。

だが、どこかで自分の変化を撫でてくる。


隣の奥方が、そこで明るく口を挟んだ。


「けれど、セレナ様はもともと華やかな方ですわ。あまり抑えすぎるのも、もったいないのでは?」


もったいない。

また、甘い言葉だ。


セレナは笑みを保つ。


「抑えるのではなく、選ぶのだと思っています」


言ってから、自分で少し驚いた。

悪くない返しだった。


ヴェリス夫人が小さく頷く。


「選ぶ。素敵なお言葉ね」


それから、何気ないように続けた。


「辺境伯夫人も、近頃はよく選んでいらっしゃるようですし」


来た。


リリアナの名ではない。

辺境伯夫人。

母に言われた通りの呼び方だ。


セレナは指先に力が入りそうになるのを抑えた。


「そうなのでしょうね」


短く返す。


ヴェリス夫人は、そこで少しだけ首を傾けた。


「ご姉妹ですもの。お互いに、思うところもおありでしょう」


「家族ですから、多少は」


言った瞬間、少しだけ失敗したと分かった。

多少は。

そこに、含みが出る。


ヴェリス夫人は微笑みを崩さない。


「まあ。では、セレナ様はお姉様として、辺境伯夫人の今のお立場をどうご覧に?」


質問の形をしている。

けれど、これは布の話ではない。


セレナは一拍置いた。

ここで“妹”と言えばまた見られる。

ここで褒めすぎれば嘘になる。

ここで下げれば、使われる。


「私が見る立場ではございませんわ」


セレナはゆっくり返した。


「辺境伯夫人は、辺境伯夫人としてお立ちですもの」


口にした瞬間、苦かった。

だが、言えた。


ヴェリス夫人の目が、ほんの少しだけ細くなる。


「……そう。では、寂しくはありませんの?」


「寂しい、ですか」


「ええ。妹君が、遠い方になられたようで」


妹君。

相手はあえて、そう呼んだ。


セレナの胸の奥に、棘が触れる。

遠い方。

リリアナが遠くなった。

それを寂しいと言わせたいのだろうか。

それとも、悔しいと言わせたいのだろうか。


セレナは布へ視線を落とした。

深い青。

動くと、遅れて艶が出る。


「寂しいより、慣れないのだと思います」


言葉は静かに出た。


「以前とは、立つ場所が変わりましたから」


ヴェリス夫人はすぐに返さない。

沈黙が落ちた。

その沈黙は、先ほどまでの柔らかさとは少し違う。


セレナは、そこでようやく分かった。

今の返しは、相手がほしい甘さではなかったのだ。


ヴェリス夫人は微笑んだ。


「セレナ様も、お変わりになろうとしているのね」


「必要なら」


「ええ。必要なら」


その返しの中に、まだ何かを探る響きがあった。


布の話はその後、表面上は穏やかに進んだ。

色合わせ。

襟元の形。

袖口の刺繍。

どれも仕立屋らしい話だった。


だが、セレナは最後まで気を抜かなかった。

甘い言葉は何度か来た。

それでも、踏み込みすぎなかった。

リリアナの名も、自分からは出さなかった。


帰り際、ヴェリス夫人が言った。


「また、こうしてお話ししましょう。今度はもう少し、気楽に」


気楽に。

その言葉に、セレナはすぐ頷かなかった。


「機会がございましたら」


短く返す。


ヴェリス夫人は微笑んだ。


「ええ、機会は作るものですものね」


その言葉だけを残して、席は終わった。


馬車の中で、セレナは膝の上の手を見た。

今日は大きく崩れなかった。

けれど、完全に勝ったわけでもない。

むしろ、王妃派の奥方はまだ自分のどこかを見ている。


それでも。


「辺境伯夫人は、辺境伯夫人として」


自分で言った言葉が、苦く残っていた。

苦いが、必要だった。


屋敷へ戻ったら、母に報告しなければならない。

今度は、隠さずに。

そう思えたことだけは、昨日までとは違っていた。

最後までお付き合いくださり、誠に光栄にございます。

苦い言葉でも、必要な形で口にすることがございます。

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