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姉に婚約者を奪われた令嬢、辺境伯の最愛の妻になって王都を見返す  作者: 影道AIKA


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233/240

第233話 ー名のある誘いー

翌朝、セレナのもとへ返事が届いた。


今度の文には、場所と人数だけでなく、名も書かれていた。

ヴェリス夫人。

王妃派寄りの奥方が二人。

仕立屋の女主人。

そして、セレナ。


五名。

たしかに、前の文にあった通りだった。


セレナは文面を何度も見直す。

名がある。

これなら、母にも見せられる。

これなら、ただの曖昧な誘いではない。


けれど、胸の奥にはまだ小さなざわめきがあった。


「……整えてきたわね」


王妃派の奥方は、こちらが条件を聞いたことを不快には見せなかった。

むしろ、きちんと名を並べて返してきた。

その丁寧さが、逆に怖い。


母に文を見せると、母はしばらく黙って読んだ。


「人数は揃っているわね」


「はい」


「仕立屋の女主人がいるなら、名目も崩れにくい」


「では、行っても?」


セレナは少しだけ前のめりになる。

その瞬間、母の視線が鋭くなった。


「行くなら、布の話だけにしなさい」


「分かっています」


「分かっている顔ではないわ」


母の声は冷たい。

その冷たさに、セレナは唇を引き結ぶ。


母は文を机に置いた。


「相手は、条件を出されたことに合わせてきました。つまり、あなたが慎重に動こうとしていることも見ています」


「……はい」


「その上で呼ぶのです。甘い言葉だけではないと思いなさい」


セレナは頷いた。


けれど、心のどこかで思ってしまう。

条件を聞いたうえで、なお呼ばれた。

それは、自分がまだ使えると見られているからではないか。

まだ、王妃派の席に置けると思われているからではないか。


その考えが甘いことは分かっている。

でも、完全には捨てられない。


「返事は?」


「受けます」


母は短く答えた。


「ただし、こちらも家の用として伺う形にしなさい。あなた個人が飛びついた形にはしないこと」


「はい」


セレナは部屋へ戻り、便箋を開いた。


――お知らせありがとうございます。

――季節の布について、仕立屋で拝見できるとのこと、楽しみにしております。

――当日は家の用として、短い時間で伺います。


書き終えてから、読み返す。

悪くない。

浮かれていない。

でも、完全に離れてもいない。


セレナは封を閉じ、侍女へ渡した。




そのころ、宿舎にも公爵家から報せが届いていた。

マティアスが文を差し出す。


「王妃派の奥方が、セレスティア家の長女様へ、名のある小さな席を整えたようです」


リリアナは顔を上げる。


「名のある席……」


「場所は仕立屋。出席者も明記されているとのことです」


アルフレッドが短く言った。


「条件を合わせてきたか」


「お姉様が確認したから、ですか」


「そうだろうな」


アルフレッドは文に目を落とす。


「だが、これで安全になったわけではない」


リリアナは頷いた。

それは分かる。

曖昧な誘いよりはましだ。

けれど、名があるからこそ安心して入ってしまう危うさもある。


「お姉様は、行くでしょうか」


「行くだろう」


アルフレッドの返事は迷いがない。


「止められても、条件が整ったなら行ける」


「……そうですね」


セレナは前より慎重になっている。

けれど、王妃派から呼ばれることを完全には拒めない。

そこが危うい。


リリアナは窓の外へ視線を向けた。

仕立屋。

布。

王妃派の奥方。

セレナが得意だったはずの場所だ。

だからこそ、そこで何を言うかが残る。


「こちらは、何もしない」


アルフレッドが言う。


「はい」


「ただ、公爵家とは繋いでおく」


「はい」


短い返事をしながら、リリアナは胸の奥で考える。

姉は、今度こそ順番を間違えないように動くのだろう。

けれど、間違えないようにするほど、“選ばれたい”気持ちは隠しにくくなる。


そこを王妃派は見ている。


「怖いですね」


リリアナが小さく言うと、アルフレッドは視線を向けた。


「何がだ?」


「慎重にしているのに、そこまで見られていることが」


「王都だからな」


短い答えだった。

でも、それで十分だった。


しばらくして、アルフレッドが近づきすぎない距離で止まる。


「手を」


いつもの合図。


リリアナは指先を差し出した。

軽く包まれる。

今日の温度は、少し冷えた考えを落ち着かせるようだった。


「セレナは向こうに任せる」


アルフレッドが低く言う。


「はい」


「お前は、お前の流れを止めるな」


「……はい」


薬草の注文。

王都で広がる辺境の名。

それを止めないこと。

今のリリアナにできるのは、そこだった。


王妃派はセレナを見ている。

セレナは、自分がまだ見られていることに揺れている。

その間にも、リリアナの薬草は静かに次へ進む。


同じ王都の中で、二つの流れがまた少し離れた。

そして、その離れ方こそが、次の違いを作っていくのだと分かった。

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