中川邸・客間
刹那に言われるままにオフロに入り、客間に用意された布団で横になったが、不安と緊張でとても眠れない。いや、それ以上に眠るのが怖かったのだ。眠ってしまうと、二〇本の彼岸花を持ったあの少年が枕元に立っている、そんな妄想が頭に溢れてくる。
悶々としているうちにスマホの着信音が鳴った。友人が誕生日を祝うメッセージをSNSで送ってきたのだ。それは日付が変わったことを意味する。まだ何も起っていない。
「朝香ちゃん、起きてる?」
「はい!」
刹那が障子を開けて灯りを点ける。そこにはいつも通りの刹那が立っていてホッとした。
「じゃあ、何か起るまで配信のアニメでも観ますか!」
刹那が持ち込んだノートパソコンでアニメの動画配信を観る。マネージャー兼声優である刹那と一緒だと、楽しむと言うより演技についての勉強会のようになってしまう。しかし、その方が今は気が紛れて良い。
アニメを観る間も刹那は座敷童子を抱いていた。初めは異様に見えたが、慣れてしまうと意外に可愛い。たしかに見た目は気味の悪い猿のようだが、動きがオモチャのようで愛嬌がある。
「この時は大変だったのよ、例の事件でスケジュールに穴開けちゃって。レギュラー降ろされるかと……」
刹那が出演作の苦労話をしていると、不意に部屋の灯りが消え、パソコンの画面が乱れた。
「やっとお出ましか」
闇の中、刹那は膝から座敷童子を降ろすと立ち上がった。
「朝香ちゃん、あたしのそばから離れないで。
ザッキー、お仕事の時間よ」
座敷童子は「ギィ!」と嬉しそうな声を上げ、朝香は刹那の声を頼りに、這うようにして彼女の隣へと移動した。
ヒタ、ヒタと廊下を誰かが歩く音がする。この家にいるのは三人だけのはずだ。ゾワゾワと何かが背筋を這うような感じがする。そして、その音は客間の前で止まった。
闇になれてきた眼を襖に向ける
ダンッ、という大きな音がして襖が吹き飛ぶ。
飛んできた襖を座敷童子が鋭い爪で切り裂き、刹那と朝香を守る。
「ちょっと、人ん家で好き勝手しないでよ!」
刹那が廊下に立つ白い影に怒鳴った。そこに立っているのは、この一九日間、毎晩朝香の夢の中に出てきた男の子だ。
迎えに来た……
耳ではない、頭に直接男の子の声が響く。
「い、いや……」
思わず小さな声が漏れた。連れて行かれたら、恐らく自分の命は無い。
「朝香ちゃんは嫌だって言っているわよ。強引な男は今時はやらないんだから」
約束だ……我が贄となる娘……
男の子は客間に足を踏み入れ、一歩、一歩と近づいて来る。
「ちょっと、ウチの声優に手を出すんじゃないわよ!」
座敷童子が男の子に飛びかかる。しかし、彼が手をかざすと座敷童子は吹き飛び、天井にぶつかって床に落ちた。
「きゃッ!」
刹那も悲鳴を上げて倒れた。座敷童子がダメージを受けると彼女にも伝わるのだ。
男の子はいつの間にか朝香の眼の前に立っていた。
「え?」
さぁ、来い。
男の子が手を延ばす。
拒否したいのに自分の右腕が勝手に上がり、その手を取ろうとする。
「手を出すなって、言ってんでしょ!」
刹那がネームホルダーを構えながら立ち上がる。
「変身!」
え……?
あまりの衝撃に奇跡的に身体の動きが止まった。刹那は右手を拳にして腰に当て、左手にネームホルダーを持って右斜め上に突き出している。
………………………………
刹那に何の変化も起きない。
「え? 不発?」
思わず声に出してしまった。が、次の瞬間、眼の前に立っていた男の子が何かに吹き飛ばされた。
「これがザッキーの変身した姿、『護法童子』よ」
男の子を吹き飛ばしたのは甲冑を纏い、修験者が持つ金剛杖を手にした少年だった。
「グ、グフゥウゥウゥウゥ……」
地鳴りのような呻き声を上げると、男の子の姿が巨大なトカゲに変化する。
「それがあんたの正体ね」
トカゲの魔物は、先が二つに分れた舌を伸ばし、護法童子の身体をぐるぐる巻きにする。
護法童子が力尽くで両腕を広げると、トカゲの舌は千切れた。
トカゲは慌てて逃げ出すが、護法童子の投げた金剛杖が背中に突き刺さり、動きが鈍る。
護法童子はトカゲに追いつき、金剛杖を掴むと力を込めて完全にトカゲを貫く。
四肢をバタつかせ、魔物のトカゲは藻掻いていたがしばらくすると動かなくなり、煙のように姿を消した。




