プロダクションブレーブ
朝香は刹那と共に新宿の雑居ビルの中にある事務所に戻ってきていた。
「今までは視えなかったんだよね?」
刹那は朝香の隣に座り、向い側のソファには社長の好恵とマネージャーの遙香が腰掛けていた。ザッキーこと座敷童子は刹那の膝の上で、ぬいぐるみのように抱きかかえられている。彼は、刹那が使役する式神のような存在らしい。
「はい。今日、初めて視ました」
オーディションはボロボロだった。しかし、それ以上に厄介な事態が自分には起っているような気がして、不安が後悔や悔しさを上回っている。
「どう思います、師匠?」
役職では専務の刹那が上司なのだが、なぜか彼女は遙香を『師匠』と呼ぶ。
「どうもこうもないわ、しっかり取憑かれているじゃない、その影響よ。取憑いたモノの呪が発動した副作用として、一時的に異能力を身に付けているの」
「取憑かれてる……」
不穏な言葉がより不安を煽る。
「朝香ちゃんも聞いたことあるでしょ? ウチが副業で拝み屋をやっていること。ハルちゃんとせっちゃんは本物だから安心して。それに、所属声優からお金を取ったりしないから」
お金を取られないのは良いが、何が安心なのかが解らない。
「まぁ、不安なのは仕方ないわ。
あなたが夢に見ている、子どもの頃に森の中であった男の子がすべての原因よ。地元の人が言ってた『神隠し』ってのが当たってたってことね」
夢の話しは誰にもしたことがない、なぜ遙香が知っているのだろう。
「あたしは何でもお見通しなのよ!」
遙香は偉そうに胸を張った。
「ハルちゃん、朝香ちゃんが恐がっているじゃない、あんまり脅かさないで」
好恵が遙香を諭してくれたが、恐怖は減らない。誰にも話していないことをどうやって知ったのだろう。まさか人の心が読めるとでも言うのだろうか? そんなことが現実に……
「できるのよ。あなたが思った通り、人の考えを読めるの」
思わず顔が引き攣る。
「だからって、常に人の思考を読んでいるわけじゃないわ。それじゃあたしの精神も持たないから。あくまで必要なときと、ヒマつぶしに刹那の頭の中を覗くだけだから」
「なんでヒマつぶしにあたしの頭の中を覗くんですかッ?」
刹那が抗議の声を上げるが遙香は涼しい顔をしている。
朝香は、隣に座る刹那に抱かれた座敷童子に視線を向けた。そう、この世の中には、自分が今まで信じていた常識が通用しない事が幾らでもあるのだ。
「とにかく、あたしたちは朝香ちゃんを恐がらせたいんじゃなくて、助けたいの。今日みたいに、心ここにあらずの状態で仕事をされても困るし」
気を取り直した刹那が、もっともな指摘をする。
「申し訳ありません」
そうだ、色々なことがあり混乱しているのは確かだが、プロならそれを切り離して仕事に臨まなければならない。不安なことがあるから朝香だけオーディションを後日やり直し、とはならないのだ。
「気にしないで、とにかく次のオーディションは実力を出せる状態にしておきましょう。それをサポートするのもアタシの仕事だから」
「せっちゃんも、マネージャーらしくなってきたわね」
ニヤニヤしながら好恵が言う。
「社長ッ、茶化さないでください! 朝香ちゃんは、本気で困っているんだから」
「ごめん、ごめん」
好恵が手をヒラヒラさせて謝る。
「もう……。で、師匠、朝香ちゃんに何が起っているか詳しく教えてください」
「そうね……」
遙香が視線を朝香に向ける。先程までとは違い、凜々しい表情だ。年齢不詳のその美しさに思わず見とれてしまう。どうしてこの女性がマネージャーなのだろうか? モデルや女優の方が向いている。
「ありがとう。でも、あたし、そういうの興味ないから」
また考えを読まれた、思わず顔が赤くなる。遙香の前だと、まさに丸裸にされている気分だ。
「刹那、あんなには何が視える?」
「あたしは朝香ちゃんの背後に、男の子の気配を感じました」
「気配?」
「ハッキリとは視えないんです。シルエットのようなものが視えて、それが何となく男の子と感じます」
「なるほどね……」
遙香は顎に曲げた人差し指を当てて考える様な仕草をした。
「あたしには男の子が視える。でも違うわね、そう見せかけているだけ」
「師匠にも正体が判らないんですか?」
「結果的にね。ムリヤリ調べる事も出来るけど、朝香への負担が大きいし、手間がかかるからやりたくないわ」
うん? 今、やる気のないひと言をいったような……
「どちらにしろ、良いモノでないことは間違いないし、正体は誕生日にイヤでもわかるわ。当人が『もうすぐ行く』って言っているし、彼岸花を毎朝玄関前に置くなんて、悪趣味なカウントダウンまでやっているんだから」
「じゃあ、朝香ちゃんの誕生日に決着をつけなきゃってことですね?」
「ええ。もう少し時間を絞れば、その前日の深夜から早朝にかけてね」
「そこまで判ったなら、どうするか具体的な作戦を考えましょ」
好恵が纏めるように言った。




