Devil's Nest
50階建て超高層マンションの最上階フロアすべてが、悪魔の敷地らしかった。ここが奏さんの自宅であり、クリスマスパーティー会場だ。
玄関で靴を脱ごうとしたとき、「土足で結構ですよ」と言われた。ここは日本じゃないの??
いざリビングルームに勇んで入ると、そこは別世界。
中は間接照明のせいで薄暗く、大音量でオシャレなEDMが流れ、たくさんの男女が入り乱れて踊り狂っているのに遭遇した。
リビングは30畳あるかと思うほど広々とし、遊び騒ぐスペースはたっぷりある。ソファやテーブルなど家具の配置が洒落ている。北側が壁一面ガラス張りだが、カーテンも何もなく地上50階からの夜景が壮観だ。
床にはウイスキーの空のボトルが散らばっていた。
「予想以上に騒々しいな!」
「みなさんが集まるといつもお祭り騒ぎになるので。こういうのが楽しいんじゃないですか」
女性たちはみな背中や胸元がざっくり開いていて、ミニ丈で長い足をさらした派手な格好をして着飾っている。厚手のコートを着込み、下はジーンズのわたしはこの場で完全に浮いている。
そしてやけに外人率が高い。特に白人。
ワタシ英語シャベレマセン......。交流デキマセン.......。
「先生、大丈夫? 唖然としてっけど」
仁伎くんに心配そうな顔をさせてしまっている。
確かに呆気に取られたが、パーティーに来たからには、ぜひ、楽しみたい。今日はわたしの誕生日なのだから!
「こういうノリには慣れてますので、大丈夫です!」
何やら疑いの視線を送る仁伎くん。
「並木先生、何を飲まれますか?......仁伎くんにはミルクでも出してさしあげましょうかね」
「いらねーし! お子サマ扱いすんじゃねー!」
わたしは普段お酒を控えている分、今日くらいはパーっと飲もうかな。記憶は飛ばない程度に。
「じゃあわたしは「奏ぇ〜!どこに行ったのかと思ったぁ〜!......てか、誰それ?あ、もしかしてナンパしてきたのぉ〜?」
「あらやだナンパ!? この子を!? 奏にショタ好きホモ疑惑浮上じゃない!!」
突如奏さんに話しかけてきたのは、容姿がかなり目を引く二人組だった。
一人は、ボブヘアをピンクに染め、ミニドレスの下に網タイツを履き、ざっくり開いた胸元から谷間を覗かせ豊乳を揺らすタレ目の白人美女。頭には何故か猫耳カチューシャが付いている。美人コスプレイヤーか?
もう一人は背の高い黒人男性だ。イケメンだが、言葉遣いと物腰が女性的で、何故か黒い鳥の羽根のたくさんついた、ボディーラインはピチピチな衣装を身に纏っている。細マッチョな彼は、仁伎くんを舐め回すように眺めている。
「こんなキュートボーイ、どこで引っかけてきたのよ?!」
「ホントだ、アイドル系? ちょう可愛ぃ〜」
「僕の趣味はそっちじゃないです。どちらかと言えばこっち」
奏さんに肩を抱かれた。二人の視線を一身に浴びる。
「......。あらまあ、そう......」
仁伎くんのときとは正反対すぎる反応。何だか落ちこむ.......。
黒人男性は仁伎くんの頭を撫で回しはじめた。
「このコ、可愛くって気に入っちゃった。アタシの次のターゲットにしちゃおうかしら!」
「いいね! きっとハートもキレイだよぉ」
「触んな! さっきから『可愛い』連発しやがって! いつか叩き潰してやるからな!」
仁伎くんは頭を撫で回す手を思い切り振り払った。
奏さんが間に入る。
「仁伎くんは一応、僕らの敵ですよ。まだ半人前ですが、一応、キューピッドです」
「一応って何だ!」
「あらそうなの〜! アタシこんな天使なら成敗されちゃっても本望よ!」
仁伎くんはゲイらしき人にメンチを切っている。
「てか奏、今回の任務苦労してるんだってぇ〜? もしかしてこのコのせい?」
「それはきっぱりと否定させていただきます」
「まぁがんばってね、ミッションコンプリートできなかったら人間に逆戻りかもよぉ?」
「心配には及びません。僕には切り札がありますから。......まあそんな話より、みなさん楽しもうじゃありませんか」
奏さんがテーブルに置かれていたシャンパンのボトルを拾って開けた。
わたしに薄いグラスを持たせる。
「これは美酒ですよ。並木先生、今宵は酔いしれてください」
グラスがシャンパンで満たされる。
音楽が変わった。
「あ! あたしのすきな曲だぁ〜」
ピンク髪の巨乳美女はダンスフロアに吸い込まれていった。
「ねぇ、アタシと踊らない?」
「死んでもいやだね」
「まったくつれないわねぇ〜。ルル、待ってぇ!」
細マッチョはピンク髪の女性を追いかけていった。
奏さんは、シャンパン片手にソファでくつろぎながら、髪を振り乱し絡み合う地獄の住人たちを眺めている。
「並木先生もこちらへ」
そう誘われて隣へ行こうとするが、仁伎くんに止められた。
「先生はこっち。.......アンタん家全部がパーティー会場なんだろ?」
「まあ、そうですが」
「先生、ここはうるさいから静かなとこ行こう」
仁伎くんに連れられ、男女の波を掻き分けてダンスフロアを抜けていく。熱気は最高潮だ。
広々としたリビングを出て、薄暗い廊下を二人で歩いていると、音楽が遠ざかった。
しかし角を曲がったところで、二人の男女に遭遇したのが問題だった。
廊下で熱く、濃厚なキスが交わされている。紅い唇と舌と、お互いにへばりつくように絡み合う肢体。女性は太ももや胸元など美しい肌を惜しげも無く晒している。
わたしは咄嗟に仁伎くんの両目を覆った。
ーー彼らはわたしたちの存在に気づいたが、メイキンラブを止めようとはしない。
「.......先生、何も見えないんだけど」
「み、見たいの!?」
やっぱりお年頃だから......!
「これじゃ歩けねーじゃん」
......それもそうか。
「じゃあ先生が引率します」
立場を逆にしてわたしが仁伎くんを引っ張る。彼の目は隠しながら。
仁伎くんが呆れ口調で言った。
「......なあ先生、オレもう十四だよ?」
「『まだ』十四歳です!」
二人を通り過ぎたところで、仁伎くんの顔から手を外した。
「先生、ここ入ろう」
仁伎くんが突然部屋のドアを開けて中を確認したかと思うと、一緒にわたしを中に引き入れた。
部屋はベッドがひとつと小さなサイドテーブルの置かれた質素なものだ。ドアが閉じられると、一気に静寂が訪れる。
「客室だな。......やっぱすげぇ夜景」
仁伎くんはサイドテーブルに腰掛けて、窓の外を眺めている。
ーーわたしは手持ち無沙汰になった。
「ここ座れば」
言われるままふかふかのベッドに腰掛けてみる。
ーーふ、二人きりだ。
夜景を眺める仁伎くんの横顔は凛としている。けれど何故か、仁伎くんと外で手を繋いだときのあの可愛い横顔が頭にこびりついて忘れられない。映像がフラッシュバックするようだ。
これまでは悪魔たちのパーティーに圧倒されて気にせずにいられたが、こうして二人きりになると、あのときのことを思い出してしまって恥ずかしくて爆死しそうになる。
あのときわたしは、仁伎くんが愛おしいとか、抱きしめたいだなんて感情に襲われてしまった。それも心の底から愛しい気持ちが湧きでるようにーー。
これは師弟愛よね? でもピアノをろくに教えてもいないーー。ということは、弟のような存在に対する愛情?だって何だかんだ言って懐いてくれるから、可愛いと思ってしまうのは不可抗力だ。もしも、もしもの仮定の話だけれど、恋愛感情だとしたらぎりぎり犯罪かもしれないもの!
「先生、何思いつめたような顔してんの」
気づいたら仁伎くんに凝視されていた。
「な、何でもないですよ」
「何でもないような顔じゃなかったけどな.......」
そう言って、わたしの髪に手を伸ばした。少し顔にかかっていた髪を払われて視界良好だ。
そ、それにしても優しい手つきだったーー。何故こんなにドキドキするのか!
「今日は先生に会って、ちゃんと顔見て言いたくて。ーー先生、誕生日おめでとう」
そして学生カバンから、ラッピングされた小箱を出した。
「これ、先生にやる」
「え、もしかして誕生日プレゼントですか!?」
「もちろん」
恋人もいないしこの年になって誰かから誕生日プレゼントを貰えるとは全く思っていなかったから、動揺してしまう。それもまさか仁伎くんからだなんて。
「うわ、ありがとうございます!......今開けていいですか?」
「うん。気に入るか分からねぇけど......」
包みを開け箱を開けると、中身はネックレスだった。小さな音符のチャームが付いている。
ーー何だか10代の若い女の子が付けてそうなやつだけど、か、可愛い。
「ど、どう?」
「可愛いです!」
「そう。じゃあつけてやる」
仁伎くんはネックレスを取ると背後に回ってわたしの首にそれを付けた。
きょ、距離が近いーー。
「......先生、似合うよ」
天使が微笑んだ。こ、神々しいーー!
そして仁伎くんがわたしの隣に座った。ベッドが沈む。
「......オレさ、家族がいないから、クリスマスを一緒に過ごせる人がいなくて。永枝もクリスマスは毎年上司に仕えに行っちゃうんだ。だけどオレはまだ半人前だから一緒に行けなくて......」
家族がいないーー? 両親は? もしかして亡くなったとかーー?
だから永枝さんがいつも隣にいたのか。保護者代わりということ。
「だからクリスマスは毎年一人で教会に行って祈ったりして過ごしてたんだ。七歳の頃からずっとそうしてたんだけど......。今年のクリスマスは、一人じゃない。オレは先生と一緒にいる。そのことが、嬉しくて......」
な、なんて可愛いことを言うんだ。胸がきゅうっと締めつけられる。
「だから、さっきはオレを引き止めてくれて、ありがとう」
真剣な口調で言うその顔を直視できない。く、苦しいーー。動悸までする。
「そ、そんな......。わたしは、仁伎くんと離れたくないと思っただけなので」
ーーん? わたしは今、何を口走ったーー?
沈黙が客室を支配した。い、いたたまれない。何か言わなきゃ。
「あの、その、ケーキでも「なあ、オレ、期待してもいいのかな......」
そのとき、手に触れられた。緊張で握りしめていた手を強引に開かれたかと思うと、指を絡められる。
こ、恋人つなぎーー。
さらに仁伎くんが近付く。ベッドが軋む音がした。
「先生、耳が赤いよ。恥ずかしいの......?」
わたしの髪を一房取って、すいた。仁伎くんの白い指が黒髪のあいだを通っていく。
もうダメだ。胸が苦しいーー。
「......先生、可愛すぎ。大丈夫、優しくするから........」
や、優しくするとは、何を!?
何故かゆっくりと仁伎くんの綺麗な顔が近付いてきた。
仁伎くんは青い目を伏せる。距離は、もうすでにあと五センチほどーー。近い近い!唇がくっついてしまうではないか!
しかし何故かわたしの身体は金縛りにあったように動かない。
神様、ごめんなさい!
「お二方、僕の家で何を致そうとしてるんですか」
そのとき、部屋のドアが開いた。
眉根を寄せる奏さんがそこにいた。
ーー仁伎くんの唇は寸前で離れていく。
「ば、馬鹿! 何で入ってくんだよ!」
「僕の家で何かをおっ始めようとしてたんじゃないでしょうね」
奏さんはわたしたちの方に来たかと思うと仁伎くんとわたしをぐいと押しのけ、無理矢理あいだに座った。
「そうはいきませんよ。悪魔の責務として、仁伎くんの幸せは断固阻止します。......十和子先生、未遂でしたか? 何もされていませんか?」
「わ、わたし、わたしは.......!」
な、何だこの気持ちは。
このお預けされたような残念な気分はーー!
「......何だかムカつきますね。並木先生、こっち向いてください」
「え?」
何だか憎たらしいとさえ思いはじめている奏さんのほうを振り向くとーー。
奏さんの顔が一気に迫り、唇に柔らかい感触。
「ックソ悪魔アァァーーーー!」
仁伎くんの叫びが部屋にこだまする。
ふいを突かれ、奏さんに口付けされたと気付いたのは、それから三秒後のこと。




