4.従属契約
恐る恐る口を開くのはイヴだった。
「それが、なぜ人形に……?」
「そうだな。何事にも説明は必要だ」
アルクスは、畑のそばに設置されていた箱に腰を下ろす。足を組めば、多少なりとも魔王らしさを演出できるだろう。
「まず事の始まりは、世界王がソル・フォルマ王国国王ダフニスの暗殺を予定調和としたことだ」
「そんな……!」マークが声を上げる。「世界王は、この国を滅ぼすおつもりなんですか……⁉」
「いや、せいぜい代替わりだろう。確かに、ダフニス王の行いは褒められたものではない」
ダフニス王の指揮のもと、ソル・フォルマ王国はミセル大陸の支配を目論んでいた。力を持たない小国への侵攻が、各地で負の精根を生み出している。世界王は、そんなダフニス王を野放しにしておくことができなくなったのだ。
「だが、王室はこの小さな傀儡を隠し、王の身代わりとした。ダフニス王の暗殺は失敗に終わったのだよ」
「世界王の予定調和が、崩されたということ……?」
ウォーカーが信じられないものを見るように問いかける。アルクスは軽く肩をすくめて見せた。
「その通り。この小さな傀儡……スクリプトールの存在が、この世界に僅かな確変をもたらした。それがこのエヴム・イモータリスの魂を呼び、私はこの傀儡に宿ったのだよ」
「それなら」と、ハンター。「いまはただの傀儡なのでは……」
「スクリプトールはただの傀儡ではない。この世界の予定調和を崩し、世界に確変をもたらした。その確変がスクリプトールを『王の器』に進化させた。その進化が私を呼び、スクリプトールは傀儡の王となったのだよ」
五人はまるで夢物語を読み聞かせられているような表情をしている。アルクスの言葉をいまだ理解できず、信じられずにいるのだ。
「ウォーカーくん。お前は鑑定ができるな?」
「え、ええ……」
「私の能力値を鑑定してもらって構わない」
アルクスが差し出した左手に、ウォーカーは恐る恐るといった様子で触れる。本来、魔法による鑑定は対象に触れなければならず、ラプトールのように触れずに鑑定をすることは、魔王の眷属でなければ不可能である。この五人には到底、できないことだ。
ウォーカーの魔力がアルクスの魔力回路を撫でる。その途端、ウォーカーは弾かれたように手を離した。
「なんてこと……こんな、化け物みたいな数値……!」
アルクスはいまだ、魔王だった頃の能力値をほんの僅かにしか取り戻せていない。それでも、人間の彼らからすれば、ウォーカーの言う通り化け物のような数値だろう。天災級または厄災と称された魔王には、そう呼ばれるだけの理由があるのだ。
「……わかった」ウォーカーが重々しく頷く。「アタシは傀儡の王に従うわ」
「信じるのか⁉」
「ダフニス王なんかより、ずっと信用できるわ」
目を丸くするホープに対し、ウォーカーは確信をはらんだ表情で言う。その気迫に、ホープは少し気圧されているようだった。
「この村に国の支援が届かなくなって久しいわ。このままでは村は滅びるだけ……。例えこの王様が偽物だったとしても、ただ民が飢えて死ぬよりマシよ」
「……そうね」イヴが穏やかに言う。「この村を救ってくださるなら、私も傀儡王に従いましょう」
「マークちゃんもそれがいいと思います。この村のためになるなら……」
「ホープ、意地を張ってもしょうがない」と、ハンター。「僕は傀儡王に賭ける」
四人とアルクス、ラプトールの視線が集まると、ホープは重い溜め息を落とす。
「わかったよ。この村の民を救ってくれるなら、俺もあんたに従う」
「約束しよう。この村を、私の国の最初の都市とする」
アルクスが不敵に微笑んで立ち上がると、それに応えるようにウォーカーが跪く。他の四人もそれに倣って跪き、深く頭を下げた。
「お前たちの魂、このエヴム・イモータリスが預かる。魔力回路を捧げろ。命尽きるその時まで」
「王の御心のままに」
五人が声を揃えた瞬間、冷たい風が辺りに吹き荒れる。それは好奇心と期待をはらんだ瞳で見つめていた民たちのあいだを抜け、旋風となって五人の体を撫でた。驚く五人を光が包み、その瞬間、アルクスとの契りが生じた。
「これで契約完了だ」
アルクスの合図に合わせ、五人は立ち上がる。その瞳には決意が表れていた。
「さあ、ホープ。始めようか」
「ああ」
「まずは水源だ。案内してくれ」
ホープが先を歩き出す。それに四人が続き、アルクスとラプトールがあとを追うと、村民たちもそれに付いて来た。これまでのアルクスの話に真剣に耳を傾け、王の能力に期待しているのだ。アルクスには、それに応えるだけの自信があった。




