5.準備
五人が案内したのは、朽ち果てた泉だった。ほんの少しだけ水が流れており、この僅かな水源が畑を湿らせていたのだ。
「見事に枯れているな」
「この泉は、テトリ山から繋がる地脈を伝って流れて来ているのだけれど」ウォーカーが言う。「川からの流れが何かしらによって遮られているのだと思うわ」
「ふむ……。では、まず畑の用意からだ」
「畑の用意……ですか?」イヴが首を傾げる。「何をなさるのですか?」
「ホープの力を使えばこの泉は蘇り、水が畑に流れ込むようになる。そのために畑を整えておくのだよ」
五人が顔を見合わせる。泉は完全に枯れ果てており、この水源から水が畑に流れ込むことを想像できないのだ。
「本当にそんなことができるのか?」
「ホープくん、私の名前を言ってごらん?」
不敵に微笑みながら言うアルクスに、ホープは困ったように口ごもる。アルクスは重い溜め息を落とした。
「呆れた。覚えなかったのか。まあいい。村の者に伝えて来い」
五人はいまだ信じきれない様子だったが、静観していた民にそれぞれアルクスの言葉を伝えに行く。村民たちも顔を見合わせつつ、畑へと向かって行った。この村の畑は干上がっている。ほとんど実りのない畑に一度に水が流れ込めば、苗が耐えきれない可能性がある。民には丁寧に整えてもらう必要があった。
小さな子どもたちも手伝って、民は懸命に畑の手入れをする。その様子を眺めながら、懐かしい、とアルクスはそんな気分になっていた。この光景を、かつての魔王も眺めていた。
「そういえば、あんたは何者なんだ?」
ホープが不思議そうにラプトールを見上げる。ラプトールはこれまで、一言も発さずにアルクスに追従していた。
「私は魔王陛下の側近だった者だよ」
「確か騎士団長だったか」
「いまとなっては意味のない肩書です」
騎士団長であっても、いまは小さな傀儡の側近だ。また新たな肩書を得ることだろう。
「恐ろしいことだけど……」ウォーカーが言う。「この国を滅ぼすのは、簡単なことなのでしょう?」
「いまは無理だろうな」アルクスは言う。「この体に宿ったことで、能力値が制限されている」
「あの数値で……。さすが天災級ね」
現在のアルクスの能力値でも、ただの人間である彼らが得るには一生を懸けても可能かどうか怪しい数値である。アルクスの魂の素養として、この傀儡の体は最低値の能力を引き継いだ。それでも、彼らにとっては化け物のような数値であることは確かだった。
「でも、魔王は死んだんですよね」ハンターが言う。「やっぱり、勇者に討伐されたんですか?」
「どうだろうな。どう思う?」
「え、えっと……こうして転生してるってことは、やっぱり何かしらで死んだんじゃないんですか?」
しどろもどろになるハンターに、アルクスはくすりと笑う。
「実に良い生だった。好きなだけ暴れた。最後は愛する民を守れた」
「私は納得がいっていません。あんな小童にわざと負けるなんて……」
ラプトールが低い声で言うので、アルクスはまた小さく笑った。側近であった彼は、厄災魔王エヴム・イモータリスの最期を見届けている。
「よいではないか。我が民は、二度と人間の手の届かぬところへ行った。民を守ってこその王ではないかね」
「王様の鑑ね」ウォーカーが微笑む。「きっと良い王様だったのでしょうね」
「さあ、どうだろうな」
「王様!」
子どもたちが小さな足で懸命に駆け寄って来る。その表情は明るかった。
「準備ができたよ!」
「よし。では、こちらも始めよう」
アルクスは手を叩く。傀儡の手では良い音は鳴らなかったが、五人は力強く頷いて応えた。彼らは、ルーメンの始まりの五人となる。その覚悟は充分に決まっていた。




