2.頽廃の村ルーメン
「さて、ラプトールよ。私の能力値盤を出してくれ」
頷いたラプトールが手を宙にかざす。パッと現れた板は、アルクスの能力値を映し出している。能力値を鑑定し書き出したものだ。
「ふむ……。勇者に討伐されたことで、能力値がほとんど封印されているな」
「本来の魔王陛下の十分のいち以下になっていますね」
「まずは魔力の補充か。補充を続ければ能力値を引き出すことができるはずだ」
「それなら問題ありません。この洞窟にはマールム晶石があります。幸い、その体はマナを取り込めるようです」
「素晴らしい。マナを吸収すれば能力値を戻すのは早い」
洞窟内を見回すと、土から突出した赤い鉱石がラプトールの光の魔法に照らされて煌めいている。マナの塊である「マールム晶石」だ。空気に触れてもマナが発散するようなことはなく、最も純度の高いマナの鉱石とされている。
手に力を込めると、マールム晶石は簡単に折ることができた。口に放り込み噛み砕けば、マナが体に吸収されるのがよくわかる。
「ふむ、無味だ」
「傀儡に味覚はありませんよ」
「おっと、そうだった」
鉱石を噛み砕く感触が頭に激しく響く。特にそれを不快に思うことはなかった。
「マールム晶石を噛み砕くとは……」ラプトールが言う。「マールム晶石は石より硬いのに」
「この体はただの傀儡とは思えないほど頑丈だ。時間稼ぎのためだろう」
「王室が用意した物ですから、簡単にやられるわけにはいかないですからね」
「能力値を取り戻せれば最強の傀儡になれるだろうな」
厄災の魔王は天災と称されるだけあって、魔族の中でも最上級の能力値を有していた。この傀儡の体でどれほど再現できるかはわからないが、国ひとつ滅ぼすのはそう難しいことではなくなるだろう。
「まずはソル・フォルマ王国を滅ぼし、傀儡王の願いを叶えるところからだ。この国を我が国とさせてもらうとしよう」
「民はどうなさいますか?」
「私に服従するなら我が民とする。逆らうなら処分するまでだ」
「それでこそ魔王陛下です」
王は民を愛する。民のみを愛する存在。民のために在る者である。アルクスとしては、何がなんでも民を増やしたいわけではない。王と仰ぐ者なら歓迎するが、そうでなければ、アルクスの国には居場所はない。そういった民がどうなるか、それは王の知るところではない。
最後のマールム晶石を飲み込むと、アルクスは能力値盤に目を走らせる。
「ふむ……いま引き上げられるのはこれが限界か」
同じように能力値盤を見たラプトールは、満足げに頷いた。
「いまはこれでいい。少しずつ取り戻して、この国の滅亡を楽しもうじゃないか」
まずはこの小さな村ルーメンの掌握から、とアルクスは洞窟の出口を目指す。洞窟の外は眩いほど太陽に照らされ、爽やかな風が肌を撫でた。スクリプトールの知識によれば、このミセル大陸は気候が安定した土地であるらしい。雲ひとつない青空が、傀儡王の誕生を祝しているようだった。
アルクスが伸びをしていると、彼に駆け寄る者があった。数人の子どもで、好奇心に満ちた瞳でアルクスを見つめている。
「この子らは?」
「ここまで案内してくれた村の子どもたちです」
「そうか。褒めてつかわそう」
子どもたちは手足が痩せ細り、粗末な服を身に纏っている。髪もまともに手入れをされていない様子だ。ルーメンが豊かな村でないことは一目瞭然だった。
「私はアルクス。いまは傀儡王だ」
「王様なの?」
「そうだとも」
子どもたちの輝く瞳は、アルクスに対する期待が込められている。子どもたちの求めているものは、アルクスにはすぐにわかった。
「村を案内してくれ。ここを私の最初の拠点とする」
「わかった!」
「付いて来て!」
子どもたちは無邪気で純粋で、アルクスの存在を疑うことはないらしい。この傀儡の体と村に似つかわしくない仰々しい鎧を纏った騎士に対し、警戒する様子もない。アルクスに対する好奇心と期待のほうが勝っているようだ。
子どもたちの案内で村へ出ると、そこはアルクスが思っていた以上に荒れた村だった。家々は崩れそうなほど痛み、村の大半を占める畑は枯れている。ところどころに育った作物が見えるが、とても市場に出せるような仕上がりではなかった。
「貧相な村だ」
「ここはソル・フォルマ王国の端」ラプトールが言う。「国の支援が届かない場所です」
「ふむ。この国には期待できないようだ」
畑を覗き込む。土の表面が割れており、水分としては湿っているだけの状態だった。実っている作物も、充分に育っているとは言えない。食料にはなるだろうが、栄養が望めるかと言うと怪しいところだ。
「畑もほとんど死んでいるようなものだな」
「この土地には栄養がないからね」
畑のそばに腰を下ろす農夫が言った。農夫によって手入れが施されているとは思えないほど畑は枯れている。
「水流も滞っているんだ。自分たちが食べる分は賄えているけどね」
「ふむ……」
アルクスは村をぐるりと見回す。アルクスに興味を惹かれているのは子どもたちだけではないらしい。他の農夫も手を止め、または家の中から覗く者もある。この村に対し、アルクスの存在は異様だった。だがアルクスには、自分ならその好奇心に応えることができるという確信があった。
「この村に魔法を使える者はいるか」
「何人かいるよ」
「集めてくれ」
不敵な笑みを浮かべる――つもりの――アルクスに、農夫は不思議そうに首を傾げる。
「まずは村の立て直しからだ。私の国に相応しい村にしてやろう」
そのために必要な最初の行動。アルクスの脳内には、すでに完璧な設計が出来上がっていた。




