↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
疑い病と侮られた僕だけが嘘を見抜き、村を救って成り上がる  作者: pekomaro


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
86/100

リゼの家の紙にも、同じ一文があった

リゼの家の裏手、物置に使われている小屋で、僕らは最後の荷物を整理していた。木箱の中身を一つずつ確かめ、村に残すものと、持っていくものを分けていく。単調な作業だったが、二人でやると、思いのほか時間が経つのを忘れた。


小屋の中は、埃と乾いた木の匂いがした。窓から差し込む光の筋に、細かい埃がゆっくりと舞っている。


出発の日が近づくにつれ、家々のあちこちで、こうした荷物の整理が始まっている。この小屋も、リゼの家が長く手をつけていなかった、最後の一角だった。


「これ、もう何年も開けてなかった箱」


リゼが、隅に置かれた小さな木箱の蓋を持ち上げた。中には、古い布や糸巻き、色褪せた小物が詰め込まれていた。


「お母さんの、若い頃の物?」


「多分。おばあちゃんが亡くなったあと、そのままここに移したんだと思う。……あ」


リゼの手が、箱の底で止まった。麻布に包まれた、平たい何かを引き上げる。


「何、それ」


「分からない。……開けてみる」


リゼは、丁寧に布を開いていった。中から出てきたのは、黄ばんだ一枚の紙だった。折り目に沿って、今にも破れそうになっている。


しばらく、リゼは黙って文字を目で追っていた。指先が、紙の端を強く握っている。


「これ……大伯母(おおおば)の話だと思う」


「大伯母?」


「お母さんのお姉さん。……あたし、会ったことない。ずっと昔、村を離れたって、それだけしか聞いたことなかった」


リゼは、紙を僕の方に向けて差し出した。僕はそれを受け取り、文面を読んだ。


「療養に出す、との由。経過観察のため、二十日後、再訪の予定。詳細後日追記」


指先が、紙の上で止まった。この言葉を、僕は知っている。


「これ……」


「どうしたの」


「フェインさんの帳面にあった言葉と、同じだ。トビンの家に来た手紙にも」


リゼの顔が、静かに強張った。


境を越えるとの由、詳細後日追記――記録所で見た三人の若者の記録。静養に出す由、詳細後日追記――無ノ子だったマレイさんの記録。経過観察のため、判定より二十日後――フェインさんの家で見た、四十年近く前の帳面。経過観察のため、十日後――トビンの家に届いた手紙。どれも、書いた人も、書かれた事情も、まるで違うはずだった。それなのに、言葉の型だけが、驚くほど揃っていた。


「同じって、どういうこと」


「無ノ子の記録も、境の外に出た人の記録も、みんな『経過観察のため』とか『詳細後日追記』って書かれてた。それが、リゼの家の記録にも――」


言葉が、途中で止まった。うまく続けられなかった。


リゼは、しばらく紙を見つめたまま動かなかった。それから、ゆっくりと口を開いた。


「前に、少しだけ言いかけたことがあったの。覚えてる? 『うちにも昔……』って」


「うん。覚えてる」


「これのこと。大伯母が、ある日突然『療養に出す』って言われて、それで村を出て行った。それから、一度も帰ってこなかった。……ずっと、うちだけの、特別な不幸だと思ってた」


リゼの声が、少しだけ震えていた。


「でも、もしかしたら」


「うん」


「うちだけじゃ、なかったのかもしれない」


その一言が、部屋の空気を変えた。虫の声も、風の音も、しばらく聞こえなくなったような気がした。


僕は、その言葉の重さを、しばらく受け止めきれなかった。これまで、この村の仕組みは、無ノ子や境の外に出た者たちだけの話だと、どこかで区切って考えていた。だが、リゼの家という、ごく普通の一軒の記憶の底にまで、同じ手が伸びていたのだとしたら――区切りなど、最初からなかったのかもしれない。


「大伯母さんが村を出たのって、いつ頃?」


「分からない。お母さんも、あまり話したがらなかったから。……でも、おばあちゃんの代くらいだから、かなり前だと思う」


かなり前――四十年近く前の、あの帳面の記述と、時期が重なるかもしれない。無ノ子の記録とも、境の外の記録とも、接点のないはずの、リゼの家系。それなのに、同じ言葉が使われている。境の柵の内側で、これまでどれだけの家が、同じような紙を、こうして誰にも見せずに仕舞い込んでいたのだろう。そう考えると、この村そのものが、いくつもの小さな沈黙を抱えて、ただ静かに続いてきただけの場所に見えてきた。


「これ、持っていってもいい? 出発の前に、もう一度確かめておきたい」


「うん。……もちろん」


リゼは、紙を丁寧に折り直し、僕の手に握らせた。その手は、まだ少し冷たかった。


「怖い?」


「怖いよ。でも、それだけじゃない」


リゼは、そこで初めて、僕の顔をまっすぐ見た。


「これまでは、ノアが調べてることだと思ってた。……でも、これを見つけたら、もう他人事じゃない気がした」


「うん」


「あたしも、一緒に確かめたい。この村のことも、うちの家のことも」


リゼの声には、これまでにない強さがあった。支える側だけでいることに、彼女自身が違和感を持ち始めていたのかもしれない。


「二人で、確かめよう」


「うん」


僕らは、しばらく黙って、木箱の中身を片付け直した。だが、片付ける手の動きは、さっきまでとは少し違って見えた。単なる荷物整理ではなく、これからの旅の一部が、もう始まっているような感覚があった。


作業を終えて外に出ると、夕暮れの光が、村の屋根の連なりを薄く染めていた。


「セルマには、話す?」


リゼの問いに、僕は少し考えた。


「まだいい。全部が繋がったら、その時に」


「うん。……分かった」


出発まで、あと二日。窓の外、夕暮れの光がさらに薄く傾いていく。僕は、懐にしまった紙の重さを、何度も確かめながら、リゼの家を後にした。


これをセルマに見せるかどうか、他の誰に話すかどうか――その判断も、今の僕にはまだつかなかった。しかし、一つだけはいえた。これで、この村の仕組みは、リゼの家さえ例外ではなかったということだ。


道を歩きながら、頭の中で、あの言葉を繰り返していた。「経過観察のため」「詳細後日追記」。四十年前の帳面。トビンの家の手紙。無ノ子の記録。そして今、リゼの家系からも、同じ言葉が出てきた。


これは、もう偶然では説明できないところまで来ている気がした。


今夜、荷物の最後の確認を終えたら、この紙をどう扱うべきか、もう一度じっくり考えたい。だが今は、まだ答えを急がず、この重みだけを胸に刻んでおくことにした。

いつも通りの一日が、こんなに愛おしく感じる日もあるんだなと思いました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。