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疑い病と侮られた僕だけが嘘を見抜き、村を救って成り上がる  作者: pekomaro


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行ったことのない荒野が、瞼を離れない

朝から、風の匂いが、いつもと違っていた。


井戸の水面に映る雲の流れが、いつもより速い気がした。空気そのものが、何かをせき立てているような、そんな感触だった。


井戸端で水を汲んでいると、リゼが、心配そうな顔で声をかけてきた。


「ノア、今日、なんか顔色悪いよ」


「そう見える?」


「見える。何かあった?」


「……セルマが、あの夜からまだ何も話してくれなくて」


リゼは、それ以上、無理に聞こうとはしなかった。ただ、桶を受け取りながら、小さく言った。


「話せるようになったら、聞くから。急がなくていい」


その一言に、少しだけ救われた気がした。あのリゼの声だけが、今の自分にとって唯一、揺らがない場所のように感じられた。だが今は、頭の中を整理する時間がどうしても必要だった。僕は、水汲みを早々に済ませると誰にも告げずに、村の外れへ向かった。裏山の途中まで登ったところで、腰を下ろす。ここまで来れば、村の喧騒も竈の匂いも届かない。


(一日のずれ、恐怖の顔……何が、繋がってるんだろう)


これまで拾ってきた手がかりを、もう一度、頭の中で繋ぎ直してみる。墓標の日付、供物帳の日付、台帳のずれ、ダンさんの早口、セルマの震え——一つ一つを丁寧に、隙間なく繋ぎ合わせようとした。狂おしいほど集中して、見えないはずの繋がりを無理やり見ようとするような感覚だった。


今回は、これまでのようにうまく距離を置けなかった。繋ぎ直している一つ一つの手がかりが、自分自身の根っこに直結している。そのせいで、いつもよりずっと深く、頭の芯まで力を使い切っているような感覚があった。額に浮いた汗が、こめかみを伝って落ちるのを、僕はぼんやりと感じていた。


その時、不意にうなじの辺りが冷たくなった。


普通の寒さではない。誰かの視線を感じたときの、あの小さなざわつきとも少し違う。まるで、決まった方角から一定の間隔でこちらを見つめる何かがあるような——そんな、粒の揃った冷たさだった。


僕は、反射的に振り返った。だが、そこには誰もいない。裏山の斜面と、境の柵の方へ続く乾いた道だけがあった。振り返った先には、風に揺れる乾いた草と、遠くの柵の輪郭しかない。それでも、視線の感触だけは確かにそこに居座り続けていた。柵の向こう、涯の荒野の方角から、まっすぐに向けられているような気がした。


(トビンが言ってた、あれだ)


「目が覚めた瞬間、誰かに見られてるような気がしないか」——あのとき、オーレンさんがトビンにそう尋ねたと聞いた。単なる奇妙な質問だと思っていた。だが、今この瞬間、僕自身がまさにその感覚の中にいた。誰かの目でも、村の誰かの視線でもない。もっと輪郭のない、方向だけがはっきりしている、そういう類の何かだった。


同時に、瞼(まぶた)の裏にあの光景が浮かんだ。


見たことのない色の空、地平線まで続く乾いた荒野、鉄と砂が混じったような、あの匂い——柵の隙間から見た、あの一瞬の景色が、今日はいつもよりずっと鮮明に繰り返し押し寄せてくる。地面の乾き方、風に舞う細かな砂の粒、遠くにぼんやりと霞む輪郭——今までは、思い出すたびに少しずつ薄れていくはずのものが、今日は逆に輪郭を増しているように感じられた。


以前は、ほんの数秒で消えていく残像だった。今日は、瞼を開けても、しばらく消えない。まるで、その景色の方が僕の意識にしがみついているかのようだった。頭の奥がじんと痺れるような感覚まで、ついてくる。指先まで、その光景の乾いた熱が伝わってくるような気さえした。


一度も足を踏み入れていない場所のはずなのに、なぜこんなに近く感じるのか。理由の分からない不安だけが、胸の底に居座っていた。


僕は両手で、自分の顔を強く擦った。


(なんなんだ、これは)


数えてみれば、ここ数日、看破の力をこれまでにないくらい強く使い続けている。台帳の矛盾を見抜き、ダンさんの表情の裏を読み、セルマの言葉の切れ目まで拾い上げてきた。力を大きく使った直後にだけ、こういう感覚が来るのだとしたら——それは偶然ではない気がした。


だが、それにしても、この感覚の広がり方は、これまでのどの違和感とも違っていた。何かに見られている気がする瞬間は、確かに前にもあった。だが今日ほど、はっきりと方角を持ったものとして感じたことはない。まるで、見ている側の輪郭までうっすらと伝わってくるような、そんな感触だった。


トビンがあの言葉を口にしたのは、まだ遠い日常の中の、ちょっとした奇妙な出来事だった。オーレンさんがそんな質問を面談でしていた、という話を聞いたときも、僕はそれを、他人の身に起きた不思議な話として少し距離を置いて受け止めていた。だが今、この視線を自分自身の肌で直に感じてしまった今、その距離はもう完全に消えてしまっていた。あれは、決してただの奇妙な質問なんかではなかったのだ。


僕はしばらくその場に座り込んだまま、乱れた息を整えた。目の前には、いつも見ている裏山の斜面が広がっている。それなのに、まだあの荒野の匂いが鼻の奥にこびりついたまま消えなかった。


セルマの秘密、父さんと母さんの死——それを追いかけているうちに、いつの間にか村の中だけの話では収まらないもっと大きな何かの縁に触れてしまったのかもしれない。


そんな予感が、今はっきりと胸に落ちてきた。


これまで、僕が疑ってきたものは、どれも村の内側にあるものだった。井戸、帳簿、聖具、記録の空白——全部、境の柵の内側で起きていることだと当たり前のように思っていた。だが、今この瞬間感じている視線と、瞼の裏に張りついたままの荒野の景色は明らかに柵の向こう側から届いている。もし、この二つが本当に繋がっているのだとしたら——両親のことを調べ始めた途端に、これまでとは比べものにならない大きさの何かに片足を踏み入れてしまったことになる。


風が、もう一度強く吹いた。乾いた砂の匂いが、一瞬、確かに鼻先を掠めた気がした。


この感覚は、村の中だけの話じゃない気がする。セルマの秘密も、この視線も、同じ場所から伸びているのかもしれない——そう思うと、もう後には引けない気がした。


僕はしばらくその場に留まったまま、震える呼吸を一つずつ整えていった。動けるようになるまで、少し時間がかかりそうだった。

見られている感覚と、荒野の記憶が重なる回でした。もしよろしければ、感想や評価で教えていただけると嬉しいです。

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