三つ目の記録で、台帳だけのずれを確かめた
「また来たのか」
記録所の戸を開けると、ダンさんが片方の眉を上げて、こちらを見た。
「すみません。もう一つ、確かめたいことがあって」
「昨日、教えてやったろう。書き間違いだって」
その言い方は、昨日よりも少しだけ早口だった。僕は、その速さに意識を集中させた。誰かの言葉が必要以上に滑らかに、あるいは必要以上に急いで出てくるとき——それは大抵、あらかじめ用意された答えをそのまま吐き出しているときだ。ダンさんの目は、こちらを見ているようで、実際には少しだけ視線の焦点が外れていた。
「それが、少し引っかかっていて。……お宮の方には、亡くなった人への供物を記す帳面があると聞きました。あれも、見せてもらえませんか」
ダンさんの表情が、わずかに硬くなった。頬の筋が、一瞬だけ、強く引きつるのが見えた。
「あれは、俺の管轄じゃない。神官のところだ」
「分かりました。そちらに、聞いてみます」
僕は、それだけ言って、記録所を出た。あの一瞬の表情の変化だけで、確信はもう半分近く固まっていた。神官の詰所は、村の広場から少し奥に入った、古い建物だった。目覚めの儀のときにしか、あまり足を運ぶことのない場所だ。
供物帳を管理している老いた神官は、僕の頼みにあっさりと帳面を出してくれた。記録所とは違い、こちらには特別な決まりも監視の目もなかった。
「珍しいね、こんな古い記録を気にするのは」
「両親のことを少し知りたくて」
「そうか。まあ、見ていくといい。ここのものは、誰かが手を加えるようなものでもないからね」
その一言が、妙に心に残った。手を加えるようなものでもない——つまり、少なくともこの神官の目からは、村の埋葬台帳の方に何らかの手が加わる余地がある、という前提が当然のように存在しているのだ。
僕は指先で行を辿った。父さんと母さんの供養が、最初に行われた日付——それは、墓標に彫られていた日付と完全に一致していた。台帳の埋葬日とは一日、違っている。
胸の奥で、何かが静かに、はっきりと形を持った。
これで、三つの記録が揃った——墓標の日付と供物帳の日付は一致していて、村の埋葬台帳だけが一日遅れている。
書き間違いなら、ずれるとしても、どちらか一方に偏る理由はない。だが、こうして二つの記録が同じ日を示し、一つだけが違うということは——遅らせる理由があの台帳の方にだけあったということだ。
三十路を越えたこの神官が、この供物帳を書き始めたのは、僕が生まれるよりも前だという。だとすれば、この帳面自体に後から手を加えられた形跡はないはずだ。台帳だけが、いつ、誰の手で、なぜ変えられたのか——それを知る者は限られている。
いつものものとは違う、もっと冷たく澄んだ感触だった。違和感が確信に変わる瞬間の、あの独特の重さ。ただ、これまでとは明らかに違う重さでもあった。村長さんの帳簿を暴いたときの高揚とは、まるで似ていない。今、胸に落ちてきたのは、喜びではなく確かな不安だった。
僕は、神官に礼を言い、詰所を出た。日はすでに、西に傾き始めている。
家に着くと、セルマは竈の前で夕飯の支度をしていた。昨日とは違い、酒の匂いはしない。いつも通りの、静かな夕方だった。
「おかえり。今日は、どこ行ってたんだい」
「……セルマ」
僕は、荷物を置く前に、そのまままっすぐ切り出した。
「父さんと母さんの、埋葬の日付。墓には、ある日付が彫られてる。でも、村の台帳には、その一日後の日付が書かれてる。お宮の供物帳は、墓の日付と同じだった」
セルマの手が、鍋の縁で止まった。
「三つのうち、二つが揃っていて、一つだけ違うなら——遅れてる方に何か理由があるんだと思う。書き間違いじゃ、説明がつかない」
「……何を、調べてるんだい」
セルマの声は、いつもより低く、そして明らかに震えていた。
「知りたいだけなんだ。二人が、どうして死んだのか。どうして、記録が、少しだけずれてるのか」
「……そんなこと、今さら、調べる必要ないだろう。もう、済んだことだ」
「済んだことなら、隠す必要もないはずだよね」
「隠してるなんて、言ってないよ」
セルマの声が、わずかに大きくなった。それは、いつもの彼女らしい柔らかな口調ではなかった。
セルマは、ゆっくりとこちらを向いた。その顔を見た瞬間、僕は思わず、言葉を失った。
そこにあったのは、怒りでも、悲しみでもなかった。もっと純粋な、剥き出しの——恐怖だった。頬から血の気が引き、唇がわずかに開いたまま言葉が出てこない様子だった。手にした木の匙が、かたかたと小さく鍋の縁を叩いている。
「セルマ?」
「……なんでそんなことを」
声が、掠れていた。
「なんで今、それを調べようなんて」
「セルマ、そんなに怖がるようなことなの」
セルマは、答えなかった。ただ、震える手で匙を鍋の中に落とすと、その場にゆっくりとしゃがみ込み、両手で自分の顔を覆った。指の間から、短く途切れた息の音だけが聞こえた。
僕は、それ以上、何も言えなかった。
これまで、村のどんな秘密を暴いたときも、相手の反応は驚き、怒り、あるいは諦めだった。だが今、目の前にあるのは、それらのどれとも違う。セルマは今、確かに何かを——それとも誰かを——恐れている。
竈の火が、ぱちんと小さく爆ぜた。その音だけが、静まりきった部屋の中にやけに大きく響いた。
セルマの、あの表情。あれは、僕がこれまで見てきた、村の誰の顔とも違っていた。
それは、隠し事を暴かれた者の反応ではなかった。まだ何も暴かれていないのに、もう怯えている——僕には、そう見えた。何かが、ずっと前から、セルマの中で息を潜めていたのだ。
僕は、竈の前にしゃがみ込んだセルマの背中を、しばらく黙って見つめていた。声をかけることも、それ以上問い詰めることも、今はどちらもできなかった。ただ、確信だけが、胸の奥に重く沈んだまま、消えずに残っていた。
夕飯の鍋は、火にかけたまま、静かに湯気を上げ続けていた。誰も、それを止めようとはしなかった。窓の外は、いつの間にかすっかり暗くなっている。僕は、震え続けるセルマの肩に、そっと片方の手を置いた。何も言えなかったが、それだけは今の自分にできる、たった一つのことだった。
セルマの反応が、これまでで一番、重い回になりました。次回、もう少し先へ進みます。




