なぜ、墓標と台帳の日付が一日ずれるのか
朝、リゼには何も言わずに、家を出た。
「今日は、一人で調べたいことがあるから」——そう言えば、リゼはきっと理由を聞いてくる。まだ話せるほど自分の中で整理がついていなかった。
村の共同墓地は、広場から少し離れた、緩い斜面の上にある。朝露を含んだ草が、足元を湿らせた。木の柵で囲われた敷地の中に、大小さまざまな墓標が並んでいる。
父さんと母さんの墓は、隅の方にあった。二人分にしては小さな、一つの石。長い間風雨にさらされてきたせいで、彫られた文字はところどころ薄くなっている。それでも日付だけは、はっきりと読み取れた。
僕はその日付を、頭の中に刻み込んだ。指でなぞって、間違いがないか、もう一度確かめる。
墓の周りには、雑草がわずかに伸びていた。誰かが定期的に手入れをしている様子はあるが、それも、セルマがたまに来ている程度なのだろう。他の家の立派な墓標と比べると、どこか、ひっそりとした佇まいだった。しばらく、その石の前にしゃがみ込んで、僕は何も言わずに指先で表面をなぞり続けた。冷たい石の感触だけが、はっきりと伝わってくる。
墓地から少し下った場所に、記録所と呼ばれる小さな建物があった。村の生まれ、死、婚姻などを書き留める役目を担う場所で、普段僕のような子供が用があることはない。
戸を叩くと、老人が顔を出した。記録係のダンさんだ。無愛想だが、筋の通った頼み方をすれば、話くらいは聞いてくれる、と評判の人だった。
「何の用だ、こんな朝から」
「家系のことを、少し調べたくて。両親の記録を、見せてもらえますか」
「珍しいな、お前くらいの子供が、そんなことを気にするのは」
ダンさんは、しばらくこちらを睨むように見てから、渋々戸を大きく開けた。
「まあ、いい。決まりだから、勝手に持ち出すことはできんが、ここで見るだけなら」
部屋の中は、埃っぽい匂いがした。棚には、年代ごとに束ねられた台帳が、ぎっしりと詰まっている。ダンさんは、その中から一冊を取り出し、机の上に置いた。
「この辺りだろう。お前の生まれた年の少し前だ」
「ありがとうございます」
「礼はいい。長居はしないでくれ。決まりだから」
ダンさんは、そう言うと、部屋の隅の椅子に腰を下ろし、別の書き物に目を落とした。時折、こちらの様子を、横目で確かめているのが分かる。監視というほど露骨ではないが、決して、油断なく見守っているような視線だった。
僕は、曖昧な緊張を抱えながら、台帳を開いた。指先で、行を辿っていく。
――名、死亡日、埋葬日、理由。
ほとんどの行には、簡潔ながらも、具体的な理由が記されていた。「流行り病」「老衰」「怪我の悪化」——どれも、短いなりに、輪郭のある言葉だ。
父さんと母さんの行に来て、僕は、指を止めた。
理由の欄には、ただ「病」の一文字だけ。他のどの行よりも短く、そして無機質だった。
そして——日付。
僕は墓標で確かめてきた日付を、もう一度頭の中で照らし合わせた。
台帳に記された埋葬日は、墓標に彫られた日付より一日遅れていた。
「……あの」
「なんだ」
「埋葬の日付が、墓の彫りと台帳とで、一日違うみたいなんですけど。これは、よくあることなんでしょうか」
ダンさんの手が、帳簿を整えていた動きをほんの一瞬、止めた。
「……よくある。書き間違いくらい、いくらでもあるさ。石屋が先に彫って、記録が後から追いつくなんてこともある」
その言い方は、いつもの無愛想さとは少し違う響きを持っていた。早すぎる、簡潔すぎる説明。まるで事前に用意していた台詞をそのまま読み上げたような、そんな滑らかさだった。
「そういうものなんですね」
「そういうものだ。他に、用は」
「……いえ、大丈夫です。ありがとうございました」
僕は台帳をそっと閉じ、礼を言って、記録所を出た。
外に出た瞬間、風が少し強く吹いた。僕はその風の中でしばらく立ち尽くしていた。
一日のずれ。それだけなら、確かに、書き間違いで済む話かもしれない。だが、ダンさんの答え方には、何かが引っかかった。あの滑らかさは、村長さんが帳簿の改ざんについて聞かれたときの、あの妙な流暢さと、よく似ていた。
広場に戻る途中、詰所の前で、ダレンに声をかけられた。
「おい、ノア。こんな朝から、どこ行ってたんだ」
「ちょっと記録所に」
「記録所? お前が? 珍しいこと調べてるな」
ダレンは興味深そうに眉を上げたが、僕の表情を見て、すぐにそれ以上は聞かなかった。
「……まあ、言いたくないなら、いい。だが、何か困ったら言えよ。前とはもう違うんだから」
その言葉には、以前のような突っかかる響きは、少しもなかった。僕は、小さく頷いて、それだけで、その場を離れた。ダレンが、こちらの様子を、少し気にしながら見送っているのが、背中でも分かった。
証拠と呼べるほどのものではない、ただの一日の空白だ。だが、これまでの経験がはっきりと告げていた——この程度の小さなずれこそが、大きな何かの入り口になることを、僕はもう何度も見てきている。
井戸の光も、帳簿の数字も、無ノ子の記録の空白も、最初はどれもこれくらいの小さな違和感だった。それが確かめるたびに、一つずつ輪郭を持っていった。今回も、同じ道を辿るのかもしれない。ただ、これまでとは違って、その道の先にいるのが村の誰かではなく、僕自身の父さんと母さんなのだと思うと、胸の底がいつもより重く沈むのを感じた。
家に帰る道を、僕はあえてゆっくりと歩いた。頭の中で、今日確かめたことを何度も並べ直す。
墓標の日付、台帳の日付、理由の欄の、あまりに簡潔な「病」の一文字、そしてダンさんの用意されたような答え。
一つ一つは、まだはっきりした形を持っていない。だが、これらを繋ぐ線が、もしどこかにあるのだとしたら——それを見つけるまで、僕は止まるつもりはなかった。
家に着く頃には、日はすでに高く昇っていた。門をくぐる前、僕は、一度だけ振り返り、緩い斜面の向こうにある墓地の方角を見た。ここから見える範囲では、あの小さな石の輪郭さえ、はっきりとは見えない。それでも、そこに何が眠っているのか——本当の意味で知っているのは、今この村で、たった一人だけなのかもしれなかった。
セルマ。あの人が、竈の前で見せた、あの一瞬の切れ目。今日確かめた一日のずれと、あの言葉の途切れ方は、きっと同じ根から伸びている。
次は、お宮の供物帳を見てみよう。もう一つ、確かめれば分かるはずだ。
墓標と台帳、たった一日のずれから始まる回でした。次回、この違和感を、もう少し掘り進めます。




