なぜ、どの紋様も同じ型に見えるのか
儀式の朝、広場には、いつもより多くの色とりどりの布が張られていた。祭壇の周りには、村中から集められた花や供物が並び、朝の光が、それらを柔らかく照らしていた。
「今日は、気合入ってるわね、村長さんも」
セルマが、僕の隣で、広場の飾りを見ながら呟いた。
僕は返事の代わりに、小さく頷いた。目覚めの儀の朝は、いつも村全体がわずかに浮き立つ。今日は、その浮き立ち方が、いつもよりも一段大きい気がした。カイルの人気と、期待の高さのせいだろう。
「カイル、緊張してるかな」
リゼが僕の反対側から、広場の奥を見ながら言った。人垣の向こうに、正装したカイルの姿がちらりと見える。いつもの気楽な普段着とは違う、儀式用の白い衣に身を包み、心なしか背筋がいつもより伸びていた。
「あいつが、緊張するとは思えないけど」
「それは、そうか」
僕たちは小さく笑い合った。
儀式は、村の中央、石造りの祭壇の前で行われる。調律士オーレンが、いつも通りの落ち着いた足取りで、聖具を手に、祭壇の前に立った。集まった村人たちが、一斉に息を潜める。この一瞬の静けさは、目覚めの儀の日、いつも同じように訪れる。
「カイル・ドレイク。前へ」
名前を呼ばれ、カイルが、緊張した面持ちで前に進み出た。いつもの明るさは消えて、その顔には真剣な色だけがあった。
オーレンが聖具――精巧な金属の器を、カイルの両手に乗せる。器の表面に、細かな紋様が、静かに光を帯び始めた。
村人たちの視線が、一点に集まる。誰もが息を殺すようにして、その光を見守っていた。
光は次第に強くなり、やがて、カイルの手の甲に、ひとつの紋様として焼き付いた。同時に、カイルの体が一瞬、大きく震える。
「うおおっ……!」
カイルが、声を上げた。歓喜と驚きが半分ずつ混じった声だった。
「これが……力なのか」
紋様は鋭い刃を思わせる形をしていた。戦士系のスキルだと、一目で分かる形だった。
「戦士の系統だ!」
誰かが、そう叫んだ。広場に、割れるような歓声が上がった。
「やったな、カイル!」
「これで、自衛団に入れるぞ!」
村人たちの祝福の声に囲まれて、カイルは涙目のまま、何度も頷いていた。その姿は、これまで見てきたどのカイルよりも誇らしげで、眩しかった。
僕はその光景を、少し離れた場所から見ていた。友の喜びを心から嬉しいと思う。それは間違いなかった。
だが――カイルの手の甲に焼き付いた紋様を、もう一度見た瞬間、僕の中で小さな引っかかりが動いた。
(この形……)
刃を思わせる、鋭く角ばった線。その角度、その配置に見覚えがあった。
――ダレンの手の甲にも、似た紋様があったはずだ。
儀式の日、遠目に見たダレンの力の紋様は、確かに剛力を思わせる太い形だった。カイルのものとは細部が違う。だが、その"骨格"――線の運び方、角の取り方――は、驚くほど似通っていた。
僕は記憶を、さらに遡ってみる。数年前、他の同期が儀式を受けたときのことも思い出そうとした。あのときも、確か、似たような線の運びを見た気がする。細部の意匠は違う。だが、根っこにある形の作り方が、どこか同じ型から生まれているように見えた。灯前村や瀬戸口から嫁いできた人の紋様の話を聞いたときも、そういえばどこかで似た印象を持った気がする。
(まるで――限られた型の中から配られているような)
その考えが、頭の中で言葉になった瞬間、僕は、ぞくりとするような違和感を覚えた。だが、それが何を意味するのか、まだ僕自身にも分からなかった。同じ型から生まれているとしたら、それを配っているのは誰なのか。星の恵み、とだけ呼ばれているものの正体が、急に輪郭のない不気味さを帯びて見えた。
「ノア? どうした、そんな顔して」
リゼが僕の様子に気づいて、声をかけてきた。
「ううん……何でもない」
僕は慌てて表情を戻した。今、この場でこの違和感を口にするのは、違うと思った。今日は、カイルの喜びの日だ。
「カイル、こっち向いて!」
村の子供たちが、カイルを取り囲んで口々に祝いの言葉をかけている。カイルは、その真ん中で、誰よりも明るく笑っていた。
「見てくれよ、これ! 戦士系だぞ! これで、村を守れる!」
カイルの声は、これまで聞いたどの声よりもまっすぐで、迷いがなかった。その姿を見ていると、さっき感じた違和感が、ただの気のせいだったような気にもなってくる。
それでも――胸の底に沈んだその小さな引っかかりは、簡単には消えてくれなかった。
儀式が終わり、村中で祝いの宴が始まる。太鼓の音と笑い声が広場いっぱいに広がっていく中、僕は賑わいの中で一度、その場を離れた。
祭壇の前には、まだオーレンが立っていた。聖具を布に包み直しながら、静かにこちらを見ている。
「何か、気になることでも?」
オーレンの声に、僕は、少し身構えた。
「いえ……カイルの力、綺麗な形だったので」
「そうだね。良い形だ」
オーレンはそれだけ言うと、聖具を抱えて、その場を去っていった。何気ない会話だったはずなのに、僕の中にはその一言が妙に長く残った。良い形、というその評し方が、まるであらかじめ決められた良さの基準があるかのように聞こえたからだ。
夜、宴の喧騒が遠くから聞こえる中、僕は一人、家の裏手で今日見た紋様の形を、指先で空に描いてみた。
刃の形。剛力の形。他にも、これまで見た、いくつかの形。
どれも似ている。だが、どこが似ているのか、うまく言葉にできない。
「限られた型の中から……」
僕はその言葉を、もう一度口の中で呟いた。
答えは、まだどこにもなかった。ただ、その問いを見つけたこと自体が、これまで気づかなかった村の輪郭を一段深く覗き込んだ証のような気がした。
僕は懐から、自分の地図と覚え書きを取り出した。これまで見てきた紋様を、記憶を頼りに一つずつ描き写していく。
刃の形は、角が三つ。折れ方は、どれも鋭く同じ方向に傾いている。剛力の形は、角が二つで、線が太く、途中で一度だけ大きく折れる。他に見た形も、思い出せる限り並べてみると、角の数と、折れる回数に、共通する規則があるように思えた。
(角の数……線の折れ方……)
感覚だけで終わらせず、こうして書き出すと、輪郭がわずかに、だが確かに具体的になった。まだ答えには程遠い。それでも、次に誰かの紋様を見たとき、何を数えればいいのかだけは、はっきりした。
宴のざわめきが、まだ遠くから聞こえてくる。ダレンが、こちらに気づいて、片手を上げながら近づいてきた。
「一人で何してる。カイルの晴れの日だぞ」
「うん、分かってる。ちょっと頭を冷やしてただけ」
「お前、たまにそういう顔をするな。何かまた見つけたのか」
ダレンの問いに、僕は、一瞬、答えに迷った。まだ確証と呼べるものは何もない。ただの直感の域を出ていない違和感だ。
「今はまだ、うまく言葉にできない。見つけたかどうかも、自分でも分からないんだ」
「そうか。なら、無理に言葉にするな。お前がそう言うときは、大抵まだ早いってことが多い」
ダレンはそれだけ言うと、また宴の輪の中へ戻っていった。その背中を見送りながら、僕は、少しだけ肩の力が抜けるのを感じた。
覚え書きの最後の頁に、僕はもう一言だけ書き足した。「型」。まだ誰にも見せられない、小さな一歩だった。
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