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疑い病と侮られた僕だけが嘘を見抜き、村を救って成り上がる  作者: pekomaro


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「記録一つで言い当てた」と頭領が認めた

その日の朝、鍛冶場に着くと、トビンはもう帳面を広げて待っていた。


「もう一回、確かめておいた。夜、寝る前にも見返したんだ」


「それで、確信は?」


「強くなった。あとは、実物と見比べるだけ」


僕たちは、帳面を布に包んで抱えたトビンと、広場へ向かった。市はまだ人が少なく、荷馬車の並ぶ一角も静かだった。


「あそこ。ガイルさんの隊の、二番目の荷馬車」


リゼが小さく指さした。護衛たちは、少し離れた場所で朝の点検をしている。今のうちなら、近づいても不自然ではなかった。


「荷を運ぶ手伝い、しましょうか」


僕がそう声をかけると、護衛の一人が軽く頷いて、荷台の方を指し示した。三人で荷を運ぶふりをしながら、僕はしゃがみ込み、車輪の付け根に目を近づけた。


「トビン、これ」


「見せて」


トビンは帳面を開き、僕が示した箇所と、記述にある寸法を、指で何度も往復させた。


「幅、合ってる。それに――この鍛接の痕」


トビンの声が、わずかに震えていた。


「うちの帳面に残ってる痕と、線の運びが、そっくりだ」


リゼも荷馬車の反対側から回り込み、別の車輪を確かめていた。


「こっちも同じ。三つとも、揃ってる」


三人で顔を見合わせた。誰も、すぐには言葉が出なかった。市の喧騒が、いつもと同じ調子で広場を包んでいるのに、僕たちの周りだけ、時間が少し止まったように感じられた。


胸の奥で、棘がぴりっと疼いた。


(この意匠――間違いない)


僕たちは荷を運び終えると、何も知らない顔で、その場を離れた。広場の隅まで戻ってから、僕はようやく息を吐いた。


「これで、はっきりした。今回の隊も、あの帳面に残ってる隊と、同じ流儀の車輪を使ってる」


「同じ流儀ってことは……同じ隊、ってことだよね」


「たぶん」


そこへ、井戸端の方から、聞き覚えのある笑い声が届いた。


「本当に大きな隊列だねえ。こんなに賑わうの、何年ぶりかしら」


「そういえば、前に来たときも、結構大きな隊列だったって聞いたことがあるよ」


女たちの一人が、そう付け加えていた。僕は思わず足を止めて、その会話に耳を傾けた。


「前に来たとき、って?」


「ああ、坊やも聞きたい? もうずいぶん前のことだけどね。あの頭領、まだ若い頃に、一度大きな隊を率いてこの村に来たことがあるらしいって話」


「うちの人が、そう言ってたよ。今みたいに、名主様への先触れが届くような格式はなかったみたいだけどね。隊列の規模自体は結構立派だったって」


もう一人の女が頷きながら付け加えた。


「先触れもなく、ふらっと現れたから村中驚いたって話も聞いたことがあるよ」


僕はリゼとトビンの顔を見た。二人も、同じことを考えているのが分かった。物証だけでも十分だったが、この噂が、もう一つの裏付けとして重なった。帳面という物証と、村人の記憶――二つの筋が、同じ答えを指していた。


「行こう。今度こそ、ちゃんと確かめる」


僕たちは荷の点検を続けるガイルのもとへ向かった。


「あの、少しだけ聞きたいことがあって」


ガイルは荷の点検の手を止めて、僕を見た。


「今日は、何だ」


僕は、トビンから預かった帳面を、そっと開いて示した。


「ガイルさん。この輪の鍛接痕、鍛冶屋のトビンが、うちの村の古い帳面に残る隊商の記録と同じだって言ってます。これ、あなたの隊のものですよね」


その問いに、ガイルの手が、ほんの一瞬止まった。


焚火の灯りに、頬の陰影がわずかに深く見えた気がした。


「……坊主。それを、どこで」


「鍛冶場に、何十年分もの補修の記録が残ってたんです。今回の隊の車輪と、同じ意匠でした。それに、井戸端の人たちも、若い頃のガイルさんが、先触れもなく大きな隊列でこの村に来たことがある、って話してました」


ガイルはしばらく黙って、帳面と僕の顔を交互に見た。その沈黙の中に、何かを測っているような慎重な色があった。


ちょうどそこへ、村長フェインが荷の受け取りの立ち会いに来ていた。井戸端の女たちも、何かあったのかと寄ってくる。


「ガイル殿、何かございましたかな」


フェインが、いつもの穏やかな口調で尋ねた。ガイルは、その場に集まった村人たちを一度見回し、それから、小さく息を吐いた。


「……鍛冶屋の見立てとは思わなかったな」


ガイルは、僕とトビンを交互に見て、そう言った。


「坊主とこの子、記録一つで、俺の隊を言い当てた」


その一言に、フェインが目を丸くした。


「言い当てた、と申しますと」


「若い頃、俺は一度、先触れもなくこの村に大きな隊を連れてきたことがある。それを、この二人が、鍛冶場の古い帳面から見つけ出したんだ」


フェインは、しばらく僕とトビンを見つめ、それから深く頷いた。


「大したものだ。鍛冶の技と、坊主の観察と……この村の子供たちは、なかなか目が離せませんな」


その言葉は、その場にいた井戸端の女たちの間にも、すぐに広まっていった。


「まあ、あの子たちが……」


「トビンが鍛冶場でそんなことに気づくなんて、思わなかったねえ」


村人たちのざわめきが、少しずつ広場全体に広がっていく。撤回のできない、公然とした評価だった。


トビンは、少し戸惑ったように僕の方を見た。頬が、わずかに赤くなっていた。


「こんなふうに褒められたの、初めてかもしれない」


「トビンの帳面がなかったら、分からなかったよ」


僕がそう返すと、トビンは何も言わず、ただ小さく頷いた。


ガイルは、村人たちのざわめきが少し収まるのを待ってから、もう一度、僕に向き直った。


「……分かった。今度こそ、ちゃんと話す」


その一言には、これまでの「それ以上は言えん」という保留とは、明らかに違う響きがあった。


騒ぎが一段落した頃、ダレンが人垣の外から近づいてきた。


「今の、聞いたぞ。お前とトビンが、隊商の車輪から見つけたって話」


「うん。トビンの帳面がなかったら、無理だった」


「鍛冶屋の目と、お前の目が組んだら、こういうことになるのか」


ダレンはそう言って、感心したように肩をすくめた。


「自衛団の耳にも、このことは入れといた方がいいだろうな。獣の話に繋がるかもしれないんだろ」


「うん。分かったら、ちゃんと伝えるよ」


ダレンは軽く頷くと、フェインの方へ足を向けた。名主の息子として、この場の後始末にも関わる立場になったのだろう。その背中を見ながら、僕は、この村の中で自分たちの見方が少しずつ変わっていくのを、確かに感じていた。

噂話が、また一つ、繋がりそうです。

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