似た棘を持つ者に、初めて自分を打ち明ける
「……何の用?」
トビンの声は、警戒に強く覆われていた。膝を抱えたまま、僕たちの方を見ようとはしない。
「別に、用ってわけじゃなくて」
僕は、少し離れた場所にそのまま腰を下ろした。リゼも、反対側に同じくらいの距離を取って座る。
「ただ、話そうかと思って」
「話すことなんて、ない」
トビンは、そう言って膝の上に顔を伏せた。声には、拒絶と同じくらいの疲れの色が滲んでいた。
僕たちは、しばらく何も言わずに、そこに座っていた。夕暮れの光が、赤みを増しながら木々の間から差し込んでいる。
「……儀式の日、見てたのか」
トビンが、ようやくそう呟いた。
「うん」
「そうだよな。みんな見てたもんな。あんな、恥ずかしい姿」
「恥ずかしいなんて、思ってない」
僕がそう言うと、トビンはようやく顔を上げた。疲れた目が、疑わしそうに僕を見た。
「お前、名主の息子との一件で、村の"すごい子"扱いになってるだろ。俺とは、住む場所が違う」
「そんなことないよ」
「あるだろ。お前は、何かを持ってる側だ。俺は、何も持ってない側。それだけで、もう違う」
トビンの声は、突き放すような硬さを持っていたが、その奥に僅かな怯えが滲んでいるのが分かった。突き放すことで、自分をこれ以上傷つけさせないようにしているだけなのだと、僕には見えた。
僕は、一度、深く息を吸った。
「僕、六歳のとき、井戸の水のことで変なことを言ったんだ。誰も信じてくれなかった。それから、しばらく村の輪の外側にいた」
トビンが、僕の言葉にわずかに眉を上げた。
「そんな話、初めて聞いた」
「言ったことなかったから。当時のことは、僕にとっても、あまり得意な話じゃない」
「でも、お前は今、みんなに認められてるじゃん」
「それは、たまたま今回のことがあったから。でも、それまでは、ずっと"疑い病"って呼ばれてた側だった」
僕は、記憶の中のあの日の空気をもう一度なぞるように言葉にした。
「誰も、僕を明確に責めたわけじゃない。ただ、少しずつ距離を置かれていく感覚があった。それが、ずっと嫌だった」
トビンは、しばらく黙っていた。膝の上で、指先が、無意識に地面の草をつまんでいる。
「……俺のは、もっと単純だよ。俺は、何も持ってない。ただの欠陥品だ」
「欠陥品なんかじゃない」
僕は、思わず少し強い声で答えた。
「決めたのは、儀式の仕組みだろ。トビン自身が、何かを間違えたわけじゃない」
「でも、結果は同じだ。俺には、何もない」
トビンの声には、諦めのような響きがあった。それでも、僕にはその言葉の裏に、まだ完全には消えていない悔しさが微かに見える気がした。
「僕は、儀式を受けてもいないのに変なものを持ってる。トビンは、儀式を受けて何も得られなかった。同じ十五歳で、同じ村の子供なのに、こんなに違う」
僕は、そう言いながら自分の考えを整理していた。
「それって、二人とも、この村の"当たり前"から外れてるってことだよね」
トビンが、初めてまっすぐこちらを見た。
「……お前も、"変わってる"やつだって聞いた」
その言葉に、僕は思わず少しだけ笑った。
「うん。よく言われる」
「本当に、変わってるのか」
「多分。少なくとも、村のみんなとは、見えてるものが違う気がする」
トビンは、初めて口の端をわずかに動かした。笑ったというよりは、笑おうとして、うまくできなかったというような表情だった。それでも、これまでの硬さに比べれば、確かな変化だった。
「わたしも、二人とそんなに違わないよ」
リゼが、そこで初めて口を開いた。
「みんなの言うことに、いつも黙って頷いてるだけ。本当は、疑問に思うことも、たくさんあるのに」
「リゼも?」
「うん。ただ、口に出す勇気がなかった。ノアがいなかったら、たぶん一生気づかないふりをしてたと思う」
トビンは、僕とリゼを交互に見た。
「……お前ら、変な組み合わせだな」
「よく言われる」
僕とリゼが同時に答えると、トビンの口元が、今度は少しだけはっきりと動いた。今日初めて見る、笑みらしいものだった。
「ここ、時々来ていい?」
僕がそう聞くと、トビンは少し驚いたような顔をした。
「……別に、止めない」
「それ、いいってことだよね」
「知らない」
素直じゃない返事だったが、その声には、これまでの拒絶とは明らかに違う響きがあった。
僕たちは、しばらくそのまま並んで座っていた。日が沈みかけ、空が濃い橙色に染まっていく。
「……そういえば」
トビンが、ふと声を落として言った。
「オーレンさんの面談、変なんだ」
「変?」
「体調のこととか聞かれるのかと思ったら、全然違うことばっかり聞かれる。眠ってるときに、何か変な感じがしないかとか。目が覚めた瞬間、誰かに見られてるような気がしないかとか」
その言葉に、僕の胸の奥で棘が急に強く疼いた。片目が、自然と細くなる。
見られている感じ――その言葉に、僕は心当たりがあった。うまく説明できないが、確かにそういう感覚を何度か覚えたことがある。
「……そんなこと、聞かれるんだ」
「うん。あとは、腕とか耳の後ろとかを、やたら丁寧に触って確かめてくる。健診にしては念入りすぎる気がして」
トビンは、そう言いながら自分の耳の後ろを無意識に触った。
「気にしすぎかもしれないけどな」
「……ううん。多分、気にしすぎじゃないと思う」
僕は、そう答えながら、記録帳の中のあの一行を思い出していた。三十年前の氾濫。処理済み、という短い注記。そして、オーレンがトビンに向ける、勘のようなものを孕んだ視線。
これらが、それぞれ独立した出来事なのか、それとも、どこかで一本の線につながっているのか――今はまだ、分からない。
けれど、これまで積み重ねてきたどの違和感よりも、この村の"当たり前"の奥に何かが静かに動いているという確信が少しずつ強くなっていくのを感じた。
そこまで考えて、僕はふと苦笑した。村長さんの帳簿を暴いて、初めて胸の奥に何かが灯った夜から、まだそう長くは経っていない。あの頃は、ただ違和感に引っかかるだけで、ろくに言葉にもできなかった。今は、見て、聞いて、狙って見抜ける。自分の"見える世界"がいつの間にこんなに広がっていたのか――そのことを、僕は今初めて、はっきりと噛みしめていた。
夕陽の最後の光が、木々の間から消えかけていた。トビンの隣で、僕はその光を見つめながら、次に何を確かめるべきか頭の中で組み立て始めていた。
ここまで読み進めてくださって、ありがとうございます。境ノ村の物語も、ひとつの折り返しに来ました。この先もブックマークで見守っていただけると嬉しいです。




