灯の灯る宴
日が沈む頃、境ノ村の広場は、これまで見たことのない眩しさに包まれた。
灯り台に次々と火が入れられ、赤々とした光が村中の道を明るく照らし出す。子供たちが持つ小さな灯籠も、あちこちで揺れながら光を放っていた。
祭りの開始を告げる鐘が、いつも通りの穏やかな音色で、一度だけ鳴り響いた。その音を合図に、村人たちの声が一気に高くなる。誰の顔にも、この一夜を心待ちにしていた笑みが浮かんでいた。
「見ろよ、これ! 俺が作った灯籠、一番明るいと思わないか」
カイルが、両手で灯籠を掲げながら僕とリゼのところに駆けてきた。
「うん、確かに明るいね」
「今日は、獣の周期のことなんて忘れて楽しめばいいんだよ。灯りをしっかり絶やさなければ、心配することなんて何もないだろ」
カイルの言葉には、いつもの迷いのない明るさがあった。北の見張り小屋の報告のことは、まだ広く知らされていないらしい。
「なあ、去年より灯籠の数も、灯り台も多いんだから、絶対去年よりすごい灯火祭になるぞ」
「うん、そうだね」
「ダレンのところも、今年は張り切ってるみたいだしな。あんな量の竹、俺一人じゃ運びきれなかった」
カイルはそう言って、得意げに胸を張った。祭りの高揚だけを、まっすぐに受け取っている様子だった。僕は、その真っ直ぐさが、少しだけ羨ましく思えた。
「そうだね」
僕はそれだけ答えた。カイルの前で、詰所で聞いた話を口にする気にはなれなかった。
広場では、炊き出しの鍋から立つ湯気と、灯りの熱とが混じり合い、祭りらしい独特の匂いが漂っていた。老人たちは去年の祭りの思い出を語り合い、若者たちは灯籠を掲げて練り歩き、村中が、久しぶりの華やぎに沸いていた。
「灯りを絶やすな、ってセルマがすごく念を押してたよね」
リゼが、行き交う人々を眺めながら言った。
「うん。今年は特に、って」
「わたしの家でも、同じことを言われた。今年はいつもより大人たちが、みんな似たようなことを言ってる気がする」
僕たちはそのまま連れ立って、灯り台の一つの前まで歩いた。揺れる炎の向こうに、村中の灯籠の光が、いくつも重なって見えた。
道の途中で、ダレンの父――名主の一人とすれ違った。祭りの装いをしていながらも、その足取りはどこか慌ただしく、詰所の方へ向かっているようだった。
「あの人も、今夜はゆっくりできないみたいだね」
「うん。名主一族は、祭りの間ずっと村の様子を見て回る役目があるらしいから」
「今年は、その役目もいつもより忙しそうに見える」
近くを通りかかった年配の男が二人、灯り台の様子を見ながら小さく言葉を交わしているのが、耳の端に入った。
「今年の張り詰め方は、なんだか去年までとは違う気がするな」
「まあ、余計なことは言わん方がいい。今夜だけは、な」
僕はその言葉を聞き流すこともできず、しばらくその場に立ち止まった。村の中で暮らす者の目にすら、今夜の空気ははっきりと違うものとして映っているらしかった。
リゼはそう言いながら、少し不安げに視線を落とした。
その少し先で、槍を担いだダレンが、他の見張りの男たちと連れ立って詰所の方へ歩いていくのが見えた。祭りの装いではなく、いつもの見回りの身なりだった。
「ダレン、もう配置につくの?」
僕が声をかけると、ダレンは短く頷いた。
「ああ。祭りは楽しんでこい。俺たちは、これから交代で境の外周を回る」
「気をつけて」
「お前もな。何かあったら、無闇に一人で動くなよ」
ダレンはそう言い残し、男たちと一緒に灯りの届く範囲から外へと歩いていった。その後ろ姿を見送りながら、僕の胸には祭りの賑わいとは違う、静かな緊張がまた小さく戻ってきた。
「今日は……何かが起きる日、なのかな」
リゼが、ぽつりとつぶやいた。
「分からない。でも、僕もそんな気がしてる」
セルマの姿を少し離れたところに見つけた。近所の女たちと一緒に、灯り台の火を確かめて回っている。僕と目が合うと、セルマは小さく手を振り、それからすぐに火の様子を見に戻っていった。その表情には、いつもの祭りとは違う、張り詰めた色があった。
「セルマさん、今夜はずっと火の番をしてるみたいだね」
リゼが、その様子を見ながら言った。
「うん。昼間から、何度も同じことを念押しされた」
「わたしのところも同じ。うちの母さんも、今夜だけは絶対に目を離すな、って」
「みんな、口をそろえて同じことを言うのって、なんだか……」
僕はそこで言葉を止めた。村中が同じ言葉を繰り返す光景は、今までも何度も見てきたはずだった。だが今夜は、その繰り返しの重さがいつもより濃く感じられた。
夜が更けるにつれ、広場の賑わいは頂点に達した。太鼓の音、笛の音、子供たちの笑い声――村中の音が、灯りの下で重なり合っていた。
その賑わいの中、僕はふと詰所の方角に目をやった。
いつもなら、境の柵の外周には規則的な間隔で見張りの灯りが並んでいるはずだった。だが今夜は、その並びの一箇所だけ灯りが見えない。
胸の奥で、棘がぴりっと疼いた。
(あそこの見張り、確かいつもは灯りを掲げているはずなのに。今夜だけ、消えてる)
「どうしたの?」
リゼが僕の視線を追って、同じ方向を見た。
「あそこの灯りの位置――いつもと違う気がして」
リゼも、しばらくその場所を見つめていたが、やがて小さく首をかしげた。
「本当だ。あそこ、いつもは光ってるはずだよね」
「うん。今日は特に、見張りを増やしてるはずなのに」
僕たちがそんな話をしている間にも、周りの村人たちは誰もその暗がりに気づかず、祭りの賑わいを楽しみ続けていた。灯りと笑い声に包まれた広場の隅で、僕だけが、その一点の暗さから、視線を外せなかった。
「見に行ってみようか」
「詰所の人たちが動いてるなら、多分もう気づいてるはずだよ。わたしたちが行っても、できることは少ないと思う」
リゼの言葉は、いつもの慎重さそのものだった。僕は、頷きながらも、暗がりの方角を見つめる目を、なかなか逸らせなかった。
(ダレンたちも、あの辺りを回っているはずなのに。何か、見つけたのかもしれない)
太鼓の音が、また一段と大きく鳴り響いた。祭りは、まだ夜のこれからが本番だった。だが僕の胸の中では、灯火祭の華やかさとは裏腹に静かな不安の芽が、少しずつ膨らんでいくのを感じていた。
ここから少しペースが上がります。ブックマークしておいてもらえると見逃さずに済むと思います。




