語順は違うのに、意味だけがぴったり揃っている
「星の恵み、この地に満ち、迷わぬ者に、力を与えん」
儀式の始まりに唱えられる、いつもの祝詞だった。村の古老が先導し、参列した村人たちが声を合わせてそれに続く。また村で同期の一人の目覚めの儀が行われることになった。今度は、隣の区に住む少女の儀式だった。
僕は何度も聞いてきたその祝詞を、いつものように聞き流そうとした。だが、ふと隣に立っていた見慣れない老人――隣の集落から儀式見物に来たという客――の唱える言葉が耳に引っかかった。
同じ祝詞のはずなのに、語順が微妙に違っていた。
「迷わぬ者に、力を与えん、星の恵み、この地に満ち」
言葉の順番が入れ替わっている。それでも、意味だけはまったく同じだった。他の村人たちは誰も気に留めていない様子で、いつも通り声を合わせて唱和を続けていた。
(語順が違うのに、意味は完全に一致してる。祝詞なんて本来なら、村ごとに少しずつ違う言い伝えになるものじゃないのか。なのに、意味だけが、こんなにきっちり揃うなんて)
儀式のあと、僕はその老人に声をかけてみた。
「すみません、さっきの祝詞、うちの村と少し語順が違いましたよね」
老人は驚いた顔をした。
「ほう、気づいたのか。うちの集落じゃ、昔からそう習うんだよ」
「意味は同じ、ですよね」
「そうさな。伝える言葉の順番が違うだけで、言ってることは変わらんよ。星の恵みを敬い、迷わず生きろ、という話だ」
「不思議じゃないですか。言葉の並びって本来なら、伝わる土地ごとにもっと崩れていくものだと思うんですけど」
老人は少し考え込むように髭に手をやった。
「言われてみれば……。うちの祝詞も、隣の隣の集落のものと聞き比べたことがあるが、やっぱり順番だけ違って意味は同じだったな。妙な話ではあるが、まあ星の意志が、そう定めているんだろう」
そう言って、老人は特に気にする様子もなく笑った。
「あなたは、それでも変だとは思わないんですか」
「変だとは思うさ。だが、変だと思ったところで何をどうすればいいのか、俺には分からんよ。星の意志なら、俺たちがどうにかできる話じゃないだろう」
老人はそう言って、軽く肩をすくめた。その割り切り方は、村長フェインや他の村人たちの言い分と、根っこのところでよく似ているように聞こえた。
胸の奥で、棘がぴりっと疼いた。片目が、勝手に細くなる。
(またか。もう驚くようなことでもない。歌も、祝詞も、聖具も――形だけ違えて、意味だけを揃えて配る。そのやり口は、もう何度も見てきた。今度は、祝詞の語順というだけだ)
その夜、儀式の後片付けを手伝いながら、リゼと少し話す時間があった。
「あの小屋の後、何か言われた?」
「今のところ、何も。もう忘れられたのかもしれない」
「忘れられたなら、それでいいけど」
リゼの声には、まだ拭えない不安が残っていた。
「今日の祝詞、少し違って聞こえたって、本当?」
「うん。語順が違ってたけど、意味はぴったり同じだった」
「そんなの、気づかないよ、普通は」
「僕も、たまたま」
リゼは少し黙り込んでから、静かに言った。
「ねえ、ノア。前から思ってたんだけど……この村の『当たり前』って、本当にこの村だけのものなのかな」
「多分違うと思う。塩の配給も、儀式の聖具も、今日の祝詞も。全部どこかで、誰かが同じ形に整えて村々に配って歩いたみたいに見える」
「誰が、そんなことを」
「まだ分からない。でも、調律士様が関わってるって話は前にも聞いた」
リゼは僅かに肩を震わせた。
「そう考えると、少し怖いね。当たり前だと思ってたものが、全部誰かが決めたものだったなんて」
「怖いけど……知らないままの方が、もっと怖い気がする」
リゼは僕の顔をじっと見て、それから小さく頷いた。
「うん。わたしも、そう思う」
その帰り道、広場でカイルとダレンにも会った。
「なんだ、二人揃って深刻な顔してるな」
カイルがそう言って笑ったが、リゼが今日の祝詞のことを軽く話すと、ダレンの表情が少し変わった。
「語順が違うのに、意味だけ揃ってる、か。……そういえば、俺の儀式のときの祝詞も、隣の集落から来てた親戚が少し違う言い方をしてたのを覚えてる」
「それ、いつ気づいたの」
「気づいたわけじゃない。ただ、あとになってお前の話を聞くと、そういえばそうだったな、って思い出すだけだ」
ダレンはそう言って、少し苦い顔をした。
「俺たちは、気づかないように育てられてるのかもしれないな」
その一言は、以前のダレンからは想像もできない言葉だった。カイルだけが、二人のやりとりにぴんとこない顔で首を傾げていた。
家に戻ってから、僕は今日聞いた祝詞の語順の違いを紙に書き出した。歌、聖具、祝詞――形はどれも少しずつ違うのに、根っこの「意味」だけは、いつも揃っている。もう驚くことでもない。今はその先――誰が、何のために、を考える方が大事だった。
紙の上の文字を見つめていて、ふと気づいた。
六歳のとき、胸に何かが引っかかっても、僕はただ黙って飲み込むしかなかった。理由も分からず、感じた違和感を言葉にすることも、誰かに確かめることもできなかった。けれど今は、誰も気にしない祝詞の語順という小さな綻びに、自分で目を向け、自分で辿り、自分で答えに辿り着けた。
勝手に刺さってくる棘を、ただ受け止めるだけだった僕が、今はそれを狙って、対象に突き立てられる。
僕は、その力に自分の言葉で名前を付けることにした。見抜くこと。僕は心の中で、そう呼ぶことにした。
――看破。
誰に教わったわけでもない、自分だけの呼び名だった。それでも、そう名付けた瞬間、これまでばらばらだった違和感の記憶が一本の線でつながっていくような気がした。
看破。声に出さず、口の中でその名を一度なぞってみる。ただの思いつきの呼び名のはずなのに、そう呼んだことで、これまで曖昧なままだった自分の癖が、初めて手に取れる道具のように感じられた。名前を持ったそれは、もう勝手に刺さってくるだけの棘ではなかった。
その帰り道、ダレンの「気づかないように、育てられてるのかもしれないな」という一言だけが、なぜか耳の奥に居座り続けていた。まだ、その言葉が何を指しているのか、うまく言えない。ただ、いつかそれを確かめる日が来るような、そんな予感だけが残った。
少し重い一言が出てくる回でした。次回、もう少し掘っていきます。




