古木に埋まった帯の刻みが、石の溝と一致した
数日、村には強い風の夜が続いた。裏山の木々があちこちで枝を落としているという話を、井戸端でよく耳にするようになった。
「そういえば、裏山の古い大木、とうとう倒れたらしいよ」
「あの、雷が落ちたことがあるって噂の木? もうずいぶん古かったもんね」
女たちの話に、僕は思わず耳をそばだてた。裏山は、あの石を見つけた場所でもある。あの日から、僕は裏山を歩くとき、いつもより少しだけ足元と視界の端に気を配るようになっていた。
翌日、僕は薬草採りを理由に裏山へ向かった。カイルも様子を見に来るというので、途中まで一緒だった。
倒れた古木は、山の中腹、雨で緩んだ斜面の際に根元から傾いて倒れていた。太い幹が、周囲の低木をなぎ倒すように横たわっている。幹を跨いで反対側に回ろうとすると、湿った土の匂いと、割れた木の芯から漏れる青臭さが同時に鼻を突いた。
近づいてみると、根元の部分に妙なものが見えた。幹に、細い金属の帯のようなものが、巻きつくように埋まっている。
喉が、ひとりでに強張った。
(これは。木の皮の内側に、帯が入り込んでる。外から巻いたものが、あとから木の皮に埋もれたようにも見えるけど――こんな深いところまで皮が育つのに、どれくらいの時間がかかるんだろう)
「金属の帯? こんな山奥に、誰がこんなもの巻いたんだ」
カイルが覗き込みながら、少し眉をひそめた。
「僕にも分からない。でも、この木だけに、これが巻かれてるんだ。裏山のどこでもいいってわけじゃなかった」
「気味悪いな」
カイルは帯に触れようとして、すぐに手を止めた。それでも、今日は「あんまり長居するなよ」の一言で切り上げず、しゃがみ込んだまま帯の広がりを目で追っていた。倒れた古木の周りには、まだ折れた枝葉が散らばっていて、二人で座る場所を探すだけでも一苦労だった。
「なあ、この幅、測っておいた方がいいんじゃないか。持ってきた縄、使うか」
カイルがそう言って、腰に巻いていた縄を貸してくれた。以前なら、こんな作業に付き合ってはくれなかったはずだった。
錆に覆われた表面は、爪を立てただけでは何も見えなかった。カイルが懐から小刀を出し、僕が帯の端を押さえる形で、二人で交互に錆をこすり落としていく。一度、刃が滑ってカイルの指先をかすめ、彼は小さく声を上げて手を引いた。血は出ていなかったが、それでも「危ねえな」と呟きながら、刃の持ち方を変えてもう一度取りかかってくれた。手のひらに、赤茶けた粉と土の粒が入り混じって溜まっていった。何度も刃を止め、指の腹で表面を確かめ、また削る。半刻ほどそれを繰り返すうち、帯の一部が、鈍い金属の地肌を覗かせた。
「これはやっぱり作られたものだよな。自然にできるもんじゃない」
「うん。厚みも、ずっと均一だ」
僕は縄を帯に沿わせ、露出している部分の長さと幅を測った。カイルが縄の端を幹の反対側にしっかり固定してくれたので、一人で測るよりも正確に印がつけられた。年輪を数えてみると、この木は少なくとも三十年以上、この場所に立っていたはずだった。だが、帯が食い込んでいるのは、幹のかなり内側――木がまだ細かった若い時期の年輪の位置だった。
(この帯は、木がまだ若かった頃から、すでにここに巻きついていた。三十年以上前に、こんな山の奥で誰が、何のために)
指の腹で削り出した帯の表面をなぞると、錆と汚れに埋もれて、ほとんど見分けがつかない箇所に、規則的な線がいくつか並んでいるのに気づいた。文字か、記号か――はっきりとは判別できない。
「前にも似たようなの、見たことあるって言ってたよな」
カイルの一言に、僕は頷いた。
「うん。井戸の底で見た光の輪郭に、少し似てる気がする」
「似てるって、どのくらい似てるんだ」
「分からない。でも、確かめられるものは確かめておきたいんだ」
カイルはそれ以上聞かず、山を下りる準備を始めた。僕は焦げた木の枝先を使い、紙を帯に押し当てて刻印の凹凸を擦り出した。一度目は錆の粉が邪魔をしてうまく写らず、カイルが紙を両手で押さえてくれる間に、もう一度、位置を少しずらしてやり直した。二枚目でようやく、線の連なりがくっきりと紙に浮かび上がった。
家に戻ってから、僕は引き出しの奥から、井戸で見た光を書き写した紙と、裏山で見つけた石の溝を書き写した紙を取り出し、今日写した帯の刻印と、机の上に三枚並べてみた。
まず、石の溝の紙と帯の紙を重ねてみる。線の向きも間隔もまるで噛み合わず、思わず舌打ちが出た。次に、井戸の光の紙を持ち出し、帯の紙の縦の辺に合わせて並べる。今度は、線と線の間隔を一つずつ、指の幅で数えて比べてみた。二つの模様は、完全に一致するわけではなかった。念のため、帯の紙を裏返しにしてもう一度重ねてみたが、それも違った。だが、紙を九十度回して、帯の刻印を横向きに置き直すと、線の刻み方――等間隔に並ぶその律動だけは、確かに同じ規則で刻まれていることが分かった。指で数えた間隔を紙の端に書き添え、石の溝の数字と並べてみる。数字は、一つの狂いもなく揃っていた。
(これは、似ているだけじゃない。同じ決まりで刻まれたものだ。誰かが、同じ手で、違う場所に同じ言葉を残していったんだ)
裏山で見つけた石の溝。井戸の底の光。鍛冶屋のくず。そして今、この帯に残る、消えかけた刻印。どれも別々の場所で、別々の時に見つかったものだ。それでも、こうして間隔まで比べてみると、どれも同じ手が同じ時代に、同じ場所に何かを残していったとしか思えなかった。
三十年以上前、この裏山に誰かが分け入り、まだ若い木にこの帯を巻いた。その誰かは、今もこの村のどこかにいるのだろうか。
僕は三枚の紙を引き出しにしまいながら、次にこの木を訪ねるときは、道具を持って帯の欠片を切り出そうと決めた。今日削れたのは、表面の錆だけで、木の繊維に食い込んだ本体はどうしても外れなかった。刃を押し込んでも、帯はびくとも動かず、逆に小刀の先が少し曲がってしまったほどだった。それでも、今日わざわざ縄を貸し、削る手を止めなかったカイルの横顔を思い出すと、一人で抱え込んでいた頃とは違う心強さがあった。この帯を、いつか手に取れる形で持ち帰れる日が、来るだろうか。
軽い掛け合いの回でした。次回、また落ち着いた回になります。




