鍛冶屋はなぜ、金属くずを土に埋めたのか
朝、井戸端でリゼと顔を合わせた。
「最近、ノアがずっと考え込んでる顔してる。少しは休んだら?」
「うん、大丈夫。ちょっと気になることが多くて」
「無理しないでね。……わたし、力になれることがあったら、ちゃんと言ってよ」
リゼの言葉に、僕は小さく頷いた。すべてを話すことはまだできない。それでも、彼女がそう言ってくれることが、少しだけ心を軽くしてくれた。
台帳のあの一行のことは、まだ誰にも話していなかった。証拠が足りない。今の僕には、それを確かめる手立てがなかった。だから、しばらくは村の日常の中に、また別の違和感を探すことになった。
その日、僕は薪を届けるついでに、鍛冶屋の前を通りかかった。
鍛冶屋の裏手から、金属を溶かす熱気と、煤の匂いが漂ってくる。いつも通りの光景だ。
けれど、いつもより、その熱気がずっと強く感じられた。
裏口から中を覗くと、鍛冶屋の主人が、大量の金属くずを炉に投げ込んでいるところだった。
「あれ、注文もないのに、あんなに金属を溶かしてるんですか」
僕は思わず声をかけた。
「あ、ああ……。ちょっと、道具の手入れでな」
主人はそう言って、慌てたように炉の前に立ち塞がった。手入れという言葉には、いつもの職人らしい落ち着きがなかった。
胸の奥で、棘がぴりっと疼いた。
(道具の手入れで、こんなに大量の金属を溶かす必要があるんだろうか。それに、あの慌て方は、普通じゃない)
僕はその場を離れたが、気になって仕方がなかった。夕方、もう一度、鍛冶屋の裏手を、少し離れたところから見張ることにした。
日が落ちる頃、主人は誰もいないことを確かめるように周りを見回してから、麻袋に入った金属くずを、裏の空き地まで運んでいった。そこで、穴を掘って、何かを埋めているようだった。
僕は、翌朝、誰もいない時間を見計らって、その空き地を訪ねた。
前日、あの主人が空き地に向かうところを見たとき、彼はいつもの仕事着ではなく、村の外れに出かけるときだけ着る、汚れた外套を身につけていた。あんな格好で、ただの裏庭の作業をするだろうか。そんな小さな引っかかりも、頭の隅に残っていた。
土を少し掘ると、溶けきらなかった金属の欠片が、いくつも埋められているのが見つかった。
拾い上げて、表面を確かめる。
その艶が、どこかで見た記憶と重なった。
(これは……井戸の底で見た、あの金属質の光と、同じ艶だ)
喉の奥がきゅっと締まった。
確信はまだない。それでも、これまで見てきたどの金属よりも、あの井戸の光に近い質感だった。
僕はその欠片をひとつ、こっそり持ち帰った。
その日の午後、鍛冶屋の前を、もう一度通りかかった。今度は、単純に様子を見るだけのつもりだった。
だが、主人は僕の姿を見た瞬間、明らかに顔色を変えた。
「――お前、また見ていたのか!」
低く、震えるような声だった。
「見てたって、何を」
「昨日も、今朝も、俺のところを見張ってたんだろう。分かってるんだ」
主人の手には、道具箱の中から取り出したらしい鉄の棒が握られていた。ただ手入れのために持っていただけかもしれない。それでも、その握り方には、明らかな警戒があった。
「別に見張ってたわけじゃ……」
「もう、何も聞くな。頼む。お前が知っていいことなんて、何もないんだ」
主人の声には、怒りよりも、何かに追い詰められたような怯えが滲んでいた。額に浮いた汗が、炉の熱のせいだけではないことは、僕にも分かった。
「誰かに、何か言われてるんですか」
「……頼む。それ以上は、聞かないでくれ」
主人はそう言うと、鉄の棒を握ったまま、逃げるように工房の中へ戻っていった。戸が、乱暴な音を立てて閉まる。
僕はしばらく、その場に立ち尽くしていた。
戸の向こうからは、しばらくの間、何かを引っかき集めるような、落ち着きのない物音が続いていた。やがて音が止み、静けさだけが残る。
村の誰かが不正をしていると分かったとき、これまでは、大抵、後ろめたさや言い訳が返ってきた。だが今の主人の様子は違う。あれは、誰かを庇うための怯えだった。
背筋がこわばった。
(あの人は、誰を庇ってるんだろう。それとも、誰に、何かを命じられているんだろう)
夕方、家の前で、カイルとすれ違った。
「おい、ノア。鍛冶屋のところで、何かあったのか? 主人がえらく不機嫌だったって、噂になってるぞ」
「ちょっと金属くずのことで話を聞こうとしただけ」
「金属くず? 鍛冶屋なんだから、金属くずくらいいくらでもあるだろ」
「量が、いつもと違ったから」
「お前、本当に細かいこと気にするよな。まあ、鍛冶屋のおっさんが怒ってるなら、あんまり近づかない方がいいと思うけど」
カイルは軽い調子でそう言って、それ以上は気にしないふうに離れていった。彼にとっては、村人が不機嫌になることも、ただの日常の一部でしかない。
家に戻ってから、僕は持ち帰った金属の欠片を、明るい窓辺に置いてみた。裏山の石を隣に添えると、質感は違う。だが、どちらも、村の技術では作れないはずの、妙な滑らかさを持っていた。
一つひとつは、まだ小さな断片に過ぎない。それでも、この村のあちこちに、同じ手触りをした何かが、静かに埋め込まれているような気がしてならなかった。
窓の外はすでに暗くなっていた。夜空を見上げると、星の並びが、いつも見ている場所と少しだけ違う気がした。気のせいだと自分に言い聞かせ、僕はカーテンを閉めた。
答えを急いではいけない。今の僕にできることは、こうして一つずつ、見過ごされたものを拾い上げていくことだけだった。
読んでいただき、ありがとうございます。少し緊張感のある回でした。




