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神様のプレゼン

ノクティスはゆっくりと立ち上がった。

 涙を拭き、深く息を吸う。

 そして表情を切り替える。

 まりは、その様子を静かに見つめていた。

(切り替えましたね。)

 五十七年も夫婦をしていれば、それくらいはわかる。

「……チェスで勝負しませんか。」

 まりが静かに口を開く。

 ノクティスは少し驚いたように目を丸くした。

「チェスですか?」

「はい。」

「私が勝ったら、諦めてください。」

 ノクティスは少し考える。

 そして、首を横に振った。

「嫌です。」

「勝負をする前からですか。」

「はい。」

 まりは苦笑する。

「この手は効きませんね。」

「効きません。」

 即答だった。

「では。」

 ノクティスはまりの正面へ座り直す。

 その表情は、先ほどまでとは違っていた。

 まるで、何かを説明する講師のような顔。

「プレゼンを始めます。」

「はい。」

「まりさん。」

「何でしょう。」

「僕の世界は、まりさんの好きなラノベの世界ですよ。」

「……?」

「まりさんが読んでいた異世界小説。」

「そのモデルになった世界も存在します。」

「……。」

「僕の世界からこちらへ転生し、前世の記憶を持ったまま物語を書いた人もいるんです。」

 まりは両手を組み、テーブルに肘をつき、顎を乗せた。

 話を聞く時の癖だった。

 その姿を見たノクティスも、同じように顎を乗せる。

 どうやら、少しは興味を持ったと思ったらしい。

「異世界転生があります。」

「はい。」

「魔法があります。」

「はい。」

「魔物がいます。」

「はい。」

「貴族がいます。」

「はい。」

「ギルドがあります。」

「はい。」

「冒険者もいます。」

「はい。」

「まりさん。」

「はい。」

「僕は神様なので、お願いを五つまで叶えられます。」

 まりの眉が少しだけ動いた。

 ノクティスは、その変化を見逃さなかった。

「しかも。」

 一拍置いて続ける。

「上位貴族です。」

「……。」

「家庭円満です。」

「……。」

「優しいお兄さんもいます。」

 まりは真顔のまま、小さく首をかしげた。

「これは何かのテレビショッピングでしょうか。」

 ノクティスは満面の笑みで答える。

「いいえ。」

「神様のプレゼンです。」

 まりは思わず小さく笑った。

 もう充分生きた。

 その気持ちは変わらない。

 けれど。

 心のどこかで。

 好奇心という名の、小さな扉が音を立てて開き始めていた。

  


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