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未来を夢見る

1/2

 久しぶりの入院だった。

 病室は個室である。

 それは大樹の希望だった。

 まりは一度見たものを忘れない。人の話し声も、足音も、カーテンの擦れる音も、記憶の中に積もっていく。

 だから入院するときだけは個室にしよう。

 大樹はそう言っていた。

 今となっては、その言葉を守る必要もないのかもしれない。

 それでもまりは、昔と同じように個室を選んでいた。

 静かな部屋だった。

 窓の外には曇った空が見える。

 ベッド脇の小さなテーブルには書類が広がっていた。

 遺言書。

 信託契約。

 不動産関係の資料。

 大樹の財産は事務所へ。

 彼の後を継いだ弁護士へ託す。

 まり自身の財産についても整理は終わっていた。

 家も。

 現金も。

 梅シロップも。

 本棚いっぱいの法律書も。

 持ち主がいなくなれば、いずれ誰かの手に渡る。

 相続税が払えるだけの現金も残してある。

 その先のことは知らない。

 知る必要もなかった。

 死んでしまえば終わりなのだから。

 もともとまりはそう考えて生きてきた。

 自分が死んだあとに残るものなど、どうなろうと構わない。

 毎年たくさんの実をつける梅の木も。

 時折庭を訪れる犬や猫も。

 家も。

 家具も。

 思い出も。

 持って行けるわけではない。

 だからどうでもよかった。

 そう思っていた。

 けれど最近は少し違う。

 あの家に誰かが住む未来を想像することがある。

 ノクティスがオープンテラスのソファーブランコで、だらしなく昼寝をしている姿。

 梅シロップを勝手に飲んで怒られる姿。

 庭で犬にまとわりつかれて困っている姿。

 そんな光景を考えると少しだけ楽しい。

 別に彼のためではない。

 彼が喜ぶからでもない。

 ただ、自分がその光景を想像すると少し嬉しいのだ。

 それだけだった。

 もしかすると自己満足というのだろう。

 それでも構わない。

 誰に迷惑をかけるわけでもない。

 いつか彼が結婚するかもしれない。

 子供ができるかもしれない。

 あの静かな家が賑やかになるかもしれない。

 そんな日が来る保証はない。

 来ないかもしれない。

 それでも想像することはできる。

 想像するだけなら自由だった。

 その未来を思い浮かべると、不思議と少しだけ心が温かくなった。

 まりはペンを置いた。

 窓の外を見る。

 そろそろ退院できそうだった。

 早く帰りたい。

 そう思う。

 家に帰りたいのだろうか。

 それとも。

 ティスに会いたいのだろうか。

 少し考えてみる。

 けれど答えは出なかった。

 たぶん、どちらでもよかった。

2/2

 タブレットにはホットケーキのレシピが並んでいる。

 ふわふわに焼く方法。

 しっとり焼く方法。

 果物を添える方法。

 クリームを使う方法。

 一通り読んでしまった。

 もちろん全部覚えている。

 ケーキも焼ける。

 クッキーも焼ける。

 パイだって作れる。

 なのに。

 大樹が飼っていたあの子によく似た人は、なぜかホットケーキばかり食べたがる。

 まりは小さく息を吐いた。

 もうすぐブルーベリーも実るだろう。

 グミも。

 ゆすらうめも。

 たっぷりの果物をのせたホットケーキもいい。

 ベーコンとポーチドエッグを添えるのもいい。

 あれも彼は好きだった。

 ああ、早く帰りたい。

 そう思いながら、まりは書類を封筒へ戻した。

 丁寧に封をする。

 それを鞄の中へしまう。

 病室は静かだった。

 遠くで看護師の足音が聞こえる。

 その音を聞きながら、まりは目を閉じた。

 きっと退院したら。

 大樹が飼っていたあの子によく似た人は、今日も嬉しそうにホットケーキを食べるのだろう。

 そんな気がした。

 その時、まりはふと目を開いた。

 まるで何かに気付いたような顔だった。

 数秒だけ考える。

 そして口元がわずかに緩んだ。

 何か思いついたらしい。



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