不思議な図書館(アルベール視点)
俺が住んでいるのは、エメラルド王国の東にあるターコイズという街だ。俺はこの街で黒曜騎士団の副団長をしている。
最近、運河沿いに並ぶカラフルな木組みの家が可愛いと評判らしい。何が可愛いのかわからないが、観光客が増えるのはいいことだ。たとえ、そのせいで妙な輩が増え、俺たちが忙しくなるとしても。
***
「オキロ ネボスケ」
「……なんだよ、カイ。もう少し眠らせてくれよ。せっかくの休みなのに……」
俺の頭をつついているのは、剣の妖精のカイ。黒い羽を持つ俺の相棒だ。もう一度寝ようとすると、カイが魔法で布団を浮かせて邪魔をする。
「ハヤク イクゾ」
「はあ……しょうがないな。顔ぐらい洗わせてくれ」
身支度をして外に出ると、カイは猛スピードで飛んでいった。
「おい! こっちは寝起きなんだぞ。なんなんだ、あいつは」
ぶつくさ文句を言いながら追いかけると、カイは石塀の先にある鉄の門の前にいた。
「何を見てるんだ?」
そばに寄ってカイに訊くと、門の向こうを指さした。
見ると、だだっ広い空き地に赤レンガの建物が建っている。
「あれ? 何日か前までこんなのなかったよな……」
「ナニシテンダ イクゾ」
「お、おい、待てよ!」
またしても俺を置いていくカイのあとを追う。まったく、勝手なやつだ。
カイは建物の入り口付近を飛び回っている。どうやら中に入れないらしい。
「オカシイ アカナイ」
「カイの魔法でも開かないのか? それはおかしいな……ウオッ!」
おれが近づくと、いきなりガラスのドアが開いた。
「はっ! いらっしゃいませ!」
えらく威勢のいい声の持ち主は、可愛らしい少女だった。こんな小さな子を働かせてるなんて、ますます怪しいな。
室内の奥の方に本棚が見える。まさか、図書館なのか? いや、こんなところに図書館があるはずがない。王宮のあるクリソプレーズだって、王立図書館以外に二軒しかないんだぞ。だが、本屋にしては大きすぎるし、一応訊いてみるか。
「ここは……図書館か?」
「そうですよ。どうぞ、中にお入りください」
「あ、ああ……失礼する」
足を踏み出すと、背後でガラスのドアが勝手に閉まった。
初めて見る魔道具だが、これだけ精巧に作られた物なら、かなり高額のはずだ。
図書館にこんなに金をかけるなんて、ずいぶん酔狂な持ち主だな。とりあえず、建物の中を確認してみるか。
奥の部屋は想像以上に広かった。もちろん王立図書館とは比べようもないが、蔵書数もかなり多い。あるわけないと思いながらも、以前から読みたいと思っていた本を探すと――。
「噓だろ……王立図書館にもなかったジルベルト卿の『剣術指南』がこんなところに!」
「うおお、アゴサ・クリスティの『そして彼もいなくなった』がある。どこの本屋も売り切れてたのに!」
興奮で鼻息が荒くなる。落ち着け、子どもみたいにはしゃいでどうする!
我慢できずに少しだけ立ち読みしてしまったが、先にあの子に話を訊かないと。ああ、早く続きが読みたい……。
***
少女は受付の椅子に座り、細長い紙に花の絵を描いていた。
上手いな。絵に詳しいわけじゃないが、色使いがとても綺麗だ。
「あ、気づかなくてすみません」
「いや……それはなんだ?」
「栞です」
栞? 普通は革を細く切ったものを栞と呼んでいるんだが。
「よかったら、一枚どうぞ」
「いいのか?」
「はい。すぐに作れますので」
「そうか、ありがとう」
手に取ると、少し厚手の上質な紙だとわかった。
俺にくれた栞には大きな黄色い花が描いてある。見ているだけで元気が出そうな絵だ。貴重な物をもらってしまった。
この図書館がいつ建てられたのか彼女に訊いてみたが、何も知らないのか青い顔をして震えていた。
結局、かわいそうになってそれ以上訊けなかったが、そのうち館長にも会えるだろう。
それにしても不思議な図書館だ。ここなら現存しないと言われている古代の魔導書なんかも見つかるかもしれないな。
少女の提案に乗ったのも、そんなことを考えていたせいだろう。
「珍しい本や貴重な本をお探しでしたら、特別室にありますよ」
「本当か?」
「ええ。入場料が必要ですけど」
「いくらだ?」
「……銀貨二枚です」
それくらいなら安いものだ。
俺は銀貨二枚を払い、特別室に突入した。
「ソロソロ カエロウ」
カイに髪を引っ張られてハッとした。
「悪い、つい夢中になって読んじまった。カイは何してたんだ? 面白い本でもあったか?」
「ハナシヲシテタ」
「話? 誰と?」
「ホンノヨウセイ」
「本の妖精? 珍しいな。どこにいるんだ?」
「カクレテル」
「そうか、残念だな」
「マタクレバイイ」
「ああ、そうだな」
こいつめ。朝から妙に興奮してたのはそのせいか。
本の妖精は、本がたくさんある場所に生息していて、本から得た膨大な知識を持っていると言われている。なかなか人前に姿を現さないので、いまだに謎が多い妖精だ。
そもそも妖精が見える人間が少ないうえに、妖精たちは気に入った人間としか契約しない。俺がカイと契約できたのは運が良かっただけだ。
***
カイと初めて会ったのは、俺が七歳のときだった。
母は熱心に勉強を教えてくれたが、俺は物語に出てくるような強くて勇敢な騎士になりたかった。
いつものように隠れて剣の練習をしていたら、突然あいつに声をかけられたんだ。
「オイ オマエ」
「ぼく?」
「ヘタクソダナ」
「わかってるよ。だから練習してるんじゃない。ぼくはりっぱな騎士になりたいんだ」
それまで何度か妖精を見たことがあったので、驚きもせずに言い返した。
「ナマイキナ コゾウメ」
「へんなようせい」
それからも、俺が木剣を振っていると、どこからか現れて憎まれ口をきいた。
「アイカワラズ ヘタクソダナ」
「うるさいなあ」
だが、たまに的確なアドバイスをくれるので、俺の剣術は自然と上達していった。
十歳のとき、父が病気で亡くなった。
母が悲しむ姿を見て、俺はあいつに契約してくれと頼んだ。
「イヤダネ」
「そんなこといわないで。かっこいい名まえ、つけてあげるから!」
「シツコイゾ」
「……だって、父さんがしんじゃったから、ぼくが母さんを守らなきゃ……」
我慢できずに涙がこぼれた。
「このままじゃ、ぼく……ぼくは……ううっ」
「ナカナイデクレ」
あいつはオロオロした様子で俺の周りを飛んでいたが、やがて諦めた口調で言った。
「ケイヤクスルカラ モウナクナ」
「いいの? やったー!」
「……ウソナキカ?」
「きみの名まえはカイ。昔の大戦争で活躍した英雄の名まえだよ。気に入った?」
「マアマアダナ」
「よし! これで契約成立だね!」
あれからずっとカイは俺のそばにいる。
魔法で助けてくれたのは、魔獣に襲われたときと戦地に駆り出されたときくらいだが、おかげで命拾いした。
たぶん、俺は一生カイに頭が上がらないだろう。
***
最近は忙しかったので、図書館に来るのは十日ぶりだ。
いそいそと館内に入ると、驚いたことにアンのまわりを黄色とオレンジ色の妖精が飛んでいた。
「ひょっとして、本の妖精か?」
「やっぱり知ってたんですね。可愛いでしょ! アルベールさんの妖精は黒い羽なんですねぇ。とっても凛々しいです」
「カイは剣の妖精だ」
「どおりでカッコいいと思いました!」
「カッコイイ」
「カッコイイ」
本の妖精たちにまで褒めそやされて、カイの顔が赤くなる。
おいおい、おまえのそんな顔、初めて見たぞ。
どうやら英雄の名を持つ妖精も、可愛い子たちには弱いようだ。




