紙芝居(前編)
特別室に通じる通路につけた扉は、予想通り男性たちの少年心に火をつけたようだ。
ムキムキの騎士団員も無口な利用者たちも、優美な装飾の施された鍵を受け取ると、子どものような笑顔を浮かべる。
「アルベールさんも嬉しそうだったな。ふふふ」
今まで有料ならいいと断っていた人たちからも、特別室を利用したいという申し出が増えてきている。このままでは、そのうち手狭になりそうだ。
「すぐに飽きるだろうけど、何か対策はしないとね。どちらにしても、本棚は増やさなきゃいけないし」
ララとルルが全力で修復しているお宝は、いずれ特別室に並べる予定だ。
「ナビ、もう少し特別室を広げることはできる?」
『ハイ、敷地にはまだゆとりがあります』
「わかった。よーし、やるぞー!」
部屋の間取り図をタッチしながら拡張していく。以前にもやったことがあるので、操作に迷いはない。
「くふふ。何度やっても楽しいなあ」
操縦席で巨大なロボットを動かしているような気分になる。
ただ、特別室を広げると、二階と受付奥の部屋も連動して広がるので、注意が必要だ。やりすぎないよう大きさを微調整していく。
「うん、これくらいかな」
適度に広げたところで、特別室に大きなテーブルをもう一つ増やし、周りに椅子を並べる。壁際にも一人で落ち着いて読めるようにテーブルと椅子を設置した。
「これで少しはましになったでしょ」
次は受付奥の部屋……まどろっこしいから、もうここが〝応接室〟でいいんじゃないかな。お客さんが来たら、いつもここに案内してるし。うん、そうしよう。館内図も描き直さなきゃ。
〝応接室〟には小さな流しがついているが、部屋が広くなったので、ついでに大きめのキッチンに変えた。ガス台も設置したので、これからはここでお湯を沸かせる。
本に匂いがつきそうだから料理はしないけど、いちいちお湯を持ってこなくていいから、お茶出しが楽になるわね。
***
「ねえ、かんちょうさん。たくさん本をかってきたんでしょ?」
「こどものへやの本はないの?」
常連の子どもたちがまとわりついてきた。誰から聞いたんだか。
「ごめんね。絵本はなかったの」
私の言葉に、女の子たちはがっかりした様子で離れていった。
気持ちはわかる。イソップシリーズ以外の本も読みたいよね。
だけど、古本市に絵本なんてあるはずがないのだ。
イソップシリーズで絵本が売れるとわかると、他の出版社もこぞって子ども向けの本に力を入れるようになった。ただ、どれも貴族向けの高額なものだ。
そのうち庶民向けの本も出回るだろうけど、まだまだ先の話になりそう。
「子ども向けの本かあ……」
また前世の記憶を元にゾシメ氏に本を作ってもらうのもなあ……。
そうだ、紙芝居はどうだろう。図書館で楽しむだけなら、前世で知っていた昔話を参考にしたっていいよね。
私は紙芝居を作ることを具体的に考え始めた。
***
紙芝居には専用の〝舞台〟が必要だ。
木の枠で絵の周囲を囲うことで、絵を際立たせ、観客が集中しやすくなる。
子どもの頃、ときどき公園にきていた紙芝居のおじさんは、自転車の荷台に、お菓子の入った引き出し付きの大きな箱と、紙芝居をはめる〝舞台〟を載せていた。
小銭で駄菓子などを買うと、一番前の特等席で見ることができる。
飴をなめながらワクワクした気持ちで待っていると、拍子木や太鼓が打ち鳴らされる。それが紙芝居の始まる合図だった。
あの頃は娯楽性を重視した作品が多く、妖怪ものや探偵ものなど、子ども向けにしては刺激の強い要素も含まれていた。
だけど、それが面白かったのよね。
今なら子どもに悪影響を及ぼすとかいって、禁止されそうだけど。
「そうだ! ギョームさんに頼んで〝舞台〟を作ってもらおうかな」
以前、ソロバンを作ってくれた工房長のギョームさん。彼なら、私の無茶なお願いも聞いてくれるかもしれない。
「たぶんソロバンよりは簡単だと思うし、大丈夫よね」
思い立ったが吉日。
次の休館日、私は再び馬車で職人ギルドへ向かった。
「お久しぶりですね、アンさん。また何か面白いことを思いつかれましたか?」
以前お世話になった製作部のドミニクさんが、機嫌の良さそうな笑顔で出迎えてくれた。ソロバンが結構売れたので、二匹目のどじょうを狙っているのかも。
「あの、大した物じゃないんですけど、ちょっと作って欲しい物があって。口では説明しづらいのですが……」
「わかりました! すぐに工房長のギョームを呼んでまいりますので、直接説明していただいてもいいですか?」
「はい、もちろんです。ギョームさんがお忙しくなければ」
「はは、アンさんの頼みだと言ったら飛んできますよ。少々お待ちください」
前に打ち合わせをした小部屋で待っていると、十分もしないうちに、ドミニクさんがギョームさんを連れて戻ってきた。
「よお、嬢ちゃん。久しぶりだな!」
「お久しぶりです、ギョームさん」
相変わらず髭ボーボーだなと思っていると、彼はにやりと笑った。
「今度はどんな突拍子もないもんを作ろうってんだ?」
「そんな、人を非常識みたいに言わないでください。今回は、そんなに難しい注文じゃないと思います。作って欲しいのは〝紙芝居の舞台〟なんですけど――」
「ちょっと待て。まず、その〝紙芝居〟が何なのか教えてくれ」
「あ、はい。えーっと、紙芝居というのは……」
私のしどろもどろの説明を聞きながら、ときどき質問をはさむギョームさん。
「枠に紙を差し込むんだな?」
「はい。横から出し入れできるようにしてください」
「ふむ……溝の厚さはどれくらいにすればいい?」
「この紙の束が余裕で通るくらい……」
私は持ってきた厚口の画用紙二十枚を差し出した。
「枠の大きさもこの紙に合わせていいのか?」
「はい、大丈夫です」
「わかった。……左右だけじゃ紙がたわむから、上下にも溝を作って紙を固定したほうがいいな」
紙を手にしたギョームさんがつぶやく。
「あ、そうですね」
やっぱり、ギョームさんは凄いな。ちょっとやり取りしただけで、仕組みを理解しちゃうんだもの。
「それと、前面には両開きの扉をつけて、緞帳代わりというか、ここを開けると物語が始まるんだと、子どもたちがわかるようにしたいのですが……」
「なるほど。それで〝舞台〟なんだな。やっぱり、嬢ちゃんの考えることは面白いぜ。なあ、ドミニク」
ギョームさんが、ドミニクさんの背中をバンと叩く。
「げほっ……そうですね。奇抜で面白い発想です。さすが、アンさんですね」
「いえいえ、そんな……」
これも私が考えたことじゃないけど、まあいいか。
「あの、製作費はどれくらいかかりそうですか?」
おずおずとギョームさんに問いかけると、嬉しい答えが返ってきた。
「ああ、木材の余ったやつでいいなら安く作れるぞ」
「ほんとですか?」
「そんなに手間もかからなそうだしな。おい、手数料はおまけしてやれよ。おまえらもソロバンで儲けさせてもらっただろ」
「言われなくても、そのつもりでしたよ」
ドミニクさんがむっとした表情で応える。
「わあ、ありがとうございます!」




