古本市(後編)
9/25 改題してMFブックス様より書籍発売します!
『スキル〈図書鑑定〉を労働者ダイアナ・ミュラーに授けます』
さっそくナビの声が頭に響いた。
「ダイアナ、本を見てみて」
「ちょ、ちょっと待ってください」
本棚から慌てて一冊引き抜くと、ダイアナは緊張した様子で表紙を見つめた。
〈神学との合流〉
トーマス・アグナス
ルイジモア出版
858年 240頁 20センチ
フレイア正教と自然哲学を統合した画期的な名著
「見えた……! 見えましたよ、館長さん! わたし、鑑定できるようになりました。すごい……書名、著者名、出版社、出版年、頁数や大きさ。それに、本の内容までわかるんですね」
喜びのあまり涙ぐむダイアナ。
この世界の本の表紙には、題名と著者名くらいしか書いてないから、本好きにはたまらないスキルかもね。
そういえば、本に紙の帯をつけるのは日本独自のものらしい。
もともと昔の和綴じ本は、表紙に題簽と呼ばれるタイトル札が貼られているだけで、帯どころかカバーすらなかった。
明治後期に欧米の装丁文化が入ってきたことでカバーが普及し、昭和の初め頃、出版社が販促ツールとして帯を使うようになり、やがて日本の出版文化として定着したそうだ。
帯には色々な情報が詰まっているのに、日本の図書館では単行本の帯やカバーが外されていることが多い。
好きな作家の本を借りたら、読んだことのある本だと気づき、がっかりしたこともあった。
そう考えると、図書鑑定はとても便利なスキルだと思う。
***
パトリックさんとクリスティーヌさんに、好きそうな本があったら買ってくるねと約束して、私とダイアナは王都へ転移した。ふたりにも〝図書鑑定スキル〟を使えるようにしたから、機嫌よく留守を引き受けてくれた。
王立図書館から歩いて二十分くらいのところにある教会へ向かう。古本市は、この教会に隣接する講堂で行われるそうだ。
受付で招待状を見せて中に入ると、広い講堂に本棚や机がずらりと並んでいた。
すでに多くの来場者が古書商とやり取りをしている。思っていた以上の賑わいに少し焦りを覚えた。
「わたしたちも行きましょう!」
ダイアナも同じ気持ちなのだろう。ぎらぎらした目が物語っている。
「そうね。目ぼしい本を見つけたら、図書鑑定でインベントリにあるかどうか確認するのを忘れないでね」
「わかりました! 鑑定するのが楽しみです。ぐふふ」
ここからはスピードが勝負だ。
なにしろ、愛書家や蒐書家が会場を埋め尽くしているので、こうしているあいだにも、目ぼしい本がどんどんなくなっていく。
私たちは鑑定スキルを使い、本を吟味していった。
背表紙に触れるだけでも鑑定できるので、所蔵済みと表示された本はさっさと手放し、図書館用、自分用、お土産用と振り分けながら購入した。
ふと、足元に置いてあるかごが目に入った。かごには「銅貨一枚」と書いた紙が貼ってあるが、誰も見向きもしない。
(一冊、百円くらいかあ。ここでも売れないと破棄されちゃうのかな)
試しに一冊だけ手に取り、鑑定してみると――
「は……? ちょ、ちょっとダイアナ」
ダイアナの服の袖を引っ張る。
「どうしたんですか?」
「しっ!」
思わず口に人差し指を当てると、ダイアナの目が鋭く光る。
「……掘り出し物があったんですね?」
私はこくこくとうなずき、本をダイアナに渡した。
黙って受け取り、静かに鑑定を始めるダイアナ。
「っ……! 『世界の妖精分布図』が何でこんなところに……!」
必死に声を抑えているが、内心では大声で叫びたいはずだ。
私だって驚いた。まさか、有名な希少本が銅貨一枚で売られているとは。
汚れがひどく、一見しただけでは分からないとはいえ、よく誰にも気づかれなかったものだ。パトリックさんが見たら卒倒するかもしれない。
「ねえ、ダイアナ。この本、ララとルルなら修復できると思わない?」
ひそひそと話をすると、ダイアナは力強くうなずく。
そこからは、ふたりして目の色を変え、かごに入った本を見てまわった。
すると、表紙の文字すら読めないような本が、今では手に入らない絶版本だったり、カビや虫食いだらけの本が、有名な小説の初版だったり――。
「かか、館長さん。これは……」
「宝の山……!」
私とダイアナは興奮を抑えてささやき合った。
ララたちはひどい状態の本ほど燃える性格だから、きっとこれらの本も張り切って修復してくれるだろう。
すべてのブースを見終わったときには、ふたりともカバンがぱんぱんに膨らんでいた。
「ふう……やり切りましたね」
「ええ、頑張ったわ……」
疲れたけど、とても充実した時間だった。
「ちょっと、どこかで休憩しませんか?」
「そうね、喉がカラカラ」
「それにしても……重たいですね」
「本だものね……」
両手に持ったカバンの持ち手が、手のひらに食い込んで痛い。
王立図書館まで歩けるかな。
「そうだ! ナビ、聞こえてるよね?」
『ハイ、聞こえます』
「今買った本、全部図書館に転移できる?」
『ハイ、できます』
「じゃあ、受付奥の部屋にでも置いておいて」
『了解しました』
ナビが返事をした途端、カバンがふわっと軽くなった。
「わ、本がなくなりました! ナビさん、凄い」
私とナビの会話で察していたダイアナが小さく感嘆の声をあげる。
「これで楽になったわね。おごってあげるから、カフェでジュースでも飲みましょう」
「ケーキもいいですか?」
「もちろんいいわよ」
私たちがカフェでくつろいでいた頃――
図書館では、突然現れた本の中に『世界の妖精分布図』を見つけたパトリックさんが、歓声を上げて飛び跳ねていたそうだ。
ちょっと見たかったな。
kADOKAWAオフィシャルサイトで書影を公開しています♬
https://www.kadokawa.co.jp/product/322605001311/




